第23話:いざ、帝国へ
以前登り危険がないことを確認していた俺は、なんの障害もなく進むことができ、日が昇りきった頃には頂上に着くことができた。
頂上に着くと、強い甘い匂いが漂ってきた。
「貴様、また来たのか?」
「よっ、でも目的は違うから安心しろ」
「ふん、貴様に妾が殺せるものか。端から心配などしてはおらぬ」
「そうか。じゃあ、またな」
「……待て」
ウルファに別れを告げ、俺は記憶した地図を思い出し帝国のある方を向く。
「なんだ?」
「帝国へ行くのじゃろ?」
「ああ、よくわかったな」
「帝国におる化け物は、大凡、妾もお姉様も勝てない。努々、討とうなどと思わぬことじゃ」
ウルファは、至極真面目な表情で言う。
「何がいるのか知ってるのか?」
「妾は、これ以上のことは言わぬ」
ウルファは、ぬいぐるみを強く抱きしめる。
本当に、これ以上は何も話してはくれなさそうだ。
「分かった。忠告、感謝する」
俺は再び、帝国の方向を向き帝国を目指し歩き始めた。
山の頂上から見える景色の中には、しっかりと帝国が鎮座している。
ノル言うとおり、今日中には帝国へと着きそうだ。
リンゼル帝国。
そこは、中央大陸で一番の領土と戦力を有し、その人口の多くが亜人という国である。
ついでに亜人種とは、人間に似た形をしていながら人間とは違う特徴を持っている者の総称である(アニマリアもその一つ)。
「……おぉ、本当に亜人ばっかだな」
帝国の領内に入ると、急に亜人種の姿を見かけるようになった。
犬の耳や尻尾が生えたものや山羊のような角が生えているもの、殆ど人間大の獣だと言えるようなもの様々だ。
「あんた、人間かい?」
周りを観察しながら、帝国に向かって歩いていると犬の耳が生えた男が話しかけてきた。
「帝国領内、特に中央都では気を付けなさい。以前までは、ネコだけであったが、近頃は人間も奴隷商の標的になると聞く」
「分かった、気を付けよう。しかし、なぜそんなことを見ず知らずの俺に?」
俺の問いに、男は深刻そうな顔をする。
「私には、人間の友人がおった。しかし彼は、捕まりそして、殺された」
「……」
「だから私は、一人でも人間が奴隷にならぬよう願っているのだ」
男の言葉は、決して嘘ではないだろう。
だが俺は、少し何か引っかかることがあった。
「そうか。忠告感謝する」
「ああ、無事を願っているよ」
しばらく歩いていると、遠くに見えていた中央都がもう目の前になっていた。
ドードとは違い国を囲う壁もなく、真ん中に聳える城が堂々と構えている。
「……っ、早速か」
猫の耳に尻尾の生えた女が数人、手枷、足枷で繋がれて男に連れられている。
奴隷だ。
「おい、さっさと歩け!」
男は、奴隷たちに繋がっている鎖を強く引き強引に歩かせる。
誰も止める者なんていない。
それもそうだ、これがここの日常なのだから。
俺は、その隣を無慈悲に通り過ぎる。
奴隷たちの助けを求めるような視線が、痛いと感じた。
しばらく探索をし、これでもかと精神を擦り切らした後、俺は喫茶店に入った。
俺は、席に着き紅茶を頼む。
さてと、鉱石になってからほぼ無くなっていた精神にここまでダメージを負うとは思わなかった。
探索し、見かけた奴隷たちは全員、俺に助けを求める目をしていた。
「お待たせしました、紅茶です。熱いので火傷には注意してくださいね」
俺は、出された紅茶を少し飲む。
「――ッ?!」
紅茶を飲み込んだ瞬間、強烈な目眩や頭痛が俺を襲う。
体に力が一切入らなくなり次の瞬間、気を失った。
直前見えたのは、俺を心配するでもなく見下ろす店員たちだった。
目を覚ます。
「……死んでは、ないか」
ぼやける視界が徐々に定まって行き、やっと今の状況が把握できる。
さっきまでいた喫茶店とは違う場所?
後頭部には、何か柔らかい感触。
そして、視界に写るのは……。
「ヴィーツ……?」
ではない。だが、それは白銀の髪の猫のような顔立ちの女だ。
「気が付きましたか?」
「ああ、俺は助かったのか?」
「ええ」
「そうか……。というか、膝枕?」
「あ、あのその、ずっと起きなくて、あ、あれは魔力を一気に奪う薬を入れたもので、えっと!」
俺の問いに彼女は、急に赤面し慌ててこの状況になった経緯を説明しようとしている。
「あ、うん、大丈夫。大体の見当はついたから」
つまり、俺が入ったあの喫茶店は店ぐるみで奴隷商を行っていて、俺はまんまとそれに引っかかった。そういうことだろう。
しかし、魔力を奪う薬か。
厄介そうだな。
「ルナ、こっちは終わったぞ」
俺がなだめていると、男の声がする。
「あ、シートさん。お疲れさまです!」
「……えっと?」
俺は、起き上がり改めて声の主を見る。
人間大の青い狼のようなアニマリアだ。
「……で」
「あ、えっと、私はルナ。そしてこちらが、シートさんです」
「んで、お前は?」
「俺は、キトだ」
「キトさんは、なんで帝国に?」
来た理由か……。
「俺は、世界を見たいんだ」
実際、この世界には興味がある。
前にノルが見せてくれた地図には、中央大陸の中でもまだ国や気になる場所がいくつかあった。
「しかしまあ、タイミングの悪いときに来たもんだな」
「何かあるのか?」
「まあ、そうなんだが、お前も襲われてたろ。半年前ぐらいからだ、人間まで奴隷になるようになったのはな」
ここに来る前にも、聞いたな。
だが、店ごとそれとは想定外だった。
「そういえば、何で俺は助かったんだ?」
「あ?」
「いや、この中央都に来てから見えたのは大体が奴隷だった。助けようなんて奴は、いなかった。でも、俺はお前たちに助けられた。なぜだ?」
俺の問いに、ルナは少し難しい顔になる。
「そ、それは……」
「丁度、お前が手の届くところにいたからだ」
そう言うシートは、真っ直ぐに俺を見ている。
「……キトさん、これからお時間ありますか?」
「おい、ルナお前」
「?」
俺は、ルナたちに連れられて少し背の高い西洋風の建物に来た。
「ここは、奴隷商に反対する人たちの集い“トレイター”の隠れ家です」
ルナたちに連れられたその家は、見た目は、少し縦に大きなだけで中は普通の民家のようだ。
しかし、その中にいる人影は至極物騒な雰囲気を放っている。
「ルナ、一人多いようだが?」
家の真ん中にある机に行儀悪く座っている、黄色い髪の鮫のようなギザ歯の女がルナを睨み言う。
よく見ると、その女の手や足は獣のような見た目をしている。
そのタイプは、始めてみるな。
「イグリさん、この人は多分、この奴隷というもの事態に疑問を持っています。だから、説明すればきっと力になってくれる」
ルナの言い分は、あまりにも信用にかけるものだった。
「根拠はあるのか?」
「イグリ、信じましょう?」
家の奥の方からまた一つ人影が現れる。
それは、前髪が鼻辺りまであるエプロンを着た女だった。
「ルナちゃんの慧眼、私は信じますよ」
「……はぁ、そうだな」
「みなさん、ありがとうございます!」
話の話題は、俺のはずなんだがちょっと蚊帳の外な感じがする。
横を見ると、シートも腕を組みそれを傍観している。
・・・で。
「キトさん、改めて私たちはこの国に根付いている奴隷という文化を嫌い、無くそうと活動している集いトレイターです。私は、友達が奴隷になりました」
「俺たちの殆どは、奴隷だった。もしくは、家族や友人が奴隷になってしまったものたち。俺は、嫁と娘を奴隷にされた」
シートは、淡々とした口調とは裏腹に、その目には怒りが見える。
「お初にお目に掛かります、私はシシ。元奴隷です」
シシは、言いながらその長い前髪を上げる。
すると、顔面の半分以上にあるひどい傷が見える。
「この傷は、奴隷の頃に受けたものです。さあ、イグリさんも自己紹介を」
「イグリだ。これ以上は、言いたくない」
「俺は、キト。世界を見て回っている」
一同の自己紹介を終え、俺はこれからこのトレイターたちと共に行動することとなった。
奴隷だったシシ。
家族を奴隷にされたシート。
友人を奴隷にされたルナ。
教えてはくれなかったが、ほかの三人と同様に苦しんでいるイグリ。
彼らを通して俺は、この帝国を見渡せるだろう。
さて、晴れて(?)トレイターの一員としてルナたちの活動に参加することとなった俺はまず、シシとルナに帝国のことを詳しく教えてもらうことにした。
「ここリンゼルでの奴隷商が始まったのは、およそ20年前ほどからだと言われています」
「ちなみに、私が奴隷として捕らえられたのは、2年前です」
「その傷もそのときにか……」
「ええ、お医者様が言うにはもう決して完全には癒えないらしいです。幸い、痛みももうありませんし、奴隷だった頃のことを思うと、この傷が治らないことなんてどうでもいいんです」
「シシさん……」
元奴隷というシシの苦しみは、俺の想像を遙かに超えたものだろう。
そもそも、鉱石になってからの俺には人の感情をその人と同じように感じることが難しくなっている。
そして今、俺はそのことが少し嫌だと感じた。
たくさん傷つけられ、そこから解放された今も尚、その過去に苦しんでいるシシを見て、シシの抱えている苦るしみを、同じように悲しみ苦しみたいと思った。
それでも、苦しそうに笑うシシを見て少し怒りのような感情を覚えた。
「そういえば、シシはなんで助かったんだ?」
「そうですね。それは、お教えしておかなくてはね」
シシはそう言うと、苦しそうな笑顔が少し明るくなり自分が助かったそのときのことを話し始めた。
「私が――」
――私が助かったのは、一人の騎士様のおかげでした。
私はそのとき、最初私を買った人間から「飽きた」と言う理由で再び売りに出されていて、奴隷商の大きな馬車で絶望ととても小さな安寧の中揺られていました。
しばらく揺られていると、馬車の走る音が止まりました。
私も私と同じ奴隷たちも、絶望で心が一杯になりました。
また、あの地獄が始まるのか……。
ですが、そんな私たちの想像とは裏腹に聞こえてきたのは、馬車を運転していた奴隷商人の声でした。
「
「うわぁああああ!」
そんな叫び声が響き数秒後、真っ暗だった視界が一気に明るくなり、急な光がまぶしかった。反射的に瞑った目を私は、ゆっくりと開けます。
そして私の目に映ったのは、堂々と立つ一つの人影。
そう、それが騎士様。
「助けに来た。遅くなってすまなかった」
そう言う騎士様の姿は、私はもちろん、その場にいた奴隷たち全員の目に神様のように写っていました。
「その後すぐに立ち去ってしまって、残念ながら名前は聞けませんでしたが、あの騎士様の姿はしっかりと覚えています」
「どんな姿だったんだ?」
「それは、刀身と同じほどの長さの柄の大剣を担いだ、それはもう神々しい方でした」
「中々、独特な武器だな」
「キトさん知らないんですか?シシさんも知らなかったって言ってたんですが、中央大陸、東大陸、西大陸、北大陸、南大陸。この5つの大陸には一人ずつ、勇者とは違うんですが、力を持った人がいるんです」
勇者についてさえ、あまり知識がないんだが……。
「ルナ、それはどういうものなんだ?」
「えっとですね、東の
「中央は?」
「中央は、勇者がいるのであんまり聞かないんですけど、確か中央の
東の風切、西の砂迅、北の氷戒、南の熱帝、中央の聖頭。
大陸に一人いる、勇者とは違う、力ある者。
「それのどれかがシシの言う騎士様なのか?」
「東の風切は、その体の倍はある刀剣を扱う。だったか」
シシ、ルナと話していると、背後からシートが話しに入ってくる。
「シートも知っているのか?」
「ルナと俺は、トレイターとしての活動をするときは一緒に活動しているからな。そんなことより、ルナそろそろ行くぞ」
「何かするのか?」
「私とシートさんは日に二度、中央都を見回っているんです。助けられる人を一人でも多く見つけられるように」
「そうなのか……。俺もついていって良いか?」
「いや、お前には別にやってもらうことがある。そうだろ、シシ?」
「ええ、そうですね。キトさんは、イグリさんとです」
「そうか」
しかしイグリからは、結構警戒されているようだからな……。
「というか、そのイグリはどこにいるんだ?」
「キトさんには、それを探してほしいんです。あ、でも一からではないので安心してください」
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