過去の転生者とアスタルテのステータス




「ねぇ、ノレス?」

「う、うむ……」




床に正座するノレスを前に、アスタルテは腕を組んで仁王立ちしていた。





「私さ、辞めてって言ったよね? まだ聞きたいことがあるからって……言った、よね?」

「し、しかし……話はまた別の日でもできるじゃろう? じゃがお主を独り占めできるのは一日だけじゃ。 次はいつになるか分からぬ……」




珍しくしょんぼりしているノレスを見て、アスタルテは溜息を吐く。




「まったく……そんな態度されたら怒るものも怒れないよ……」

「す、すまぬ……」

「まぁそれは分かったけどさ……流石にあのやり方は酷くない!?」




アスタルテは先程ノレスにされた仕打ちを思い出し、恥ずかしさで声を荒げる。





「いや違うんじゃ! 我はほんの悪ふざけのつもりだったんじゃ!」

「あれのどこが!?」

「い、いや……そもそも腹イキ…ボルチ……あー、えー、アレはじゃな、本来起こりえないはずなんじゃ!」

「ううん? どういうこと……?」




頭にハテナを浮かべるアスタルテを見て、ノレスは弁明を始める。





「本来はじゃな……特殊な訓練もとい日数を掛けて身体を開発していかぬとああいうことにはならんはずなんじゃ」

「……そうなの?」

「うむ。 なんせただ腹を押してるだけじゃからな」

「えっ、じゃあなんで……」

「お主が極度の興奮状態だったからじゃろう」

「なっ!?」





わ、私は苦しみで感じるくらい興奮してたって事……?

いやでも聞きたい事があったのは事実だし、いや、でも……ノレスと触れ合えるのは嬉しかったけど……




あんなアブノーマルな事で……!!





「この話はもう辞めよう」

「いやはや、絞められて感じておるそなたの顔はまたなんとも良いものじゃったな」

「この、話は、もう、辞めよう?」

「そ、そうじゃな。 あ、お主が聞きたい事はなんだったのじゃ? なんでも答えるから申すがよい!」

「…………。 まあいっか……」





アスタルテは咳払いをすると、頭を切り替える。





「ノレスは、他の転生者を殺す事で元の世界に戻れるって言ったよね?」

「うむ、言ったな。 ………まさかお主、戻りたいのか!?」

「あ、いや別にそういうわけでは全く無いんだけど……」




私はこっちの世界の方が好きだ。

姿は当初想像していたものと大きく異なってしまったが、今はこの容姿が気に入っているし。

色々な事に巻き込まれたものの、皆と会えて仲良くなって……恋人関係にもなれて。

もう皆と一緒じゃない日常なんて考えられない。

未練が一切ないといえば噓にはなるけど、だからといってここを離れたいという気持ちにはならないのだ。




(それに、仮に戻ったとしても私もう死んじゃってるしね……)





「ちなみにじゃが、あれの信憑性は限りなく無じゃぞ」

「え、そうなの?」




ノレスは立ち上げると、ティーポッドを取り出して椅子に腰かける。




(あの、一応お説教直後なんだけど……いやまあいいけどさ……)





「考えてみよ。 そやつが仮に他の転生者を殺し元の世界に戻ったとして、何故その記述がこの世界にあるんじゃ?」

「えーっと?」

「例えばお主が我を殺し元の世界に戻ったとしよう。 お主は、他の転生者を殺したから戻れたと分かる訳じゃな?」

「とんでもない事言わないで!? うーんまあ、それで戻れたならそうだと分かるね……」

「では、お主はその事を書き記したとして、それをどうやってこちらの世界に送るんじゃ?」

「あ……確かに」





きっかけが判明した所で、自分自身が違う世界にもういるのならそれを元の世界に伝えることは出来ない……

となると……





「この世界から別の世界に転生してしまって、その別の世界で他の転生者を殺したから戻ってこれたとか?」

「その可能性もあるが、そのルールが全ての世界で当てはまるかは分からぬじゃろう?」

「そうだね……。 うーん、他の人に教えてもらったとか?」

「転生者が転生者を殺すと元の世界に帰れるなんぞ、誰が辿り着くのじゃ? そもそも、その発想が出てこんじゃろう。 そやつが転生者ならさっき言ったようになるじゃろうし、一般人なら転生者という存在自体を知らぬ」





ノレスの話を聞いて、アスタルテは考え込む。

元から転生者を知っていて、戻り方まで分かるような人……




「神様……とか?」

「ふむ。 神とな?」

「いやなんか、人智を超えた力とか持ってそうだし?」

「お主が出会った神はこの世界にお主を送り、さらに肉体を造りあげる事が出来るのじゃろう? わざわざ他の転生者を殺せば戻れる事を教えるという回りくどい事をするかのう?」

「そっか、そういえばキヤナさんは私をこの世界に送ったもんね……」





アスタルテは考え込むものの、それらしい答えは出てこなかった。




「うーん……全然分からない……」

「まあ考えるだけ無駄じゃろう。 仮に分かったとして試しようがないし、それに我々は戻りたい訳でもないからのう」

「そうだね。 それにしても、過去にも転生者がいたなんて……」

「ここに2人もおるんじゃ、他にいてもおかしくはなかろう」

「うん……」





ノレスの言葉を聞き、アスタルテはひとつの不安が頭によぎる。





──────もし邪悪な心を持った者がこの世界に転生されて来たら?




ノレスの方法ではなく私のように自由にステータスを決められるうえで、そのステータスを全て最大にしていたら……




生唾をごくりと飲み込んだアスタルテはおもむろにステータス画面を開く。






○●○●○●○●○●○●○●○●






✩名前 - アスタルテ -



✩Lv - 60 -



✩ステータス


HP(体力) -

MP(魔力) -

STR(物理攻撃力) -

INT(魔法攻撃力) -

DEF(物理防御力) -

RES(魔法防御力) -

AGI(素早さ) -

LUK(運) -






○●○●○●○●○●○●○●○●






「えっ……!?」




それを見たアスタルテは思わず驚きの声を出す。




(嘘……覚醒状態は解除されてるのにステータスが戻ってない!?)





「む、どうしたんじゃ!?」

「あ、いや……ちょっと待って」




アスタルテは動揺しつつも、続けて戦闘スキル画面に切り替える。







○●○●○●○●○●○●○●○●





✩スキル一覧




《任意発動スキル》



・状態確認(ステータスチェック) MP消費- ▽状態の確認が可能。相手を意識した場合は相手の状態を確認することができる。


・アイテム収納 MP消費- ▽物を好きに収納する事ができる。


・アイテム取出し MP消費- ▽物を好きに取り出す事ができる。


・属性付与~炎~エンチャントフレイム MP消費- ▽“炎”の属性効果を対象に与える。


・フレイム MP消費- ▽炎を放つ。ファイアの上位互換。


・エナジーフレイム MP消費- ▽力を溜め炎の玉を放つ。溜める時間に応じて威力上昇。


・フレイムレーザー MP消費- ▽非常に高密度な炎の塊を照射する。


・フォースフレイムレーザー MP消費- ▽炎・炎・炎・炎の属性を含むレーザーを照射する。


・覚醒Lv2 MP消費- ▽専用スキルが使用可能な強化状態に移行する。


・滅一撃 MP消費- ▽高速で駆け抜け、相手を刃の如き一閃で殴る。


・天地両撃 MP消費- ▽ガントレットの大きさ及び重量を20倍まで引き上げる。


・神の獄炎 消費MP - ▽神の炎は術者の意思でしか消えることはない。


・神の光 消費MP -  ▽神の光は周囲へ恵みをもたらす。


・滅尽の裁き 消費MP -  ▽裁きは対象を死へといざなう。


・無への扉 消費MP -  ▽その扉をくぐったものは二度と戻ることはない。



<以下覚醒レベル2で開放>

・???

・???

・???

・???




《覚醒中発動スキル》



・魔法強化(終) ▽魔法の威力が極限に強化される。


・神のオーラ ▽周囲の友好な者を回復させる


・魔のオーラ ▽周囲の敵対する者へダメージを与える。



《常時発動スキル》



・魔法強化(極) ▽魔法の威力が大幅に強化される。


・属性反転~炎・獄炎~ ▽炎および獄炎スキル使用時、効果が反転する。


・無詠唱 ▽一度唱えたスキルは以後詠唱の必要がなくなる。


・消化効率 ▽食べ物は即座にエネルギーに変化し、余すことなく吸収される。


・魔法耐性(極) ▽状態異常効果のある魔法スキル、属性効果を無効化する。


・神の加護 ▽その身体は衰える事なく、刻に縛られない。





○●○●○●○●○●○●○●○●







「これは一体……」




アスタルテは額の汗を拭うと、深呼吸をしてスキルを上から確認する。





(まず、消費MPが全部消えてる……)




以前ではいくつ消費するか書かれていたはずの項目がステータスのように表示されていない状態になっている。




そして次に覚醒状態が解除されたにも関わらず、覚醒中に使えたスキルが使えるようになっているのだ。

それに加え常時発動スキルの “属性反転” に獄炎が追加されている。





だがその中でも1番気になるスキル、それが……





「覚醒の……レベル2?」





覚醒を使う事にレベルアップしていくって事……?

しかも最初の覚醒はHPが30以下の時に全MPを消費して発動だったのに、今回は条件が無い……





「あ、そういえば!」

「どうしたんじゃいきなり」

「ノレスってこの前の戦いで覚醒してたんだよね?」

「そうじゃな」

「覚醒スキルを使う為の条件って何だったの?」





私が意識を失っている時にノレスは覚醒したらしいのだが、その時は私だけ瀕死だった。

つまり、ノレスに覚醒条件があるのならHPが30以下ではない別のもののはずだ……





「別に条件なんて無いが?」

「え? つまり……?」

「ん? 発動しようと思えばいつだって可能じゃ」

「そうなの!? でもそれまで1回も……」

「あれは言わば力の前借りなんじゃ。 一時的に全てを底上げする代わりに、解除後は動けんほど疲労するからの」

「それで最後は疲労困憊だったのか……ってあれ?」





ノレスの説明を聞いてアスタルテは疑問が浮かぶ。




ステータスが上がるのは同じだけど、聞く限りだとただの強化スキルなだけって感じが……





「専用スキルが使えるようになるとか、姿が変わるとか、覚醒の段階が上がるようになるとかは?」

「……? 待て、詳しく説明してもらっても良いか?」





困惑しているノレスに、アスタルテは先程見たスキルと最初の覚醒条件を伝える。

ノレスはそれを真剣に聞いていたが、困惑した表情が変わることは無かった。





「ふむ……まずじゃが、覚醒スキルは転生者のみが持つ物じゃと我は思っておる」

「そうなの!?」

「うむ。 他にはアイテム収納や取出し、そしてステータスを見るスキルと無詠唱もじゃ」

「なるほど……でもどうして?」

「まず、我とお主の他にそれらを持っている者を見た事が無い。 そして我は生まれた時から所持しておった。 そもそもそんな便利な物があるならアイテムボックスやカバンなぞ必要無いし、ギルドでのランク振り分けでも採用されとるじゃろう?」





ノレスの言葉を聞き、アスタルテは妙に納得する。





「しかもじゃ、お主の最初の覚醒はHPが30以下で発動と言ったじゃろ?」

「うん、HP30以下の時に全MPを消費して発動だった……」

「自分のステータスが見れないと発動条件を満たしているか分からぬのではないかの?」

「確かに……」

「まあ絶対とは限らんじゃろうが、我はそうではないかと思っておる」

「説明を聞く感じだと私もそんな気がする……」

「そこでそなたの覚醒なのじゃが、条件はさておき……内容は種族による物なのかもしれぬな」

「種族?」

「うむ、お主は魔神じゃからな。 普段のお主は“魔”の要素があっても、“神”の要素が見られぬ。 覚醒すると天使のような羽が生えるのもその“神”の部分がでてくるからじゃないかのう……」





アスタルテはふと自分の腰に目を向ける。




(確かに、普段生えてるのはコウモリのような羽だけで、天使の羽や輪っか、後光を纏ってるみたいな神様感のあるものは無い)




唯一あるものといえば、神の加護くらい……





「なら、私だけ条件が付いてるのはなんでだろう……」

「憶測に過ぎぬが、お主の神の部分は異常とも呼べる強さじゃった……まさに神と呼ぶに相応しい程に。 その力があまりにも強大ゆえ、特殊な条件下でしか使えんのではないかのう?」

「なるほど……でも今条件が付いてないのは……?」

「1度“神”の部分に触れたからリミッターが外れたのか、それともその条件を踏むことがそもそも神になる資格であったのか……前例が無い以上は分からぬな」





うーん……これ以上はいくら考えても答えには辿り着かなさそうだなぁ……





1度覚醒の話題から離れたアスタルテは、もう1つの疑問をノレスにぶつけてみる事にした。





「ノレスって私のステータス見れるんだよね?」

「うむ。 もしかして覗いても良いのか……!!」

「え、うん、どうぞ……?」

「相手が気付かないとはいえ、個人情報じゃからな……基本は自重して見てなかったのじゃが、お主のステータスが見れる日が来るとはのう!」





えっ、私思いっきり見まくってたんですけど!?

確かに考えてみれば身体測定の結果を勝手に見られてるようなものだよね……

私だったら嫌だし、これからはちょっと控えよう、うん……





(考えてみればノレスのステータスって敵対してた時のしか見たことないかも……)





「なんじゃ…これは……!?」





アスタルテは見つめてくるノレスの顔を眺めていると、やがてノレスから驚きの声が上がる。





「ステータスのやつ……だよね?」

「そうに決まっておろう!? これはどうなっておる!!」

「覚醒してからずっとこうなんだけど、どうしてかは分からないんだよね」

「これは……つまり、どういう事なのじゃ? 0という事か? いや、しかし先程抱き締めた時は我もそれなりに力を入れておったし……」





ノレスはぶつぶつと呟きながら椅子から立ち上がり、部屋の中をぐるぐると歩き始めた。





「えっと……ノレス?」

「こんなものは見たことがない……我のスキルが十分では無いのか……? いや、あの言い方だとアスタルテの目にも……そうじゃ!!」





大声と共に立ち止まったノレスはアスタルテへと歩み寄ると、右手を差し出す。




「アスタルテよ、我の手を半分くらいの力で握ってはくれぬか?」

「握力比べみたいな感じ? うん、いいけど……」





アスタルテは差し出された手を握り、ノレスを見る。




「じゃあ、力入れるよ?」

「うむ、いつでも良いぞ」





(半分くらいだよね、よし……)





──────パキッ





「み゛っ」

「なんか凄い声と音したけど!?」

「ななな何を言うアスタルテよ、我はこここ声なぞ出しておらぬ」

「いや他に人いないし!?」

「アスタルテよ、すまんがちょっと手を離してくれぬか……」

「あ、うん」





手を離すと、ノレスは青ざめた顔をして部屋から飛び出して行った。







「……力込めすぎたかもしれない」












▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲











しばらくしてドアが開き、ノレスが戻ってきた。





「あ、ノレス! 大丈夫だった!?」

「どうということはない、軽い粉砕骨折じゃった」

「粉砕骨折に軽いなんてあるの!?」

「大丈夫じゃ、この通り何事もなく治っておる」





ノレスは手をアスタルテに見せると、開いたり握ったりを繰り返す。





「それでじゃな。 あのステータスの表記について我の中で1つの仮説を立てたんじゃ」

「え、本当に!?」

「うむ、レベルの概念があるのが謎ではあるのじゃが……」





ノレスは顎に手を当てて少し俯くが、やがて顔を上げ口を開く。







「恐らくアレは……カンスト、もとい数字では表せぬ数値になったからだと思われる」

「ええぇ!?」

「でなければ意味が分からぬ。 触手ちゃんが魔力を吸い取れた以上無限ではないとは思うのじゃが…」

「待って、じゃあスキルの消費MPもあの表記になってる理由は!?」

「通常スキルの消費MPは、扱う者の練度が上がるほど比例して下がっていく。 つまりステータス面でカンストした事でスキルの消費MPも0以下になってマイナスに達したんじゃろう」

「マイナス……?」

「うむ、マイナスは通常存在せぬ。 だからこそあの表記になったんじゃ」

「そんな……じゃあ覚醒は……」

「恐らく一時的なものではなく恒久的にステータスが上がるんじゃろうな。 何故そうなったのかは不明じゃが……」





ノレスの言葉を聞いてアスタルテは肩を落とす。





強くなれたのは嬉しい事とはいえ……

今後は力を込めすぎると大変な事になるかもしれない。





(こんな状態で一体どう日常を過ごせば……)





手のひらを見つめ、深いため息を吐くアスタルテだった─────

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