第21話:高貴な獣

「ぐはっ!」

「はっはははは!妾の城たるこの山に入ったが最後、生きては返さぬと言ったであろう」

 俺は今、異世界で初めての大ピンチを迎えていた。

 長い時間この空気に触れたせいか、体が思うように動かない。

 頭が痛くなるほどの甘い香りが充満し、何も考えられない。

 俺はもう、彼女のおもちゃとなり果てるしかないのか……。

 そんなの、イヤだ!

 抗え、抗え!

「ぐぁああああああ!」

「うるさいわっ!」

 力が上手く入らない体を、俺は気合いで起きあがらせる。瞬間、頭頂部を思い切り叩かれる。

「大体、なんだってこんな山登った上に飯事をせにゃならんのだ!しかも何故サスペンス!」

「貴様が死体役にぴったりだと、妾の勘が言っておるからじゃ!それに、貴様が妾の家に勝手に入ってきたんじゃないか!」

「ぐッ……」

 それに関しては、何もいえない……。

 この、くせっ毛金髪ロングで尖った目つきの女こそ、俺が討伐せんとしていたキマイラである。

「ウルファ」

 俺とキマイラが言い合っていると、不意に聞き覚えのある声がした。

「お姉様!」

 声の方に目を向けると、そこには身長2mはある灰色のくせっ毛の髪にケモ耳。そんな姿があった。

「レオナード?!」

「ん、キト?何故お前が?」

「斯く斯く然々……」

 俺は、レオナードにこれまでの経緯を伝えた。

「なるほど。しかし、ウルファを殺すとなれば私も多少動かねばならないな」

 そう俺に言うレオナードの眼孔は、鋭く俺を刺していた。

「いや、意志疎通が出来る時点でそんな気は毛頭無いよ」

「それにしても、この匂いと言い相変わらずだな」

「……お姉様には、関係ないことじゃ」

 ?

 さっきまで上から目線で自身たっぷりな感じだったキマイラは、少し思い詰めるような表情になる。

 レオナードも、切なそうな目をしている。

「なぁ、何かあるのか?」

 俺は、レオナードに声を抑えて問う。

「少しな」

 今は、教えてくれそうにないな。

「それで、キト。これからどうするんだ?」

「そうだな。依頼は、失敗でも構わない。だが、俺は強くなりたい」

「強く?」

「ああ。今回、この依頼を受けたのももっと戦って腕を上げたいからだし」

「ふむ、ならばまたほかの依頼を受ければいいだろう」

「それが、これ以上良さげなのがないんだよ」

「というか!貴様、お姉様とどんな関係じゃ!」

 俺とレオナードが話していると、傍らで聞いていたキマイラが急に立ち上がり俺に指を指す。

「私とキトは、仲間だ。ウルファ、前に魔王同盟のことは伝えていただろう?」

「それは、レヴィちゃんとのじゃろう?」

「あと、クリフォトとキトだ」

「男が…二人も……?」

 キマイラは、頭を抱えつつも俺を鋭く睨んでいる。

 キマイラはレオナードのことを相当好いているようだ。

 それにしても、よく見比べると似ているな。くせっ毛なところはそうだが、目つきも多少レオナードの方が柔らかいが似ている。

「ウルファ、キトの言うことだとこの山もいずれ危なくなる。ここの長として、然るべき行動をする必要があるぞ」

「うむ……」

 

 その後、キマイラは「疲れた」と言い眠ってしまった。

 キマイラが眠ってすぐ、俺はレオナードに連れられて景色が一望できるところに来ていた。

「山の中は、あんなに暗かったのに……」

「この山はな、一年中どんなに雲が掛かっていようと必ず一日一回は日を浴びる山なんだ。……すまん、こう言うと分かりづらいな。何が言いたいかというと、この山は一日に一度だけ限られた時間だけしか日を浴びれないんだ。だから、この山の木々は僅かな光でも浴びようと表だけを空に向け続けている。風が吹こうと、誰かに揺すられようと、何があってもすべての葉の表だけを日に向け続けるんだ」

 つまりは、あの黒い木々は傘のようにそれぞれの葉っぱ一つ一つを敷き詰めて、僅かな光でも当たるようにしているってことだ。

 あのとき見上げたのも、空じゃなくて葉っぱの裏だったのか。

「ん、てことは今が?」

「うん。今がその限りある、この山の頂上からの日を浴びた景色だ」

 日は、丁度この山の真上から光を落とす。

 真っ黒に見えた木々も、不気味に感じた空気も、頂上から見るときらきらと輝く緑の宝石のようだ。

「あんまり情が湧くとか無いけどさ、話しがあるんだろ?」

「ああ、ウルファのことだ。彼女は、自分自身を嫌っているんだ」

「自分のことが大好き。なんて方が珍しいんじゃないか?」

「お前も嗅いだだろう?あの匂い」

「甘ったるいあれか」

「そう、あれはウルファが自分の匂いを隠すためにしている、日の当たらないこの山だからこそ咲く仇薔薇という赤い花の香だ」

 そしてレオナードは、ウルファの過去を話し出した。

 彼女が自分のにおいを嫌いだしたのは、彼女が丁度50年の時を生きたときだった。

「そもそも、私たちの様な存在は100年生きて初めて人間で言う大人となる」

 そんな存在の50年目は、第一次覚醒期と言うその存在の特徴が急激に成長するタイミングなのだ。

「ウルファの場合、その体の三つの違う特徴が一気に成長した。ウルファが言うには、自分じゃない複数の臭いがいつまでも付きまとってくる感覚が、気持ち悪いみたいだ」

 それからウルファは、嘔吐や自傷行為、常に怯えていたりと見るに堪えない状態だった。

「そんなとき、クリフォトが教えてくれたんだ。仇薔薇、日を嫌い一筋の光さえ届かない場所だけに咲く、一部では「ヴァンパイアローズ」とも言われる深紅の花。それを用いた香は、ひどく強い香りを放つから自分の匂いをどうしても隠したいのであれば、自生している場所を教えると」

 レオナードらは、幼い頃クリフ森林で共に過ごしていたらしい。

「それが、この混昏山だったってわけか」

「そうだ」

「というか、レオナードはあいつの匂いをどうも思わなかったのか?」

「私も似たようなものだからな。まして、妹の匂いなんだ。不思議な匂いだと思いはしても、不気味だとも思わないし嫌うこともあるわけがない。キトこそどうだ?」

「俺は、そんなに鼻は利かないからな。少し傲慢そうだが、嫌うことはないよ」

 俺は、ウルファのことを知り、それ故のあの振る舞いなのだろうと思った。 俺の知っている異世界転生した者が、この後行うことと言えばウルファを救うことだろう。

「俺には、そんな器用なことできないぞ?」

「ああ、私でも彼女は助けてあげられない。それを今更、お前に頼みはしない。ただ、関わった以上お前には知っておいてほしい」

「ああ」


 その後俺は、山を下りドードへと戻った。

 依頼は、当然失敗として処理された。

「お主、少し切なげな顔だな?」

「そうか?」

 無所属騎士集会場に行くと、ヴィーツに会った。

 ヴィーツは、俺の顔をのぞき込み心配そうな表情をしている。

「なんでもない。さあ、気を取り直して新しく依頼を受けるか」

「なあ、また一緒に受けないか?」

「いいぞ。何受ける?」

「そうだな〜」

 強くなりたいってことや、違和感のあるカトリアのこと、ウルファのこと。考えたいことが、多いな。

 強くなる分には、俺の努力次第だろう。

 カトリアのことに関しても、いずれ俺が巻き込まれそうな予感がする。

 でも、ウルファのことは俺がどうしてやれるってわけでもない。ただ、危なくなったとき力になれるといいな。


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