ノレスの正体


「さて……」




リビングでアスタルテは頭を抱えていた。




(今日はノレスとの約束の日なんだけど……)




まさかのお昼すぎになっても来ないのだ。

ノレスの性格的に朝イチから来そうなものなのに……




もしかしたら私が行くのを待ってたり…?





「あれ? 今日はノレスとの日じゃなかったのかい?」




アスタルテが唸っていると、リビングへ来たレーネが声をかける。




「それがまだ会ってないんですよね……まだ部屋で寝てるのかな…」

「うーん、そうだね……ここ最近は調べ物があるって言ってずっと図書館に行ってたけど…今日は出かけてないんじゃないかな?」

「調べ物ですか?」




ノレスが図書館に通い詰めるほどの調べ物ってなんだろう……




「多分部屋にいるだろうし、行ってみたらどうだい?」

「はい、そうしてみます!」

「うん、それじゃ私は出かけてくるね」




レーネは爽やかな笑顔と共にアスタルテの頬にキスをする。




「い、いってらっしゃいませ……」




アスタルテは顔を赤くしながらレーネを見送ると、二階への階段を上がる。




(自分から向かうってなるとなんだか緊張しちゃうな…)




ノレスの部屋に到着したアスタルテは深呼吸すると、扉をノックする。




「ノレス? 起きてる?」

「おぉ、アスタルテか。 すまんのじゃが今少し忙しくてな、夜にまた来てもらっても良いか?」

「えっ、あ、うん。 じゃあまた来るね」




ノレスの返事を聞いたアスタルテはその場を後にした。











▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲















「もぉ、どういうことなの…!?」




ノレスの部屋から去った後のアスタルテは、いつもの酒場に来ていた。




「今日はノレスとの日だから朝からお風呂に入って待ってたのに!」

「あ、アスタルテさんっ!」




アスタルテがぶつぶつ言いながらお酒を飲んでいると、そこへ見知った人物が現れる。




「レニー!」

「こんな時間からどうしたんですか?」

「ちょっとね……レニーこそ何しにここへ?」

「またお店を構えようと思っているのですが、今度は武具だけではなく日用品等も扱うお店にしようと思っていまして、今日はその調査に来たんですっ」




そう言ったレニーは、両手を握って目を輝かせる。




村と共にお店まで失ってしまったにも関わらず前向きに進むレニーを見てアスタルテの涙腺が緩くなる。




「レニー……何か困った事とかあったらいつでも言ってね?」

「はい、ありがとうございますっ! では私は店内の様子を少し見てから行きますねっ」




レニーは立ち上がってぺこりと頭を下げると、店内を見回しながらカウンターの方へ歩いていった。





「はぁ…何やってるんだろ、私……」




時間の約束をした訳では無いのに、勝手に今日1日ノレスと過ごせると思って空回りして……

ノレスは何も悪くないのに1人で怒って……




まるで自分勝手な子供のワガママみたいだ。




「それにしても、ノレスは今何をやってるんだろう…」




正直、今までのノレス的には私を1日独占できるなら時間の許す限り一緒にいたいのではないだろうか?




実際私がそうだし……




それなのに夜まで忙しいという事は相当重要な事に違いない……




ただ、そこまでの事がなんなのか皆目見当もつかないのだ。





「うーん……まぁ待つしかないか……」




とりあえず帰ってもう1回お風呂に入ろう。

その後はのんびりくつろいで夜を待とうかな……?





(よし、そうと決まれば行動開始だ!)




アスタルテはジョッキの中身を飲み干すと、お会計をして帰路に着くのだった──────












▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲












「ノレスー? もう大丈夫ー?」




夕陽が沈んで暗くなってきた頃、アスタルテは再びノレスの部屋を訪れていた。




「うむ、入って来てくれ」




扉の向こうからノレスの声が聞こえ、アスタルテは扉を開ける。




そこには、暗い部屋の中でベッドに腰掛けるノレスの姿があった。




「待たせてすまぬな」

「う、ううん…全然大丈夫だけど…」




なんだろう、いつもと様子が違うような……

緊張してるのかな…?




(いやいや、ノレスに限ってそれはないか……)





「早速じゃが」

「……?」

「まずは魔力を出させてもらうぞ」




言葉と共にノレスの手が光ると、アスタルテの足元に魔法陣が浮かび上がった。




「えっと……?」

「そのまま動くでないぞ」

「あ、うん…ってうわっ!?」




アスタルテがじっとしていると、突然魔法陣から触手が現れ両手足に絡みつく。




「なななななにこれ!?」

「我の触手ちゃんじゃ。 今からお主の魔力を吸いとって覚醒状態を解除してくれるからそのまま大人しくしておれ」

「いやあの、これヌメヌメしてるし見た目が生々しくてキモイんだけど!?」

「き、キモイじゃと!? 可愛いじゃろうが!」

「いやいや全く可愛いとは思えませんが!?」




やばいやばいやばいキツイって!

爬虫類みたいにしっとりプニプニしてるならともかく、ヌメヌメのグニュグニュなんですけど!?

ゾワゾワする! 鳥肌が!!





「我の触手ちゃんがこんなにも拒絶されるとは……まぁ良い、とにかく魔力を吸い取るから我慢するのじゃ」

「わ、分かった……頑張る……」





アスタルテがじっとしていると、触手が巻きついた所が少しずつ暖かくなってくる。




「ふむ、やはり魔力量が尋常ではないのう。 空気中に発散しながらでもこれとは……」

「あれ、1つ気になるのが……私が覚醒する前の死にかけてた時、身体が体力を魔力に変換してるせいでまずかったみたいなんだけど、これは大丈夫なの……?」

「それは大丈夫じゃ」




以前の戦争での出来事を思い出したアスタルテだったが、ノレスは平然と答える。




「そうじゃのう……例えばじゃが、ダムを思い浮かべるが良い」

「……ダム? う、うん分かった…」

「そのダムは水を塞き止める壁が2つあり、両方同じ量の水が入っておる。 しかし、片方の水が一瞬で消えたらどうなる?」

「えぇ!? うーん、もう片方から水を補給するとか…?」

「そうじゃの。 しかし、その片方も少ししか水が残ってなかったらどうじゃ? しかも優先度が高いのは水が消えたダムじゃ」




(うーん…なら一旦水を全部移しちゃうしか……)




構図を頭に浮かべていると、アスタルテはとある事に気付く。





「まさか……」

「そうじゃ、その2つこそ体力と魔力が存在する場所であり、水が体力魔力自体であるのじゃ」

「でも、今してるのは魔力から水を抜いてるわけだよね? 優先度が高くて減ったら移されちゃうなら、吸い取るのと同時に補給されちゃうんじゃ…」

「そこをどうにかするのが我なのじゃ。 普通に魔力を消費するだけならひたすら魔法をぶっ放すだけでよいからのう」

「なるほど…?」




なんとなく理解したアスタルテは納得するが、1つ疑問が浮かぶ。




「ノレス1人で解決出来るなら性欲を解消うんぬんは何だったの!?」

「まあそれは最後の思い出作りというか…」

「最後って何が…?」

「あ、いや、気にするでない。 それよりもこれを見てみるがよい」





ノレスは鏡を取り出すと、アスタルテに見せる。

そこには、翼が消えた状態のアスタルテがいた。




「覚醒状態が解除されてる……!!」

「やはり魔力を使い切ったら解除されるタイプの強化スキルだったようじゃな」

「良かった……一生あのままなのかと思ったよ……」

「ではここからは体力を半分ほど魔力に変換するからの、身体に違和感を感じたら言うんじゃぞ」




ノレスはアスタルテの頭に手を乗せると目を閉じる。

するとノレスの手が光りだし、同時に触手も輝き始める。




「今お主の体力を魔力に変換しておる。 なんともないか?」

「うーん……ノレスの手と触手の所が暖かいかも…あとなんだか頭がボーッとする…?」

「うむ、体力が減っているからの。 気持ち悪くなったり身体に痛みを感じなければ大丈夫じゃ」




なんだろう……サウナに入っている時のような、眠くてウトウトしている時のような感じがする。




そのままボーッとしていると、ノレスの手が頭から離れる。




「ふむ、これで大丈夫じゃろう。 気分はどうじゃ?」

「変わらずふわふわする感じかな……」

「力は入るか? そうじゃな……触手を振り解く事は可能かの?」

「うーん……」




ノレスに言われてアスタルテは腕に力を入れてみるが、すぐに疲れてしまって全く振り解くことが出来なかった。




「ちょっと無理かも……」

「そうかそうか、なら良いのじゃ」

「そうなの……?」





何やら違和感を感じてノレスの方を見ると、ノレスは目をギラつかせてニヤけていた。




「アスタルテ、お主は本当に鈍感じゃなぁ? 我はそんなお主が心配じゃぞ?」

「の、ノレス……?」

「のうアスタルテよ、この世界にダムなぞ存在せんぞ?」

「え?」





ノレスに言われてアスタルテは考える。

確かにこの世界でダムなんて見たことない。

水を貯める簡易的な貯水池は存在するが、ダムという言葉が存在する世界は……





「なんで……ノレスがそんな事知ってるの……?」

「ククク…まだ分からぬと言うのか、我がこれまで何度もほのめかしてきたというのに」

「それは……つまり…」

「我もそなたと同じ転生者じゃ」

「……!?」

「最初は我も怪しんでいただけじゃったがの。 お主が皆の前で宣言した時に確信へと変わったのじゃ」





ノレスが転生者だったというのはめちゃくちゃ衝撃的ではあったけど……でも、それよりもノレスから感じるこの不穏な気配は一体……?




「アスタルテよ……知っておるか? 元の世界に戻る方法を……!」

「そ、そんなの存在するの……!?」

「我も最近故人の日記を読んで知ったんじゃが……」




もしかして……最近ノレスが図書館に通ってたのってそれを調べるため…!?





「その方法はズバリ……」

「ズバリ……?」

「……同じ転生者を殺す事じゃ」

「……!?」





アスタルテは嫌な予感がしてノレスと距離を取ろうとするが、力が入らず触手から逃れる事ができない。




「の、ノレス…まさか……」

「フッ、まぁその話はどうでも良いそれはまた事が終わってから……」

「ノレス! この触手を消して!」

「はぁ、長かった……我は今日という日が来るのを待ちわびていた!」

「ノレス!!」

「のう、アスタルテよ。 その身体────我に捧げてはくれぬか?」





ノレスは狂気が宿った目でアスタルテの顔を覗き込んだ────



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