急報
「はぁ……」
グレイス王国へ帰る馬車の中、アスタルテは深くため息をついて意気消沈していた。
(なんで私はいつもこう……目先の事に捉われて空回りするんだろ……)
自分がどうこう言われることには全然大丈夫なのに、周りの人達の事になると一気に怒りのメーターが振り切れてしまうのだ。
自覚していても止められないのは、元からあるアスタルテの性格なのだろう。
アスタルテはロワーレ王に自分の子の事を好き勝手言われた悔しさよりも、ノレスに説得されるまで未来の事に考えが回らなかった自分の無鉄砲さを恨んでいた。
その時馬車の扉が開かれ、ノレスが合流する。
「アスタルテの様子はどうじゃ」
「落ち込んでしまっているよ、ところでだけど……」
「なんじゃ」
レーネはノレスの方に顔を寄せると、そっと耳打ちする。
「城を崩したのってノレスだよね」
「ど、どうじゃろうな……」
「一応アスタルテ君は周りの事が目に入ってないから気付いてないけど……」
「そうか、ならば良い。 絶対怒られると思ったからのう……」
「はぁ……」
ノレスの言葉を聞いたレーネは頭を抱える。
「それで? これからどうするんだい?」
「うむ。 カヤ、おるか」
「はいはぁい」
ノレスがここにいないはずのカヤを呼ぶとノレスの前に空間の裂け目が現れ、そこからカヤの上半身が現れた。
「アスタルテ様お久しぶりぃ、ってありゃぁ……こりゃ大分キテるねぇ」
腕を伸ばしたカヤはアスタルテの鼻をちょんちょんとつつく。
「え……あれ……か、カヤさん!?」
「何やっとんじゃ阿呆が!!」
触られてようやく気付いたアスタルテが顔を上げると、そこには脳天にノレスの拳が直撃したカヤがいた。
「いったぁぁぁ……いきなりなんなんですかノレス様ぁ…」
「お主に人の気持ちを理解しろとは言わんが、少しは空気を読めい!」
「私に気付いてなかったから気付かせただけじゃぁないですかぁ……」
「こやつは本当何度言えば……はぁ、もう良い」
「えっと、それでカヤさんは一体どうして……?」
ノレスとカヤの会話が終わったのを見て、アスタルテは質問する。
「こやつにはさっきまでの出来事を録画させといたんじゃ。 ちゃんと撮れとるじゃろうな?」
「もちろんバッチリ撮れてますよぉ」
カヤが裂け目に引っ込むと、手に水晶のような物を持って再度出てくる。
「えっと、なにそれ……?」
「これは魔力を注いだ分だけその場を録画できる道具じゃ」
「なるほど……? それで、どうして撮ってたの?」
アスタルテは道具について理解したものの、使った理由が分からず首を傾げる。
「あのクソ……いや、ロワーレ王の発言を残しておくためじゃ」
「何が起こるか分かっていたってことかい?」
「流石にあんな阿呆な事を抜かすとは思わなんだが、奴が我等を呼び出す事に嫌な予感がしたからのう……一応カヤに命じといたんじゃ」
「って事はあの場にいたのかよ!? 全然気付かなかったぜ……」
「こやつは姿を消せるからな」
「いやぁ、私も撮ってて腸が煮えくり返りそうになりましたよぉ……でもぉ、ノレス様が城を崩してくれて少しはスッキリしましたぁ」
「城を……崩した…? ノレスが?」
「余計な事までベラベラと喋るでない!」
ノレスが再びカヤにゲンコツを振り下ろすが、すんでのところで裂け目に引っ込んで回避する。
「でも本当の事じゃないですかぁ」
「ノレス、本当にそんな事しちゃったの!?」
「ともかくじゃ!!」
アスタルテの問いに、ノレスは強引に話を切る。
「前々から気に入らなかった奴じゃったが、今回は流石に度を過ぎておる。 じゃから我は今度の異種族会議でこの映像を提出し奴を糾弾するつもりじゃ」
「じゃあ、私を止めたのも録画してるからだったの?」
「うむ。 手を出すとこちらが不利になりかねんし、お主の拳で亡き者にでもなるとそれ以上に大変な事になるからの」
「でも……お城崩壊させたんだよね?」
「うぐ……」
アスタルテの言葉に、ノレスは露骨に目を逸らす。
「あ、あれは今までの個人的な報復で今回とは無縁じゃ! それに例えそれについて問われたとしても最悪弁償すれば大丈夫じゃが、奴のアスタルテへの発言や我への態度は城の1つや2つでは済まん程の大問題なんじゃ」
「映像もあるし人族の私に魔人族のゼル、エルフ族のコトハもその場にいたからね……私達も今回の事について証言するよ」
「ああ、そういう事なら勿論手伝うぜ!」
「……うん…私もあいつは……嫌い……腹立つ…」
ノレスの言葉に3人は怒りの炎を燃やす。
「よし、それならまずは色々と準備せねばならぬ」
「そうだね。 帰ったら作戦会議をするとしよう」
「そうじゃな……」
「ノレス、どうしたの?」
レーネとの会話中、ふいに俯くノレスを見てアスタルテは声をかける。
「いや、改めて冷静に先程の事を思い出しておってな」
「う、うん……」
話しながらノレスの周りにドス黒いオーラが漂い始め、アスタルテは嫌な予感を感じ取る。
「あの場ではお主を止めるのに必死で気が回らんかったのじゃが」
「そ、そうだね」
「正直、冷静さを保てぬ程に怒りの感情が我を支配しようとしておる」
そう言ったノレスは握り拳を震わせて怒りに耐えていた。
「カヤ」
「あ、はぁいなんですかノレス様ぁ」
「我と手合わせしてくれぬか?」
「いやそれ憂さ晴らしですよねぇ!? 私を殺す気ですかぁ!?」
「1発だけで良いからどうじゃ?」
「手合わせからサンドバッグに変わってますけどぉ!? 私はもう帰りますからぁ! では皆さんさよならぁ!!」
ノレスの言葉に焦ったカヤは手早く挨拶を済ますと、裂け目と共に姿を消すのだった────。
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「やっと家に着いた……」
馬車から降りたアスタルテは背伸びをして家を見る。
「ロワーレ王国では色々あったけど、無事に帰れてきて良かった……」
「じゃが問題はこれからじゃぞ」
ノレスも馬車から降りると、アスタルテの隣に並ぶ。
「これから作戦会議をせねばならぬし、それに……」
「おーい!! アスタルテー!!」
ノレスと話をしていると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あれは……ライゼンさんにマギルカさん!?」
アスタルテが振り返るとそこにいたのは息を切らしたライゼン、そしてその背に乗るマギルカだった。
「そんなに急いでどうしたんですか!?」
「どうしたってそりゃこっちのセリフだ!!」
「貴方一体何をしましたの!?」
「えっ……?」
アスタルテは二人に関連することを思い出そうとするが、特に何も浮かばず首を傾げる。
「一旦冷静になってちゃんと説明するんじゃ」
「い、いやだってお前ら……指名手配されてるんだぞ!?」
「指名手配!?」
「あの阿呆の仕業じゃな……」
ノレスは大きくため息をついて額に手を当てると、二人に事の経緯を問いかけた。
二人の話によると……数時間前にギルドの手配書に突然アスタルテとノレスの名前が追加され、中でもSSランクの二人には直接捕まえてこいという王命が出たというのだ。
とても信じられなかった二人は警備隊が派遣される前にアスタルテ達に話を聞こうと馬車より速いライゼンの足で走ってきたのだった。
「そんな……」
「我も指名手配に加えおったか……まずい、早急に動かねばとんでもないことになるじゃろう……」
「とんでもない事って?」
「国を背負う一国の王が同じ一国の王を指名手配にしたのじゃ、個人とは重みが違う」
「まさか……」
ノレスの言葉を聞いたアスタルテは最悪の事態を思い浮かべ、背中に汗が流れるのを感じる。
「会議の場での糾弾とは違い、これは一方的な横暴じゃ。 急がねば戦争になりかねんぞ……!」
「戦争ですって!? ちょっと、説明してくださるかしら!?」
「アスタルテ、早急に皆を部屋に集めよ! 二人は我についてくるんじゃ。 カヤ! 緊急事態じゃ、録画した水晶を持って今すぐこっちに来い!!」
「わ、分かったチリア達に言ってくる!」
急に慌ただしくなった現場にアスタルテは焦りながら家に駆けこむのだった。
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