超外伝:異世界の聖夜。

 鬼頭和馬が転生してくる時よりずっと昔、レヴィアタンという魔物がリリスという魔女と共に暮らし初めて随分と月日が経った頃の話。

 その月は、外は凍えるような寒さで、植物や動物たちはしばらくの眠りにつく冬という季節になっていた。

 その日もレヴィアタンは、リリスの研究や身の回りの世話をこなしていた。

 レヴィアタンが外で洗濯物を干していると、不意に彼女の手に冷たい感覚が伝わった。

「水?リリス、雨だ」

 レヴィアタンは、そう言うと干し始めたばかりの洗濯物を回収し始める。

「さっき洗濯してもらったばかりなのに、間が悪い」

「ははっ、天は誰にも操れないからな。そう膨れるな」

「うん?」

 レヴィアタンは、洗濯物を抱え空を睨む。すると、小さな白いものがゆっくりとそれもたくさん降ってきていることに気がついた。

「リリス、雨じゃない。白い綿が降っている……」

「あぁ、これは雪と言うものだ。一部では、冬の精霊などといわれている」

「雪……。綺麗だな」

 レヴィアタンは、しんしんと降る雪に純粋な瞳で見とれる。

「レヴィ、早く入っておいで」

 リリスは、窓から顔を出しレヴィアタンに手招きをする。

「リリス、私は雪が好きになったよ」

「それは、良かった」 


 数日後のある日。

 リリスとレヴィアタンの住む家から、しばらく行くと小さな町がある。

 リリスとレヴィアタンは、二人で町へ買い物に出かけ料理の材料や研究に必要なもの諸々を買い、今はその帰りである。

「リリス、今日はやけに町が栄えていたな」

「明日は、聖夜だからね」

「聖夜?」

「一年に一度、この世界に今生きていることの感謝と、今後の願いをする日だよ」

 この世界にも、クリスマスのように特定の日を聖夜とする文化がある。

 家など建物を飾り付け、町では聖夜祭として食べ物やちょっとした娯楽の出店が並び、とても賑やかになる。そして、夜には家族で贈り物をし合う。

 この行事は、何かの神に祈るものではなく、リリスの言ったようにこれまで生きてこれたことを奇跡であると感謝し、これからも健康に生きられることを願うものである。

「だから、明日は一日家から出ないように」

「え、どうして?」

「聖なる夜に魔女なんていらないのさ。レヴィも私の関係者だと知られている以上、彼らからしたら魔女と同じに見える」

「……ねぇリリス、魔女ってそんなに悪いものなのか?」

 彼女が魔女と呼ばれる理由は、その目。暗い夜空のような黒とその中に輝く幾つもの星々のような白。人とは、とても違うその目故にほかの人々は彼女を恐れ魔女と呼ぶ。

「悪いとかじゃない。人の恐怖は、恐怖の源にはどうすることもできないことだ」

「なら、私が町の人たちの誤解を解けばいい。リリスは、こんなにも優しく、賢く、すごい奴だって!」

 リリスは、レヴィアタンの言うことが嫌なわけではなかった。だが彼女は、とても悲しげな表情でレヴィアタンを見つめた。

「だから、リリス……」

「いいんだ、いいんだよレヴィ。私は……」

「わかったよ、リリス。明日は、ずっと一緒にいよう」


 翌日。

 町では、町民たちが聖夜の祭りで大いに盛り上がっている。

 その頃、リリスとレヴィアタンは、午前中に家を飾り付け二人だけの聖夜祭を始めていた。

「はい、リリス」

「ああ、ありがとう」

 レヴィアタンは、コーヒーの入ったマグカップをリリスに手渡す。

「……ふぅ、昨日奮発して良い豆を買ったのは正解だった」

 コーヒーを一口飲み、リリスがほっとするように椅子の背もたれに体を預ける。

「私には、コーヒーの良さはあまり分からないな」

「レヴィは、まだ子供だということさ」

 レヴィアタンの持っているマグカップには、温かい牛乳が入っている。

 レヴィアタンは、少し拗ねるようにその牛乳を飲む。

「そう言えばリリス、今の研究はどうなの?」

「そうだなぁ、順調ではあるけど中々苦戦しそうだよ」

「スキルの合体だっけ?」

「そう、《風操作》と《火操作》を組み合わせれば熱風を操作できる。《水操作》と《土操作》を組み合わせれば泥を操作できる。まだまだ組み合わせとイメージ次第でもっとできることがある」

 二人は、暖炉の前で椅子に座り温かい飲み物を飲みながら話す。

 リリスは、自分のスキルというものに対する考えや研究の話をとても楽しそうに語り続け、それを聞くレヴィアタンは目を輝かせリリスの話に聞き入る。

 そんな二人だけの聖夜祭は、夜まで続いた。

「もう、夜だな」

「ああ。だが、夜が明けるまで聖夜は続く」

「じゃあ、今日は寝ないでいようかな」

 レヴィアタンは、またコーヒーの入ったマグカップをリリスに渡す。

「また来年もある。そう惜しむことはないさ」

「ううん、私とリリスの初めて一緒に過ごす聖夜だ。惜しいよ、終わるのは」 

レヴィアタンは、切なそうに窓から降り続ける雪を見る。

「あ、そうだ。レヴィ」

「ん?」

 レヴィアタンが、振り向きリリスを見ると何やら丁寧に綺麗な紙で梱包された物を持っている。

「それは?」

「私からレヴィへの聖夜の贈り物さ」

 レヴィアタンは、リリスからその贈り物を受けとる。

「これは……」

 レヴィアタンが、その包み紙を開けるとそこには、丸いガラスの中にしんしんと降る雪を閉じこめたようなスノードームがあった。

「どうだい、気に入ってもらえたかな?」

「すごい、綺麗だ……!」

 レヴィアタンは、そのスノードームを嬉しそうに見つめる。

「でも、こんなのどうやって?」

「ふふん、それはね……」

 ――今までは、切ないと思っていた。寂しいと思っていた。でも今日は、楽しくて、尊くて、暖かい。

「また来年も、よろしくね。レヴィ」

「ああ。次は、私もリリスに贈り物するよ」

「楽しみだな」

 賑やかな町の中でなくても、二人には二人だけの暖かさがある。

 二人だけの、聖夜がある――。

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