外伝:レヴィとオルカ
今より16年前、聖光使団という名前が徐々に世界に広まり始めた頃にイカのようなタコのような奇妙な生物が一人の赤ん坊を見つけた。その赤ん坊は、その生物を見て怖がり泣くでもなく両手を伸ばし、笑っていた。
『こんな辺鄙な場所で捨て子か?この子の親は、余程君を生かしたくないようだな』
奇妙な生物は、その触手で赤ん坊に触れる。
――温かい。
赤ん坊は、自分の頬に触れる触手を握り笑っている。
『ふふっ、君は少し早い反抗期のようだな』
そう言うと奇妙な生物は、『人化』と唱え水色の髪の人間となりその赤ん坊を抱き抱えて真っ白な街に向かっていった。
奇妙な生物に拾われた赤ん坊は、聖光使団というこの世界の伝説や禁忌を研究、調査する組織によって保護され、オルカと名付けられスクスクと育っていった。
「レヴィ、あそぼ!」
オルカ6才、あの赤ん坊は何の濁りのない初雪の様に美しい白い髪の女の子になっていた。
「いいよ、オルカ。今日は何をしようか?」
「今日はね、今日はねお絵かき!」
「昨日もしなかったかい?」
「いいの!昨日はウツボを描いたから、今日はマンタを描くの」
そう言いオルカは、彼女を拾った水色の髪の女レヴィアタンの手を引く。
聖光使団の拠点内には、オルカ以外の子どもはおらずいつもオルカはレヴィアタンと遊んでいた。遊ぶ内容は、お絵かきや追いかけっこ、絵本ぐらいであったが、オルカはいつも遊び疲れて寝落ちるまで遊んだ。
それは今日も同じで、いつものように遊び疲れたオルカはレヴィアタンの膝を枕にしてすやすやと眠っている。
「いつ見ても穏やかな可愛らしい寝顔ですね」
「ああ、全くこの子を捨てた親は不幸なものだよ」
「ええ、本当にそうですね」
ほかの部屋よりも一際広いオルカの部屋で、レヴィアタンと白い短髪の軍服の男マンタがオルカを見つめながら話している。
「マンタ、急ですまないがこれからのオルカの世話を君に任せたい」
「……私は構いません。ですが、オルカはあなたに懐いている」
「そうだね。だけど、僕はこれから忙しくなる。そうすれば自ずと、オルカとも会える時間がなくなってしまう。ここまでオルカと仲良くなってしまったのは、僕の甘さだ。この子にも申し訳なく思うよ」
「私は、この聖光使団オルカを抜けば唯一の人間です。なので、これは人間特有のエゴのようなものなのでしょう。ですが、もしオルカが生きている間にレヴィアタン様に再び時間ができたなら、明日からの埋め合わせをしてあげてください」
「ああ、そうだね。そうしよう」
そして、レヴィアタンは膝で眠るオルカを抱き上げマンタに渡しその部屋を出ていった。
マンタがオルカの世話係になったその朝から、オルカはあまり遊ばなくなった。この4年ずっと世話をし遊んびという関係が壊れた。やはり、その変化はオルカにとって耐え難いほどの悲しみであった。
泣くことは無かった。しかし、時折「レヴィは?」とマンタに問う彼女の声や表情は、とても胸が塞がるようだった。
「やはり、レヴィアタン様の代わりにはなれませんね……」
「それはそうでしょうね。何をするにも一緒におられましたから」
マンタがオルカの世話係になった初日の夜、マンタはオルカの部屋の付近の通路で、白髪の細目の男ウツボと話していた。
「私どもとも親しくはしていましたが、それもレヴィアタン様ありきのこと。ですが、要は時間です。まだ初日でしょう?大丈夫ですよ」
「ええ、がんばります。ありがとうございました、ウツボさん」
それからというもの、マンタはオルカとの仲を深めようと一生懸命にがんばった。まずは、遊びに誘ってみたりおやつを用意したりとレヴィアタンとやっていたこと、自分で思いついたことなど色々試し月日がたって行く。そして、オルカは13歳。幼い頃の可愛らしい顔から成長し、少し凛とした雰囲気の女の子になっていた。この頃にはもう、オルカはマンタといる日々が普通になっていた。
「マンタ、今日も書庫に行く!」
「ええ、わかりました。ですが、あまり急がずに!」
オルカはこの頃、小説にはまっているようで連日書庫に入り浸っていた。今日も早く本が読みたいと言う気持ちが逸り、通路を走る。すると、オルカは前の人影に気づかずその人影とぶつかってしまった。
「オルカ!」
マンタは、倒れているオルカを見るや否や急いでオルカに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
オルカは、マンタに支えられつつぶつかってしまった人影をみる。そこには、昔にみた水色の髪の女が手を差し伸ばしていた。
「レヴィ?」
「ぶつかってしまってすまない、オルカ。怪我はないかい?」
「う、うん。大丈夫」
オルカは、レヴィアタンの手を取り起きあがる。オルカは、久しぶりの再会で緊張していたが 「せっかく会えたんだ。言いたいこと言おう」そう思い口を開く。
「レヴィ、あのね――」
「――レヴィアタン様」
オルカの勇気を出した言葉が、タイミング悪くレヴィアタンの隣にいた男によって遮られる。
「すまないオルカ、今はゆっくり話している時間がない。また、時間が空いたとき僕の方から行くよ。それではね」
「うん……」
マンタは、自分に微笑みかけ去って行くレヴィアタンの背中をみるオルカの顔をみて、7年前のオルカのことを思い出していた。
「オルカ?」
「うん、行こ。マンタ」
「はい」
オルカとレヴィアタンとの再会から、また月日が経っていく。一年後、オルカは14歳。オルカは、以前よりも凛と大人びてきた。そんなある日、オルカの部屋にレヴィアタンが訪れた。
「やあ、オルカ。また一段と美しくなったね」
「レヴィ……!」
不意のレヴィアタンの訪問にオルカは、二度も裏切られたと言っても良いはずがその目に光を灯す。
「レヴィ、今日は大丈夫なの?!あのね、私ね――」
「――オルカ、すまない。今日は、君に頼みたいことがあって来たんだ」
「……え?」
レヴィアタンの期待はずれな答えにオルカは、その表情を曇らせる。
「オルカ、君には今日から僕の代わりにこの聖光使団の団長になってほしい。頼めるかな?」
「私が?う、うん。いいよ」
オルカは考えた。このレヴィアタンからの頼みを聞けば、また昔のようにレヴィアタンと仲良くできるかもしれないと。しかし、この頼みを聞くことは、彼女の希望とは裏腹に、よりその距離を離すこととなった。そしてオルカは、レヴィアタンへの希望を消した、彼女の純粋な子どもの心とともに。
「レヴィアタン様、これはどういうおつもりですか?」
オルカへの用事が終わったレヴィアタンと、彼女を見てレヴィアタンへの怒りを覚えたマンタが、オルカの部屋の前で話している。
「彼女はまだ、聖光使団以外の誰の目にも触れていない。彼女が聖光使団の団長を名乗ってくれれば、僕も動きやすくなる」
「そう言うことじゃない!なぜまたあなたは、オルカの心を傷つける?」
「……そうだね。僕もオルカと長い間離ればなれなのは、つらいさ」
「オルカは、オルカはあなたの比じゃないほどに苦しんでいる!レヴィアタン様、あなたは以前に必ずオルカに埋め合わせをすると言ったはずです……」
「ああ、だがまだそれができるほどの時間はないんだ。そのための君だ、頼りにしているよ」
そう言うとレヴィアタンは、マンタの肩をポンっとたたきその場を後にする。
「私じゃ、私じゃダメなんだ!私じゃ……オルカの心は、埋められない」
マンタは、ただその場に座り込み「悔しい」と涙を流した。
それからまた4年後、オルカは聖光使団団長としての責務を全うしている。隙一つ無い凛とした白い花のように、過去の友への絶望を冷たく漂わせているのである。心に秘めた絶望が解けるのを、密かに願い続けて。
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