第5話 神々の黄昏(前)
岬の
「……というわけで、無事に病院についたみたいですよ、
「そうか、それはよかった……」
「
それは何とも言えなかった。詳しい診断結果を聞いたわけでもないし、老人の肺炎は怖いと聞く。俺は医者を信じましょうとだけ言った。神様に人たる医者を信じるようにと言ったのだ。
「で、お前はなんだ、その格好は?」
ジャージを着ている神様に格好のことを指摘されたくはないが、今、俺は頭に麦わら帽、作業着にタオルと農家のあんちゃんな出で立ちをしていた。もちろん、目的あってのことである。
「すいません神様、一つお聞きしますが、この辺の草とか刈ってしまっていいですか? 切っちゃダメなご神木とかあります? あ、さすがにしめ縄巻いてるやつとかは手を出しませんよ」
「なんだ? この辺りをきれいにしようってのかい? まあ、ありがたいことだね、別に構わんけど?」
「では!」
俺は
◇
翌日も俺は朝から岬の社で草刈りをしていた。蚊に食われ、いつの間にか靴下の隙間にカメムシが入り込み、爽やかな午前の海風の中、気分は最低だった。
「何しているの?」
長い髪を風に散らしながら、巫女装束の
「草刈りですよ、神社をきれいにしようと思って」
「あら、感心します!
「ああっ、もう腰が! 腰がっ!」
限界が来た。日頃から運動不足は痛感しているが、これほど草刈りが重労働だとは思わなかった。
「あんたこの辺きれいにしてくれるのはありがたいけど、いいわよ、無理しなくて?」
今日は気分の問題なのか、ジャージの神様は髪をまとめていなかった。ウェーブがかかった髪が陽光を反射する。気が付けば天気が回復していた。
「いや、ほら、まだ完璧じゃないですけど、見て下さいよ」
「は……、あ……海!?」
そう、懸命に草を刈り、邪魔な枝を落としたのは、社から海が見えるようにするためだ。
「すごーい!
元々、
「まだ完璧じゃありませんが、今の港の様子が見えるようにしたいです。それに、ここまで視界があれば、きっと
「あんた……! ったく、いい男じゃない!」
◇
午後になっても、まだ
「こんにちはー! 大人一人、入浴お願いします」
「ああ、あんちゃん、観光かい?」
俺が番台のおばちゃんにお金を払っていると、ちょうど温泉から上がって涼んでいたおじさんが話しかけてきた。阪急ブレーブス(過去に存在した野球チームである)の野球帽を被っている。なんだかデジャヴを感じた。
「あ、いいえ、観光協会で働いているんですー!」
「へー、じゃあ
何かひっかかるものがあるので、明るくさっさと会話を切り上げようと番台のおばちゃんに話し掛ける。
「あ、タオル借りれますか?」
「大きいのと小さいのありますが、どうします?」
ふらっと寄った温泉で、体はそこまでごしごし洗おうと思わなかった。大きいのを借りて体をぬぐう際に使えばいいだろう。
「じゃあ、おお……」
「小さいのがいいよ! 小さいの!」
ブレーブスおじさんがなぜか絡んでくる。
「大きいのは使いづらくてよくない。小さいので体も洗えるし、体もふけるじゃねーかよー!」
しかもなぜか叱りつけるようにまくし立ててきた。なんなんだこの人は。そう言えば、顔も似ているような気がする。大洋ホエールズの野球帽を被っていた
一族の者かな……
「わ、分かりました。じゃあ、小さいのでいいです!」
こんなところで精神を摩耗させたくない。俺はブレーブスおじさんの言うとおりにタオルを借りて、脱衣所へと急いだ。
「いっつも言ってるんだがちょうど真ん中くらいの大きさのタオルがあればいいんだよ!」
脱衣所の外では番台のおばちゃんに向けて、おじさんの独演会が続いていた。一体何に怒って生きているのだろう。
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