第25話:イグリの過去
キトが帝国へ向かった時より13年前、すでに帝国では奴隷商が盛んになっていた。
帝国での奴隷商売の被害は、国の中心から徐々に広がっていっていた。
そんな帝国の西側の端に、小さな村がある。
ウリと名の付くその村は、民家は全部で5軒しかないがいつも楽しげな子供の声が絶えない場所である。
「ニアー!こっちこっちー!」
今日も、いつも通り元気な女の子の声が村中に聞こえる。
その声の主は、獅子のような手足と耳のアニマリアの少女・イグリ。
そして、イグリの後をついて行く彼女ととても似たもう一人の少女は、妹のニアである。
「ニア、今日はウリドおじさんの所まで探検しよう!」
「うん!」
「ウリドおじさんの家は、野菜をいっぱい育ててるんだって」
「うぅ……お野菜きらーい」
「私も、野菜は好きじゃないけど。食べないとイナリお姉ちゃんみたいに大きくなれないってお母さん言ってた!ニアも、イナリお姉ちゃんみたいになりたいでしょ?」
「……うん!」
姉妹は、仲良く話ながら村を探検する。
周りからは、時々やんちゃするが小さな村の唯一の賑やかさだからと可愛がられている。
「ニア、大丈夫?」
20分ほど歩いた頃、ニアの足取りが徐々に覚束なくなってきた。
「はぁ、はぁ、うん。大丈夫っ」
「……ちょっと、休もう」
ニアは、アニマリアでありながら生まれつき体力が無い。
それでもニアは、いつもめげずにイグリについて行く。
「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ」
「じゃあ、行こう!」
休憩を終え、再び姉妹は歩き出す。
10分ほど歩いた頃、目的の場所が間近に見える。
「おーい、ウリドおじさーん!」
イグリが大きく手を振りながらそう大声で言うと、農作業をしていた麦わら帽子をかぶったアニマリアが顔を上げイグリたちを見る。
人間大の大きさの黒い猫のようなアニマリア、この人がウリドである。
「おぉ、イグリ、ニア!今日は、俺の所が目的地か?」
「そう!」
「よく来たな」
ウリドは、イグリとニアの頭を撫でる。
ウリドに撫でられ、二人は嬉しそうに笑う。
このように彼女ら姉妹は、毎日こうして村を探検して遊んでいた。
しかし、そんな平和な彼女らの日常は、突然終わった。
ある日の夜、イグリたちは家族揃って夕飯を食べている時だった。
――ドゴォーン!
村の入り口側から凄まじい轟音と、悲鳴が聞こえた。
奴隷商が、新たな商品を得るためにやってきたのだ。
奴隷商たちは、村に火を着け多くの屈強な兵士を連れて村民たちを襲っていく。
イグリの両親は、それぞれ子供を抱えて村の裏門に走った。しかし、奴隷商とは帝国からの支援を得ており、すでに裏門前には人が回っていた。
「お母さん……」
母親に抱かれたイグリは、母にしがみついて恐怖に体を震わせる。
「うぅ…うぅぅ……」
父親に抱かれているニアも同じく、体を震わせ酷く怯える。
火と追っ手に囲まれ、イグリたちはもうすでに絶体絶命。イグリたちは、家族で身を寄せしゃがみ込み、死を覚悟した。そして、奴隷商の魔の手がイグリたちに襲いかかろうとしたその瞬間、一つの影がイグリたちを囲む火を一瞬でかき消した。
「……ッ、イナリお姉ちゃん!」
イグリたちの前に、夕日のように赤い毛の狐のようなアニマリアが姿を現した。
「ジーナ、グロウ、よく守ったな」
「イナリ!」
「イグリ、ニア、怖かったろうによく頑張ったな。もう、大丈夫だ」
そう言うとイナリは、目の前の敵を睨む。
「何年か前から、中央が騒がしいと思っていたが……よもやここまで来るとはな。狐火の怒りを買ったんだ、容赦はねぇぞ!」
イナリは、より一層強く目の前の敵を睨みつける。すると、イナリの全身の毛が赤々と燃えるように光り出す。
「狐火!ウゥガァゥッ!」
イナリは、その鋭い爪で向かってくる者全てをなぎ払う。その姿はまさに、烈火を纏う妖狐。
「……はぁはぁ」
向かってくる全ての敵を倒し、イナリは徐々に気を落ち着かせて行き元の姿へ戻る。
「大丈夫か、お前たち――ッ?!」
イナリがイグリたちの方へ振り返ると、そこにはイナリの勇姿に目を輝かせるイグリ、ニアと、安堵の表情を浮かべるジーナ、グロウ、そしてそんな一家の背後でニマーッと笑っている不気味な男の姿だった。
「お前、いつそこに?!」
イナリが反応したことで、イグリたちもようやく自分たちの後ろにいつからか立っている男の存在に気づく。
「いやぁ、さすが狐火。ただの下っ端とは言え、あの数の兵を捌き切るとは……恐れ入る」
全身黒ずくめのその男は、両手をあげ降参するようなジェスチャーをする。
「どこの誰かは知らねぇが、そいつらに手ぇ出したら容赦しねぇぞ」
「容赦しないのは、こちらも同じです」
――グサッ。
イナリの背後、イナリにやられたはずの兵士が一人立ち上がり剣でイナリを突き刺す。
「イナリお姉ちゃん!」
「……グハッ」
イナリは、血を吐き膝から崩れ落ちる。
「さて、狐火を殺すのは少し勿体なかったですが、まあいいです。目的は、こちらですから」
そう言うと男は、イグリとニアに手を伸ばす。
「娘に触るなッ!」
「ハァアアアアッ!」
男の狙いは、子供たちである。それが分かると、ジーナとグロウは同時に男へ攻撃を仕掛ける。
「グアァッ!」
「――ァッ!」
しかし、二人の行動虚しく、二人は男の攻撃によって倒れる。
「お母さん!」
「お父さん!」
「これで、邪魔をする者はいなくなりましたね」
男が、右手の人差し指を上げると倒れていた兵士たちが起きあがる。
「捕らえなさい」
兵士たちは、男の命令通りにイグリとニアへと迫る。
その瞬間、兵士の間を抜けイグリへと何かが向かう。
「イナリお姉ちゃん?!」
イナリは、最後の力を振り絞りなんとかイグリだけを抱えることに成功した。
「お姉ちゃん、ニアが!」
イグリの言葉に、苦虫を噛み潰したかのような表情になるも、イナリはイグリだけを抱えどこかへと跳び去っていった。
「さすがと言うか、まだそんな力が出せるんですか。まあ、いいでしょう。どの道すぐに死ぬでしょうし、目的は達成されましたから。ハハハッ、ヒヒヒッ」
男は、イナリの去っていった方を見つめながら奇妙に笑った。
そして、イグリとイナリは、人気の全くない路地裏に倒れていた。
「イナリお姉ちゃん……!」
「いいか、イグリよく聞け……」
イナリは、イグリの今にも零れそうなほど潤んだ瞳を見つめる。
「大丈夫、お前は強い。生きろイグリ。一人にして、ごめんな……」
イナリは、その言葉を最後に力尽きた。
イグリは、今にも泣き叫びそうになりながらも、子供ながらに状況を察し大粒の涙を流しながら、必死に声を殺し続けた。
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