レニーの決意




「大丈夫かな……」




自室で荷物をまとめていたアスタルテは、外から聞こえてくる轟音に不安を寄せる。

雰囲気からして戦ってるみたいだが、きっとノレスなりの考えがあるのだろう……





────コンコン。





そう思っていると、扉がノックされアスタルテは扉を開く。




そこにいたのはレニーだった。





「レニー、どうしたの?」

「アスタルテさん……あの…」




沈んでいる雰囲気のレニーを見てアスタルテは心配する。





「私も……ついて行ってもいいですかっ!!」

「えっとつまり……魔界に…?」

「はいっ!」

「ええ!?」






レニーの言葉にアスタルテは動揺する。

何故なら……





「お店出すんじゃ……」





そう、レニーは戦争による被害でお店を失ってしまい、また新しくお店を始める予定だったのだ。




仮に魔界まで来てしまうと次こっちに帰ってくるのはいつになるか分からない。

そうなってしまったらせっかく準備を進めてきたのに先延ばしになってしまうだろう。





「実は私……これまで2度アスタルテさんに命を救われてから、一生を掛けてでも恩返ししようと思っていたんですっ! お店をまた出そうと思ったのも、

少しでもアスタルテさん達の役に立ちたくて……」

「でも助けるのは当然の事だし、たまたまそれが私だったってだけで……」

「いえ、きっとアスタルテさんじゃなければ私は今頃生きてはいなかったと思います。 ……あの日もグレイスから駆け付けてくれたんですよね?」





あの日……レニーが言っているのは間違いなくカンの街に変異種がなだれ込んだ日の事だろう。




確かにあの時は瞬間移動で駆け付けてもギリギリだった。

でも……だからってその恩に縛られて自分の事を二の次にして欲しくはないのだ。




一生のトラウマになりかねないあの出来事を乗り越え、希望に向かって進んでいるのだから……





「それに、これもまた調査の1つなんですっ!」

「というと……?」

「魔族は住む場所の違いから、今までお客様として対応した事はありませんでした。 しかし、今回魔界へ行って魔族の方々と交流を重ねる事で、お店のラインナップや幅広い種族への対応が可能となるかとっ!」

「うーん……まあ確かにそうだけど……」





話の流れのせいか、理由が後付けのように感じてしまいアスタルテは唸る。





「駄目……ですか?」

「あ、いや、決めるのはレニーの意思だからそもそも駄目もなにも無いんだけど……もう間もなく開店の時期に本当にいいのかなって……」

「2人共どうしたんだい? そんな深刻そうな顔をして」




荷物をまとめ終わったレーネがこちらの様子を見て近づく。




「レニーが魔界に同行したいみたいなんですが……せっかくお店が開店しようかという時期なのに大丈夫なのかなと思いまして……」

「なるほどね……アスタルテ君の言いたいことは分かるよ、せっかく準備をしてきたわけだからね。 でも……」

「でも…?」

「レニーは来た方が……いや、来なくてはいけないと思うよ」

「え!?」




半ば強制とも捉えられる発言にアスタルテは目を丸くする。




「レニーは私達と関わりが深い……この状況で町に残すのは少し危険だと思うんだ」

「もしかしてロワーレ王が……?」

「うん。 仮にレニーを人質に取られたらこちらに不利な要求をしてくる可能性があるからね」

「そんな……」

「絶対とは言い切れないけどね……でもその可能性がある以上、ノレスはレニーを連れていくんじゃないかな」

「私のせいでレニーのお店が……」




これまで楽しそうにお店の進捗を話すレニーを様子を思い出し、アスタルテはズキリと痛む胸に手をあてる。




「アスタルテ君。 何度も言うけどこれは君のせいじゃない、ロワーレ王は一国の頂点としてあるまじき発言と態度を取ったんだ」

「そうですっ! それに私は本当に魔族への調査をしたかったので、魔界に行けることはお店にとってプラスなんですっ!」

「それに、もしアスタルテ君がロワーレ王の言うことを聞いていたらもっとひどいことになっていたと断言できるよ。 アスタルテ君の気持ちもそうだし、ノレスは感情に任せて本気で戦争を仕掛けていたかもしれない……私達だって黙っていられない……」

「レーネさん……」

「コトハとゼルが事情を話せばエルフ族と魔人族も動くだろうし、私も色々と伝手があるからね」





あり得たかもしれないもう一つの未来にアスタルテは青ざめる。

仮にレーネの言うとおりになっていたら、この世界は混沌に飲み込まれていたことだろう……




「そうなってたら私もロワーレ国への物資は卸しませんっ! こう見えても私、商人どうしの繋がりが結構ありますからっ!」

「戦争で物資を断たれるのは何よりも恐ろしい事だからね……そういう意味では君はロワーレ国民を起こりえたかもしれない戦争から守ったと言っても過言ではないね」

「それは流石に過言なのでは……?」

「力を持つものはそれほどの影響力があるんだ。 勿論それは腕だけの話じゃない、権力もだよ」




レーネはぱちっとウィンクをすると、アスタルテの頭を撫でる。





「さぁ、早い所荷物をまとめてリビングに向かおう」

「はい!」

「そうですねっ!」





レーネの言葉で少し救われた気持ちになったアスタルテは自室へと戻るのだった。












▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲














荷物をまとめ終えたアスタルテ達がリビングで待っていると、扉が開きマギルカとライゼンを引きずったノレスが現れる。





「ふむ、準備はできたようじゃの」




周りを見渡したノレスがそう言うと、二人を掴んでいた首根っこから手を放す。




ドサっという音と共に床に落ちた二人はボロボロだった。





「ふ、二人共大丈夫ですか!?」

「いきなりフルパワーは身体の負荷が……かなりしんどい……」

「魔力切れで力が出ませんわ……」




ぐったりとする二人を見て焦るアスタルテの頭にポンっとノレスが手を置く。




「スキルの反動と魔力切れじゃ、大した怪我はしとらんから安心せい」

「そう言うノレスはピンピンしてるね……」

「我は強いからのう、まぁ余裕じゃ」




得意げな笑みを浮かべるノレスは部屋の中央まで行くと、両手を前に突き出す。




「早速じゃが魔界への門を出す。 皆は下がるんじゃ」




周りが一歩引いたのを確認したノレスは目を閉じて深呼吸すると、手から魔力の渦を放出させる。

やがて渦が人二人分ほどの大きさになると、ノレスは目を開け手を下げた。





「完成じゃ。 さぁ行くぞ」

「え、ちょ、ノレス!!」




それだけ言い残して渦に消えていったノレスを見て、急いでアスタルテも後を追う。





「……!!」




視界が真っ黒に染まり、ジェットコースターのような浮遊感に包まれたと思った次の瞬間。




アスタルテの眼前には王座らしきものが置かれた大広間が広がっていた。





「ここ…は……」

「ようこそ我が魔界……そして我が魔王城へ。 歓迎しよう」





ノレスは静かにそう言い、ニヤリと笑うのだった。



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