広い魔王城



「うーん……」




カヤに案内された部屋の中でアスタルテは唸っていた。




(ノレスのあの感じ……)




怒られて凹んでいたノレスだったが、どうにもそれだけには思えなかった。




どちらかというと、やつれているというか疲労困憊というか……





「よし!」




アスタルテは気合いを入れると扉へと歩み始める。




「悩んでても分からないし、様子を見に行こう!」





アスタルテは扉を開くとノレスの部屋を目指すのだった。












▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲











「何処ここ……なんでこんな事に……」





廊下で呆然と立ちつくすアスタルテ。




思いっきり迷子だった。






「そりゃ部屋の前に名前の入ったプレートが付いてるとかは流石に思わなかったけどさ……魔王なんだし1発で分かるような豪華な扉とかじゃないの……?」





すぐに見つかるだろうと思っていたアスタルテだったが、物の見事に予想は外れてしまった。





そもそも魔王城自体があまりにも広く、何回も階段を上り下りした結果自分が今何階にいるのかすら不明だ。




誰かに道を聞こうにも人っ子一人おらずアスタルテはお手上げ状態だった。





そんな時、視界の隅にふと人影が映る。





「あれは……レーネさん! レーネさーん!!」




姿を確認したアスタルテは大声を上げてレーネに駆け寄る。





「あれ、アスタルテ君? こんな所でどうしたんだい?」

「ノレスの部屋を探していたら迷子になってしまって……レーネさんは何を?」





チラリとレーネの手元を見ると、そこには本が数冊抱えられていた。





「部屋にいてもやる事が無かったからね、カヤに案内してもらって図書室で本をいくつか借りたんだ」

「そうだったんですね」

「アスタルテ君は何故ノレスの部屋を探していたんだい?」

「それは……」





アスタルテはノレスに感じていた違和感をレーネに伝える。





「ふむ……疲れているような感じね……」

「なんとなくそんな感じがしただけなので全然勘違いかもですが……」

「君の事だからね、私達では気付けないノレスの様子にも気付けるだろう」

「ありがとうございます、ただ場所が全然分からなくて……」

「こンナ所デ何やっテンだ? お前ラ」




突然声がした途端、アスタルテの横の空間に亀裂が入りそこからニュっと上半身が出てくる。





「カヨ!」




そこから出てきたのは、ギザギザで鋭利な歯が特徴的でカヤの双子の姉であるカヨだった。





「特にアスタルテ、おマエさっきカラあちこちウロうろして何考えテンだ?」

「迷子だったの! 見てたならもっと早く声掛けてくれてもいいのに……」

「わりィな、あまりニモ意味不明ダッタからしバラく観察しちマッタぜ」

「アスタルテ君はどうやらノレスの部屋を探してるらしくてね、見つからなくて迷子になってしまったみたいなんだ」

「誰かに聞こうにも誰もいないし……メイドさんみたいなのっていたりしないの?」





誰も見当たらないのに掃除が行き届いてるのを不思議に思ったアスタルテがカヨに質問する。





「そリャ把握しきれネェ程いルぜ? でも基本全員これデ移動してルからな」




カヨは自分が出てきた亀裂を指さし答える。




「それ皆使えるんだ……」

「当たりメェだロ、こんナくそ広イ所を徒歩で移動シテたら仕事中にぶっタオれちマう」

「なるほど……」

「マぁコレ使うのは移動だケで仕事中はココから出てルから誰モ見かけなカッたのは運が悪イだけダケドな」

「えぇ……」

「ンで? ノレス様の部屋をなんデ探しテンだ?」





カヨの言葉で目的を思い出したアスタルテはハッと我に返り、レーネに伝えたようにノレスの様子について話す。





「フ~ん、そうカ……ウーン、どうシヨっかな……」




話を聞いたカヨは腕を組んで首を傾げる。




「ノレス様からは誰モ部屋に近づけンナって言われテンだが……」

「え、どうして……?」

「さぁ? 私はシラねぇヨ」

「お願い! カヨから教えてもらったって絶対言わないから!」

「ウ~ン……まぁオマえラならイイか」

「本当!? ありがとうカヨ!」

「ってカよ」





ジトっと見てくるカヨにアスタルテは首を傾げる。




「そもソモ、部屋教えてモラってナカっタのか?」

「え? 教えてもらってないけど……」

「はァ、そうカ」




アスタルテの答えにカヨは軽くため息をつく。




「隣ダぞ」

「え?」

「隣だトナり、お前ノ部屋の」

「え、そうなの? 隣って横の部屋ってことだよね?」

「ソりゃそうダロ」

「ええぇ!?」




カヨの言葉にアスタルテは驚愕する。




(ぜ、全然気付かなかった……今までの時間は一体……)





「んジャ、仕事アルから私はモウ行くぞ」

「あ、待って!!」




裂け目に戻ろうとカヨを慌てて引き留める。





「……ンだよ」

「あの~、帰り道を教えてもらってもよろしいでしょうか……」

「あァ!? ガチの迷子じゃネェか!!」

「あ、それなら私が分かるから大丈夫だよ、私達は同じフロアだからね」




これまで話を一緒に聞いていたレーネが手を挙げる。




「あァ、んなラよろしクなー」




そう言うとカヨは裂け目と共に消えてしまった。




「じゃあ、行こうか」




カヨが消えたのを見たレーネが手を差し出す。




「お手数おかけします……」




次からはちゃんと道を覚えよう……。




そう思ったアスタルテはレーネの手を握り、部屋への道に戻るのだった。











▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲












「ん?」




自分の部屋の前まで無事戻ってきたアスタルテがノレスの部屋の方を見ると、扉の前にレラシズファティマがいた。




なにやらぶつぶつ呟きながらノレスの部屋の前を八の字を描くようにぐるぐると回っている。





「レラシズファティマさん……?」




アスタルテ達の気配に気付いていなかったのか、声を掛けられたレラシズファティマはびくりと身体を跳ねさせてこちらを向いた。





「おぉ、アスタルテにレーネか。 どうしたのじゃ?」

「ちょっとノレスの様子を見ようかなと……レラシズファティマさんこそどうしたんですか?」

「あー、我らの仲じゃ。 もっと気軽に呼んでくれて構わんのじゃぞ?」

「えっ、えーと……」




いきなりそう言われアスタルテは戸惑う。




(確かにこれから家族となる方だけど、今日が初めましてなんだよね……)





「それじゃあ……」

「あ! ただレラは駄目じゃぞ! その名はナディ……ナディアスキル専用なのじゃからな!」

「で、ではファティマさんで……」

「お義母さんじゃ!」

「ファティマお義母様……」

「それで決まりなのじゃ! ノレスは全然愛称で呼んでくれぬのじゃ……」

「そ、そうですか……」

「レーネ、お主達もファティマ呼びで構わぬからの!」

「え、えぇ。 分かりました、皆にも伝えておきます」





天真爛漫なレラシズファティマの勢いに少々面食らったアスタルテだったが、話が落ち着いたところで当初の話題に戻す。





「えと……それで、ファティマお義母様はどうしてここに?」

「あー! そうじゃったのじゃ!」




大声と共にレラシズファティマの眉がハの字に変わる。





「部屋を出た後のノレスは落ち込んでおらんかったか!? 我としたことが……親の立場でありながら娘に対してあんな厳しく叱ってしまうなぞ……せっかく久しぶりに会えたというのに……」

「え、厳しく……?」




レラシズファティマの言葉を聞いてアスタルテは頭に疑問を浮かべる。




指名手配については事情ありとはいえ、その他に関しては叱られて当然どころかもっと怒られてもいいレベルだと思うんですけど……?





「もっと優しく出来たというのに、何故我はあんなにも感情的に怒ってしまったのかと後悔で後悔で……ノレスに嫌われたじゃろうか……」

「え、いや、普通に妥当というか当たり前だと思いますけど……」

「私もアスタルテ君に同意で、ファティマ様は親としてなさるべき事をされたかと思います」

「そうじゃろうか……」





落ち込む様子を見てどうしようかとオロオロしていると、突然レラシズファティマから両手を掴まれる。





「アスタルテよ、すまぬがノレスを頼めるじゃろうか!」

「はい、丁度様子を見に来たところですし……」

「そうか! それは伴侶の鑑じゃな! これから数百年数千年と共に過ごす事になるじゃろうが、どうかあの子を支えてやってほしいのじゃ」

「勿論です! 私としてもノレスの性格を知った上でその……お、お付き合い…してますので」





相手の両親にお付き合いについて話すのは恥ずかしい……




アスタルテは頬が紅潮していることを感じつつもレラシズファティマに答える。





「初々しくて大変可愛いのぉ! ではすまぬがよろしく頼むのじゃ!」




レラシズファティマは手を振ると、出現した裂け目に入り消えていった。





「本当に皆あれ使ってるなぁ……」





レラシズファティマを見送ったアスタルテがふと横を見ると、レーネは顎に手を当て神妙な面持ちをしていた。





「数百年、か……」

「レーネさん?」

「ん、あぁいや、なんでもない、なんでもないんだ。 ちょっと歩き疲れてしまったかな、私は部屋に戻って休むよ。 それじゃまたねアスタルテ君」

「え、レーネさん!?」





アスタルテが止める間もなくレーネはすたすたと早足で立ち去ってしまった。




明らかに様子がおかしいレーネを追いかけようとしたアスタルテだったが、グッと脚に力を入れ踏み出すのを止める。





「レーネさんの様子は気になるけど……まずはノレスからかな……」




ただ様子を見に来ただけのはずが謎の緊張に包まれ、アスタルテは深呼吸をする。





「ノレス?」





コンコン────。





扉をノックするも、中から反応は無かった。





「ノレスー? おーい」




続けてノックをするも、やはり中からの反応は無い。





「中に入るよ? 扉開けるからね?」





ドアノブに手を掛ける。




すると、ガチャリという音と共に扉が開いた。

幸い鍵は掛かっていなかったみたいだ。





カーテンの閉まった薄暗い部屋。




周りをキョロキョロと見回したアスタルテは扉を閉め中に入っていくのだった。


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