ノレスの両親
「ここが魔界……」
周りを見渡すアスタルテはふと窓から覗く外の光景に目が止まる。
そこから広がる外の景色は明るく、自然豊かな緑とアスタルテが見てきたものと似た街並みがあった。
「外が明るい……」
「なんじゃ? 魔界は暗い場所じゃと思っておったのか?」
ノレスの言葉にアスタルテは頷く。
「うん、てっきり夜みたいに暗くて雷がゴロゴロ鳴ってるような感じだと思ってた……」
「それは漫画の読みすぎじゃな。 魔界は別に恐ろしい所では無いぞ? 領民が魔族というだけで他と変わらぬ空があり、町があるのじゃ」
アスタルテに続いて皆も窓から外を見ていたその時──────
「のおぉれえぇすうぅぅぅ!!!!」
突如響く大声に一同は驚いて肩を震わせる。
声の方向に振り返ると、そこにはアスタルテと同じくらいの背丈をした少女が腰に手を当て仁王立ちしていた。
ふわっと広がるボブカットでピンク色の髪を持つ少女は鬼の形相でノレスを睨みつけていた。
突然の事で呆然としていたアスタルテだったが、ハッと我に返るとノレスとその子の間に入る。
背中から生える羽と山羊のような渦巻く角を見るに魔族のようだが、睨みつけている相手はノレス。
つまり魔族の王なのだ。
事情は分からないものの、その態度によってノレスが怒るのではないかとアスタルテはヒヤヒヤしていた。
「貴様! 己は今の今まで何をしておったのじゃ!!」
少女の怒声にアスタルテは冷や汗を垂らす。
「レラちゃん? きちんと説明しないと。 皆ビックリしてるわよ?」
いつの間に現れたのか、白銀に輝くウェーブロングヘアの女性がレラと呼ばれた少女の横に立っていた。
何故か両目を閉じたままの女性は少女を諭すように肩に手を乗せる。
「ナディ……しかしじゃな…」
依然として状況を飲み込めていないアスタルテがチラリとノレスを見ると、なんとノレスは顔面蒼白だった。
「ノ、ノレス……?」
予想外の表情に思わず声を掛けた次の瞬間、ノレスから衝撃の一言が発せられるのであった。
「お……お母様……」
「「お、お母様あぁー!?!?」」
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
魔王城の応接間へと場所を移したアスタルテ達は、ノレスがお母様と呼んだ2人に向かい合うように座る。
「さてノレスよ。 話の前に我らを紹介せよ」
未だに仏頂面な表情を浮かべるレラと呼ばれた少女がノレスに問いかける。
「う、うむ。 皆の者、こちらが我の産みの母であるレラシズファティマ母様じゃ」
ノレスがピンク髪の方の少女に手のひらを向け紹介する。
「そしてこちらが我の育ての母であるナディアスキル母様じゃ」
白銀の髪に両目を閉じた女性が頭をぺこりと下げる。
「ナディアスキルと申しますわ、いつもノレスちゃんがお世話になっております」
2人の挨拶を受け、アスタルテ達も順番に自己紹介をする。
「それで、誰がノレスの伴侶なのじゃ?」
「こちらのアスタルテが我の伴侶です」
「なんじゃと……」
ノレスの言葉を聞いたレラシズファティマが頭を抱える。
「うふふ、ノレスちゃんの好みは私に似たのね」
「ぐぬぅ……アスタルテよ、貴様は産みの母になるのか?」
レラシズファティマの言葉にアスタルテは首を傾げる。
産みの母……ノレスが先程2人を紹介していた時は育ての母、産みの母と言っていた。
(言葉通りの意味ならノレスを育てたのがナディアスキルさんで、産んだのがレラシズファティマさんって事だろうけど……)
産みの母も育てたならどうなるんだろう……?
「むっ、すまぬ。 これは魔界でしか使わぬ言葉じゃったな」
アスタルテの様子を見たノレスがハッと口に手を当てる。
「魔界特有の言い回しなのじゃが、両親を父と母に分ける際、2人共女性じゃと母と母で同じになってしまうじゃろう?」
「まぁ、確かに……」
「じゃから分かりやすいように産んだ者を産みの母、もう1人を育ての母と分けているのじゃ」
「なるほど……それは産みの母も子を育ててもなの? それとも魔界は産みの母は育児に関われないとか……?」
「ただの肩書きだと思ってくれれば大丈夫じゃ。 育児に関われないとかそういうのは何も無いから安心すると良い」
「そっか……」
ノレスの言葉にアスタルテはホッと胸を撫で下ろす。
そしてレラシズファティマの目を真っ直ぐ見つめた。
「私は……産みの母になります!」
「ふむ……」
レラシズファティマは一言そう答える。
緊張感が部屋を包み込む中、彼女は頭をぺこりと下げ口を開いた。
「ノレスの伴侶は大変じゃと思うが、うちの娘をよろしく頼むのじゃ」
「私達の事は気軽にお義母さんと呼んでいいのよ〜?」
「こ、こちらこそよろしくお願いします! えっと……お義母様…」
呼び慣れない言い方にアスタルテは恥ずかしさを感じつつ頭を下げる。
予想だにしないノレスの両親との面談だったが、和やかな雰囲気に落ち着いた安心感からアスタルテの気が緩む。
しかし、次のノレスの一言で状況が一変するのだった……。
「それで、どうしてお母様達は魔王城に?」
ノレスの言葉にレラシズファティマの表情が固まる。
そしてぷるぷると身体を震わせたと思ったら、机を割れんばかりの勢いで叩きつけるのであった。
「どうして……どうしてじゃと!? 貴様よくもそんな事が平然と言えるもんじゃなぁ!?」
レラシズファティマの怒号により、段々と丸くなってきていたアスタルテの背中が一瞬で真っ直ぐになる。
「魔王城を放ったらかしにしたと思えば部下に魔王の座を乗っ取られ、その後は人族の城を破壊して指名手配されるじゃと!?」
「それは……」
「貴様が腑抜けておるせいでまったりと幸せな余生を送っていた我々が戻らざるを得なくなったのではないか!!」
「うぐっ……」
「それで仕方なく戻ってみたらじゃ!! 魔王の承認待ち書類はそこらじゅうに散らばっておるわ、戦争の事後処理は中途半端だわで内政はボロボロじゃったのじゃぞ!?」
「えっと……」
「なーぜ魔王の座から退いた我がまた書類に追われる日々に戻らなくてはならんのじゃ!? 最近なんて5日に1度しかナディと会えんのじゃぞ!!」
「す、すみません……」
「そもそも貴様は昔から魔王城を抜け出してそこら中に喧嘩を売りまくっとったな!! 自分が魔王だという自覚はあるのか!?」
レラシズファティマによる怒涛のお説教が続く。
その様子を唖然と見ていたアスタルテに、隣に座っていたレーネがこそっと耳打ちする。
「あんなノレスの姿は初めてだね……」
「そうですね……」
ノレスの方を見ると、その姿に普段の堂々と胸を張っている魔王の威厳は無く、両膝に手を乗せ縮こまっている様子はまさに親に叱られている子供だった。
「まぁまぁレラちゃん。 ノレスちゃんも反省しているようだし、このくらいにしておきましょ?」
「しかしじゃなナディ……そなたはノレスに甘すぎじゃ……」
「それはレラちゃんが私の分まで怒ってくれてるからよ」
「むぅ……ナディがそう言うなら……」
「でもねノレスちゃん」
お説教を止めたナディアスキルがノレスに声をかける。
「貴方はこの魔界の頂点に立つ存在なのだから、もう少し向き合わないと駄目よ?」
「ごもっともです……」
「それに、貴方はもう1人の身じゃないのだから。 いつまでものらりくらりとしていると愛想を尽かされちゃうわよ?」
「はい……」
「将来生まれてくる子供のためにも、その子に誇れるような親になりなさい」
「精進していきます……」
ナディアスキルはノレスの返事を聞くとパンと手を叩く。
「ならこの話はここまで! それよりも今はもっと重要な事があるでしょう?」
「むっ、そうじゃな。 ズバリ異種族会議についてなのじゃ」
「なぜお母様方がそれをご存じで……」
異種族会議という言葉を聞いてノレスがパっと顔を上げる。
「貴様の溜まった書類の中にカヤの報告書があったからの。 当然目を通してあるんじゃ」
「そうですか……」
「我々は勿論お前達の肩を持つつもりなのじゃが、報告書だけでは全貌が把握できぬ」
「それで、映像を記録した水晶を私達も見ていいかしら?」
「勿論構いません、ではこちらを……」
ノレスは空間の裂け目から水晶を取り出すと、それをレラシズファティマに渡す。
「うむ。 それでは早速見てみるのじゃ」
「レラシズお母様!」
水晶に手をかざしたレラシズファティマを見てノレスは咄嗟に声を上げる。
「む、なんじゃ?」
「その……」
拳を強く握りしめたノレスが口ごもる。
「その中には……我々、特にアスタルテにとって非常に不快な様子が記録されています。 我々は一度見ておりまして、内容は把握しておりますので……お二人が見終わるまで席を外していてもよろしいでしょうか?」
「ふむ……それは我の配慮が足らんかったの、すまぬ」
ノレスの言葉を聞いてレラシズファティマは謝罪と共にアスタルテに頭を下げる。
「い、いえそんな! もう過ぎた出来事ですし私は全然大丈夫です!」
「お主は強い心の持ち主なのじゃな。 お主達がわざわざ出る必要は無い、隣の部屋で見てくるとしよう」
そう言うと二人は立ち上がって隣の部屋へと歩いていくのだった。
「はぁ……」
2人が見えなくなったところでノレスがため息をつく。
「あんなに怒られたのは子供の時以来じゃ……」
「まぁでもあれは自業自得なんじゃない?」
「それは勿論そうなのじゃが……よりによって皆の前じゃなくとも……」
意気消沈しているノレスを見てアスタルテは思わずその頭に手が伸びる。
「ほら元気出して、いつもの自信満々なノレスはどうしちゃったの?」
「お主にナデナデされるなら、たまには怒られるのもアリかもしれぬな」
小さく微笑むノレスに不覚にもドキッとさせられるアスタルテだったが、次の瞬間…………
──────ぶわっ!!
突如衝撃波のような何かを感じた直後、部屋全体が冷気に包まれる。
(胸が締め付けられるような息苦しさ、肌に針を続けざまに刺されるようなこの感じは……殺気!?)
このレベルの殺気はレニーやチリアには耐えられない!
慌てて2人の方を振り返ると、既にマギルカが結界のようなもので2人を覆っていた。
「お、おい……なんだよこの殺気は……!」
「これは中々…凄まじいね……」
「……寒い……痛い……」
レーネ達3人は冷や汗を垂らし、身体の震えに耐えていた。
アスタルテとノレスは大丈夫だったが、レーネ達3人に加えライゼン、マギルカ、クロまでも身体を震わせている。
ただならぬ状態にアスタルテは慌てて元凶を探る。
(この殺気は……隣の部屋から…!?)
間違いない、さっき2人が入っていった部屋からこの殺気が放たれている!
隣の部屋の様子を確認するため立ち上がったと同時に、急に殺気が収まりガチャリと扉が開く。
するとそこから片手で頭に手を当てるナディアスキルと、それを心配そうに見上げながら寄り添うレラシズファティマが出てきた。
「大丈夫じゃナディ、我が傍におるから落ち着くのじゃ……」
「……ごめんなさいね、皆さん」
2人はソファに座ると、小さくため息をつく。
「映像は見させてもらったのじゃ。 色々と言いたいことはあるのじゃが、今日は疲れたじゃろう。 今日はゆっくり休んでまた後日話すとしよう」
「わ、分かりました。 皆にはカヤに部屋を案内させよう、我は仕事を片付けてくる」
「溜まってた仕事は我が全部終わらせたから、ノレスも今日は休むのじゃ」
「そう…ですか……申し訳ありません……」
「いいからほれ、もう行くのじゃ」
「では失礼します……」
ノレスが立ち上がって扉を開くと、アスタルテ達はペコリと頭を下げて部屋から出る。
部屋から出ると、そこにはカヤが立っていた。
「カヤ、皆をそれぞれの部屋へ案内してやってくれ」
「はぁい。 あれぇ、ノレス様怒られて凹んでるんですかぁ?」
「貴様というやつは……はぁ、さっさと行け」
ノレスは大きくため息をつくと、シッシと手をひらひらさせる。
「いつもならげんこつの1つは出るのにぃ……調子狂うなぁ。 じゃぁ皆さん、私についてきて下さいねぇ」
まだ元気のないノレスの様子に後ろ髪を引かれながらも、アスタルテはカヤについていくのだった。
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