第28話:

 キトが、ユイらと会う2週間ほど前。

 東大陸、東叉ひさ

 東叉は、東大陸の一番西側に位置し、涼やかで荘厳な雰囲気の国である。

 そして東叉は、勇者と並ぶ力を持つとされる人間の一人、風切かざきりが拠点としている国でもある。

「イナリ様、中央の聖頭せいと様からの手紙が届いております」

 東叉の城にて、黒い着物を着た使用人の男が微かに光を放っている手紙をさらしを巻いた女の狐のアニマリアに渡している。

 このアニマリアは、イナリと言う名で東叉の中で風切の次に強いと言われている。

「聖頭から?……となると、セツのことか」

 イナリは、受け取った手紙を見る。


 緊急要請

 拝啓、東叉イナリ殿

 至急、我らが中央大陸のリンゼル帝国への奴隷解放を目的とした隊の編成及び、潜入をしてもらいたい。

 これは、風切殿と私の同意の元の要請である。

 行動のサポートは、出来ない。

 この要請の理由や事後の報酬は、後日風切殿から話があるだろう。

           聖頭大聖堂中心国サンリーヌ リストより 

 

「イト、これはどうやって届いた?」

 イナリは、使用人に問う。

「はい、セツ様のお部屋の掃除をしていた時に、机の上に光が徐々にその形になっていくのを見つけて」

「偽物では無いか。イト、今から私を隊長とした隊を編成する。加われる人員を今すぐ庭に集めて」

「はい!」

 イナリの命令どおり、城の庭に30以上の人影が集まっている。その中には、少数だがアニマリアもいる。

「イナリさん、これはどういった集まりなんですか?」

「今から、私を隊長としたリンゼル帝国の奴隷解放のための小隊を編成する」

 その後、アニマリアの希望者3名とイナリが選んだ26名にイナリを合わせた計30名で、東叉奴隷解放小隊が結成された。

 奴隷解放小隊結成後、すぐにイナリらは帝国へと向かった。

 東叉から中央大陸までは、ヒッポキャンパスと呼ばれる馬の上半身に魚のような下半身を持つ海獣に船を引かせて向かう。

 大陸を渡るのにかかる時間は、普通ならば2週間。しかし、イナリたち東叉奴隷解放小隊の使うヒッポキャンパスは東叉一の早馬、6日かからずに中央大陸へ到着した。

「さて、リンゼルまでは馬車でもう3日。船旅での疲れはあるだろうが、リンゼルに入れば普段の訓練の日々よりかはましになる」

 イナリらは、三台の馬車に9人ずつ乗り、残り3人は全員分の荷物を乗せた馬車に乗りリンゼル帝国へ向かっていた。   

「イナリさん」

「なんだ、オオバ?」

 先頭の馬車の中、巨漢のカバのアニマリア、オオバがイナリに話しかける。

「前にセツ様から聞きました。イナリさんは、昔リンゼル帝国におったとですよね?」

「ああ。それがどうした?」

「儂は、リンゼルでの奴隷がどんな目に遭っているかは想像も出来ん。でも、辛いものなんは分かる。イナリさん、やることだけ教えてもらえたら儂がイナリさんに代わって……」

 イナリは、外の景色を見つめる。

「だから……」

「イナリさん?」

「だから、私は行くんだ!」

 イナリは、燃えていた。

 もちろん、比喩でもあるがオオバの目には、イナリの日の光を浴びる赤い体毛が本当に燃えている様に映っていた。


 3日後、予定通りイナリら東叉の奴隷解放小隊はリンゼル帝国へと到着した。

 帝国内の最西端にある村、ウリ。そこで、イナリたちは風切改め、東叉セツとその付き人であるフユと合流した。

「イナ、皆もよう来たね〜」

「あんたが呼んだんでしょうが!……東叉奴隷解放小隊、私イナリを隊長として計30名要請を確認し、只今到着しました」

「うん、ご苦労様。ただ、私は今から用事があるけん説明はフユに任せる!さらばッ」

「なッ?!」

 セツは、フユが引き止める間もなく何処かへ跳び去っていった。

「はぁ……、仕方ない」

 フユは、俯き呆れたように言う。

「イナリたち小隊にやってもらう仕事は、ここウリの村を拠点とした帝国の観察。観察の仕方は、隊長に一任する。教えることはこれくらいやね。まあ、イナリは帝国初めてじゃないき大丈夫やろ?」

「ああ」

「じゃ、私はセツを追いかけてくるけん、また後で」

 そう言って、フユは切が跳び去っていった方へ走っていった。

 イナリは、改めてウリの村を見渡す。懐かしい景色も、知った顔も無いその景色に少し顔をしかめる。

「よし、奴隷解放小隊のこれからの動きを伝える。まず、小隊のうち20名が4班に分かれ、それぞれ私が指定した範囲の観察をしてもらう。班分けは、オオバ、ツツミ、ヒイロ、イゴロウを班長として組め。残りの10名は、ウリに残り半分を医療班、もう半分は即東叉に帰れるようにし待機。医療班の班長は、ユリに。帰国班の班長は、風斗に任せる。以上」

 稲荷は、小隊全員に指示を出すとウリに背を向け帝国の中心に聳える城を睨む。

「何度願ったか。ジーナ、グロウ、ニア、イグリ……仇は、必ずこの手で!」

 イナリは、固く拳を握る。

「イナリさん?」

 小隊の隊員の一人である牛のアリマリア結が、心配そうにイナリの顔をのぞき込む。

「……いや、大丈夫だ。班は組めたみたいだな。私は、単独で別行動をとる」

 そう言うとイナリは、再び城の方を向く。

 帝国の城を見つめるイナリの目には、堅い復讐心が燃えるようにギラついていた。


   

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