外伝:リリスとレヴィアタン
キトとレヴィアタンが出会うよりも、500年は昔の話。
人里離れた辺境の地に、ぽつんと建っている三角屋根の小さな家。そこには、夜空を落としたような瞳の美しい女が住んでいる。その女は、男に取り憑く魔女で、人里に降りてきては男の命を喰らうと言われていた。
実際のところどうか、それは彼女の一日を見れば分かるだろう。
魔女リリスの日課は、人間観察や魔物観察そして、海辺の散歩である。それを毎日、飽きることなく続けている。
「うん?何か倒れている……」
彼女は、海辺の散歩中に奇妙な生物を見つけた。それは、イカのようなタコのような生物であった。
彼女がその生物を持ち上げると、その生物はもがくでもなくただ必死にすがりつくように彼女の指に触手を強く絡めた。
「そうか、君は生きようとしているのか」
彼女は、その生物を抱き抱え辺境の家へ連れて行った。
彼女は、奇妙な生物を家に連れ帰ると、その生物を机の上に載せすぐにその体を調べ始める。手の指先に魔力を乗せ、ゆっくりとその生物の体をなぞる。
「君も魔物の一種か……、しかしかなり弱っているね。何があったんだい?」
リリスがそう言いながら、診察していると奇妙な生物が彼女の指に再度触手を巻き付ける。しかし、今度の触手はかなり弱々しかった。
「ああ、君ももう時間がないと分かっているんだな。だけど大丈夫、君はまだ生きれる。私が、必ず助けてみせる。その代わり君は、諦めず意識をしっかりと持っておくんだよ?」
彼女のその言葉に、彼女の指に巻き付く触手の力が少し強くなる。
「それでいい、頑張れ。私もがんばる」
そう言うと彼女は、より一層集中する。
――この子の弱っている原因は、核に大きな傷があること。この傷をどうにか治さないと。まずは、この子の魔力に合わせる……。
それから一時間後、リリスの繊細な魔力操作のおかげで治療は成功した。
「ふぅ、魔力を使ってこんなに疲れたのは久しぶりだよ」
謎の生物は今、リリスからの治療が終わってから眠っている。
「治せたのは、万歳。だが、この子は何者なのだろう……」
リリスは、その生物を夜空の様な目で見つめる。彼女の目は、魔眼と呼ばれるもので世界にいくつか存在する万物を見据える目と言われている。がしかし、実際はそんな万能ではなく彼女の場合は見つめたモノの持つスキルを見ることが出来ると言うものである。
「スキルインテグレートにトークセンス……なるほど、興味深い。ん、アビリティ?スキルとは違うものなのか?」
リリスは、奇妙な生物のスキルを子どものようなわくわくとした顔で見る。
「ふふっ、面白い!水を操れるのか。もしかしなくても、この子はとても強い魔物だね。エキドナにも引け取らないほどの……」
彼女の言うエキドナそれは、蜷局を巻けば山一つを飲み込むほどに大きな蛇である。しかし、美しい女になったとの話もあり魔女とも言われている。
「《トークセンス》……」
彼女の魔眼には、スキルを見ることともう一つの力があった。それが、そのスキルの習得を可能にすというものだった。
「しかし、このアビリティというのには干渉できないか……。まあいい、とりあえずはこの《トークセンス》を試そう」
『……生きている?』
リリスが、自分の知らないスキルにわくわくしていると不意に謎の声がした。
『にん…げん……?』
「おお、これが念話?」
リリスは、謎の声に驚くでもなく、それが奇妙な生物の声だと理解した。それどころか、初めて体験する念話に心を躍らせていた。
「やあ、私はリリスと言う。皆からは、魔女と呼ばれている」
『リ、リス…まじょ……』
「こちらからの声も届いているようだね」
『リリス…た、すけた……』
「そう、私が君を治したんだ」
リリスは、奇妙な生物の片言な言葉と困惑することもなく会話する。
「そうだ、君の名前は?」
『レヴィ…アタン……』
「レヴィアタンか……いい名前だね」
それからリリスとレヴィアタンは、よく話すようになった。最初はリリスから話しかけ続けていたが、だんだんとレヴィアタンもリリスの話し方を真似て話すようになっていった。
そんなある日。
『リリス、客人だぞ?』
「客、誰だ?」
リリスは、レヴィアタンの方へ振り向く。すると、そこには深い緑の長髪の蛇のような目をした美しい女がいた。
「その目……お前が夜の魔女で、間違いないかの?」
「夜の魔女?また、変な異名が進化しているな……」
「その反応、肯定と取っても構わないか?」
「ああ、ここら辺で魔女と言えば私だろうね」
「そうか。儂はエキドナ、急な話だが聞いてほしいことがあってきた」
リリスは、エキドナと名乗る女の言葉を聞くと「茶を淹れよう」そう言って家の中へエキドナを入れる。
エキドナは、出されたお茶を少し飲んでから話し始める。
「これから100年と経たぬ内に、儂の3人の子どもが産まれる」
「それで?」
「それだけだ」
「なぜ私にそれを話す?私は、魔女などと呼ばれてはいるが所詮人間だ。100年は生きられない」
「儂の子どもが3人、この世界に産まれるのだ。確実に3体の怪物がだ」
「私にそれを止めてほしいと?」
「違う、そうではない」
「ならばなんだ?」
リリスの問いに、エキドナは少し切なげな顔をし話し始める。
「儂は、100年も経たぬ内に3人子どもを産みそして、死ぬ。だから、母の顔を知らぬ子どもたちが心配なのだ」
「死ぬ?お前は、不死身との伝説は嘘と言うことか」
「それは、嘘ではないな。儂は、今で1万年の時を生きてきた。これほど生きるのは、儂ぐらいだろう」
「エキドナ、君の子どもの件、私はしっかりこの耳で聞いた」
「ああ、ありがとう」
エキドナは、優しく笑う。その笑顔は、柔らかくバケモノと言うにはとても美しかった。
「それで、あのエキドナを惚れさせるとはどんな男なのかな?」
『私も、少し気になるな』
「ええっと、それは…ティフォンと言うとてもいい男だ……」
エキドナは、赤らんだ頬を両手で覆いつつ答える。それから3人は、エキドナとティフォンという男との恋バナで一頻り話した。
「それでは、失礼する。今日は、ありがとう」
「珍しい惚気話も聞けて楽しかったよ」
「あまり年寄りをからかわないでくれ?それではな」
「ああ」
エキドナが帰り、再びリリスとレヴィアタンだけの日々に戻る。
年月が経っていく。
50年後。
辺境の地にある三角屋根の小さな家、そこは夜の魔女と言われる老婆と若い女が住んでいる。
「レヴィ、エキドナの子どもはまだかな?」
この老婆と言うには若い見た目の女性は、現在85歳のリリスである。50年経ち老けたと言えど、その夜空のような瞳も容姿も美しいままである。
「リリス、それさっきも聞いてたよ?」
リリスとともに暮らすこの透き通るほどに綺麗な水色の髪の少女は、《人化》を習得したレヴィアタン。二人は、未だ仲良く、この小さな家で暮らしていた。
「そうだったかな、老いには勝てないな。ゴホッゴホッ」
どれだけ見た目がそうは見えないとはいえ、人間であるリリスの体は老いと病によりもう長くない。
「リリス、大丈夫?」
レヴィアタンは、せき込み床に倒れ込むリリスを抱えベッドへ運ぶ。
「ごめんね、レヴィ。私は多分もう生きられない」
「そ、そんなことないよ!ほら、昔に私を治してくれたじゃないか。私も、リリスを治すよ」
「人間の体は、難しいんだよ?簡単に壊れるくせに、簡単には治せない」
リリスは、瞳を潤ませるレヴィアタンの頬に触れ笑いかける。
「レヴィ、君はまだ長く生きるだろう。だから、私を忘れて生きてくれ」
「リリス…!私は、君とまだ一緒に……」
「君は、私の研究の全てを学んだはずだ。大丈夫、君は一人にはならないよ」
リリスは、彼女の手に縋るレヴィアタンに魔法をかける。それは、遠い場所への転移とレヴィアタンのリリスとの記憶を奪う魔法。
リリスの魔法により、レヴィアタンは白い光に包まれていく。
「リリス……!」
「今まで、ありがとう」
リリスのその言葉を最後に、レヴィアタンはどこか遠くへ転移した。
その後リリスは、これまでのスキルの研究を一冊の本にした。
リリスの死後、その本は近くの国の調査団により発見され「グリモワール」と名付けられ現在、その国の宝として眠っている。
そして、リリスの生前の心残りであるエキドナの子供たちとレヴィアタンは、未だ歴史に名を残す怪物として語られている。
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