アスタルテ、怒髪天を衝く




「はぁ……」




王座の間の扉前で待機していたアスタルテは不安から思わずため息を漏らす。





ロワーレ王はノレスからあれこれ言われてるし、その息子は第一印象最悪だし……





あれこれと考えていたアスタルテだったが、目の前の扉が開かれたことでハッと我に返る。




「どうぞお進み下さい」




衛兵に言われアスタルテ達が中に入ると、そこには40代ほどの男性が王座に座っていた。




和やかな雰囲気のグレイス国王とは違って野心に溢れたような自信に満ちた表情をしており、なんとなくノレスの言っていたことを理解する。





「来たか」




ロワーレ王の言葉にレーネ達は床に膝をついて頭を下げる。




それを見てアスタルテも慌ててその場に膝をついたのだが、横のノレスは立ち続けていた。




「それで? わざわざ我までこんな所に呼び出して一体何の用じゃ」




開口一番のノレスの言葉に場が静まり返る。





「なに、俺からも褒美を渡したかっただけだ」

「使者を通じて送れば良かったじゃろう?」

「魔王、お前は礼儀というものを知らないのか?」

「褒美1つのために我を呼び出す貴様が礼儀を語るとはな、笑わせたいのであればもう少しギャグセンスを磨くべきなのではないか?」





睨み合う2人を見てアスタルテは冷や汗を垂らす。




(何でこんなにバチバチし合ってるの……もう帰りたい……)





「まあいい、知ってると思うが今日お前達を呼び出したのはこの前の戦争の褒美だ」




ロワーレ王はノレスから目線を外すと、アスタルテ達に話しかける。





「そこのお前」

「え、はい! 私ですか!?」




いきなり個別に話しかけられ、アスタルテは驚きながら返事をする。




「お前は特に活躍したのもあって破格の褒美を与えようと思っている」

「あ、ありがとうございます……」




ロワーレ王の高圧的な態度に呆れ気味のアスタルテだったが、破格の褒美と聞いて少しワクワクする。





「何を頂けるのでしょうか……?」

「お前には未来の皇后、つまり皇太子妃の座を与える」

「皇太子…妃……??」

「おい、貴様ふざけておるのか!!」





アスタルテが固まっていると、横にいたノレスから怒号が飛ぶ。

それにハッと我に返ったアスタルテはその意味を理解し驚愕の表情を浮かべる。





「え……えぇぇ!?」

「俺は真剣に言っている。 地位権力名声、全てが手に入るのだ」

「そうか、貴様の狙いが分かったぞ」




ノレスはロワーレ王を睨みつける。




「人族の皇太子妃としてこの中で選ぶならば同じ人族のレーネが妥当じゃ。 しかしアスタルテを選ぶという事は貴様……こやつの力を抱え込む気じゃろう!!」

「ど、どういうこと……?」

「お主は強い、 故に敵となれば脅威となるじゃろう。 じゃから己の身内にする事でここロワーレ王国に縛り付け、他国を牽制するということじゃ」




ノレスの言葉にアスタルテは愕然とする。





(そんなのまるで兵器扱いじゃん……)





「というかそもそも、私は皇太子妃になんてなる気無いです!」





アスタルテは立ち上がって抗議する。




「これは決定事項だ。 気持ちの問題ではない」

「王族に魔人の血が混ざるんですが!?」

「別に1回混ざった所で対して変わらんよ」

「私は同性愛者です! なので男性と結婚するとか本気で無理です!!」

「気持ちの問題じゃないと言っただろう」

「いや、そもそも!!」





全く取り付く島のないロワーレ王にアスタルテは切り札を用意する。





「私、今ノレスとの子を宿してますからぁ!!」

「えっ?」

「なぁっ!?」

「……ぇ…」





アスタルテが叫ぶと、想像外の方から驚きの声があがった。





「あれ……? 言ってませんでしたっけ?」

「アスタルテ君!? ええっと、ひとまずおめでとう。 それでそれは本当なのかい!?」

「まじかよ……先を越されちまったじゃねぇか……」

「……悔しい……でも私は……2番目で……いい……」





アスタルテの元へ駆け寄る3人の反応にアスタルテは困惑する。




(今の所分からないけど、ノレスが絶対孕むって言ってたしそうだよね……?)





「えっと、とにかく! そういう訳なので無理です!!」





アスタルテはそう言い放つが、ロワーレ王は眉1つ動かさなかった。





「それがどうした」

「え?」

「見た目で分からない段階なら別にどうとでもなるだろう」





ロワーレ王の意図が分からず首を傾げるアスタルテだったが、ある結論に達した瞬間その表情が闇に染まる。





「それは、私にノレスとの子を堕ろせって事?」

「腹も膨れてないなら簡単だろう」

「なんだと?」





ロワーレ王の言葉を聞いたアスタルテは前へと歩き出す。





「これから生まれてくる私の子を……身内でもない今日会ったばかりのお前が、堕ろせだと?」





アスタルテが1歩進む事にその身体からは殺気が溢れ、部屋を極寒の冷気が包み込む。





その様子に呆気に取られていたノレスだったが、ハッと我に返るとアスタルテの方へと走り出す。




「い、いかん! 辞めるんじゃアスタルテ!!」




ノレスはアスタルテに追いつくと、羽交い締めにして持ち上げる。




「お主、何をするつもりじゃ!」

「……ぶっ飛ばす」

「ここに来る前、王族は殴らないと約束したじゃろう! 駄目じゃ!!」

「あいつは私の……私達の子を殺せって言ったようなもんなんだよ!? それを聞いて黙っていられる訳がないでしょうが!!」




もがくアスタルテをノレスは必死に押さえつける。




「ノレス、離して」

「駄目じゃ!」

「ノレス……これが最後だからね」

「ぐっ……」




声のトーンが急に落ちたアスタルテにノレスは背筋を凍らせるが、それでも拘束を続ける。




「アスタルテよ、冷静になるのじゃ! 良いか、仮に王族を殴ったらどうなると思う! 死罪じゃぞ!」

「だからってあんな横暴が許されるわけ? これは正当な怒りだよ」

「皆や子供の事を考えるのじゃ!」




ノレスの言葉に、アスタルテの動きが止まる。





「レーネ達や将来生まれる子供が、身内に王族を害した者がいるとどうなると思う? 一生幸せな生活を送れんぞ! それでもそなたは良いというのか!?」

「…………」

「我はこれからもお主と幸せな生活を送りたいと思っておる……勿論これから生まれてくる子もじゃ。 そなたは違うのか?」

「……違わない」

「そうじゃろう? 大丈夫じゃ、我も魔族の王としてこの屈辱は正当な方法で返させてやる。 じゃから、な? 今は抑えて……我が家に帰ろうじゃないか」

「うん……ごめん…」




アスタルテからは先程までの覇気は感じられない。

それを感じ取ったノレスがアスタルテを放すと、とぼとぼとレーネ達の元へ戻っていった。




「お主ら、そやつの事は任せた。 先に外に出ていくのじゃ」

「分かった。 君は?」

「我は少しだけ話をしていくが、すぐに合流する故に安心せい」

「外で待っているからね。 ほら行こう? アスタルテ君」





レーネ達が玉座の間を退室したのを見送ったノレスはロワーレ王を睨みつける。





「おい魔王。 この件、タダで済むとは思うなよ」

「ハッ、それはこっちのセリフじゃ。 我が伴侶を愚弄したこと……魔族側から正式に抗議するからな」




ドスの効いた声で言い放ったノレスは踵を返し出口へと歩みを進める。





「あ、そうじゃった」




途中でピタリと止まったノレスは顔を横に向け、瞳でロワーレ王を捉える。




「この城、ちゃんとメンテナンスはしておるのか?」





────ピシッ。





ノレスが言い終わった刹那、壁に亀裂が走る。




「どうにも老朽化が進んでいるように思えてのう……」





ゴゴゴゴゴゴゴ────




ノレスが話している間にも亀裂は増え続け、床が揺れ始める。





「こんなんじゃ、いつ崩れるか分かったもんじゃないからのう……気を付けたほうが良いよな?」





ノレスは頬を釣り上げて笑みを浮かべると、その場を後にする。





「魔王…ノレスウウゥゥゥウ!!!」





崩れゆく城内にロワーレ王の叫びが響き渡るのだった─────。


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