ゼルの自信
「と、ところでアスタルテ」
「はい?」
脱衣所で服を脱いでいたアスタルテにゼルが声をかける。
「なんというか……今日はその姿なのか?」
「え…? あー」
そうだった、そういえば今は大人バージョンのままだった。
うーむ、私としては別にどっちでもいいんだけど……
「ゼルさんはどっちの方がいいですか?」
「え!? うーんそうだな……」
ゼルは少し考えるような仕草をした後、段々と顔を赤らめ始める。
「ウチは…その…いつものは可愛くていいと思うし、今の姿も綺麗で…好きだぜ…」
「えっ、ありがとうございます……」
突然の告白に面食らってしまったアスタルテだったが、結局どっちの姿でいればいいのか分からなくなってしまった。
(まぁとりあえずいつもの姿に戻っておこうかな?)
そう思ったアスタルテは大人バージョンの状態を解除していつもの姿に戻る。
「ところでゼルさん……服、脱がないんですか?」
「え゛、えーっとだな……」
思えばアスタルテが服を脱いでいる間、ゼルは服を脱がずモジモジしていた。
(どうしたんだろう…?)
不思議に思ったアスタルテがゼルの方を見ていると、ゼルの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「う、ウチは後から行くからアスタルテは先に入っててくれ!」
「えっと…分かりました」
きっと何か理由があるのだろうと思ったアスタルテは風呂場に入る。
やがてアスタルテが髪を洗っているとゼルが入ってきた。
「せ、背中…流してやるよ……」
ゼルは小さく呟くと、泡立てたタオルで優しくアスタルテの背中を擦り始める。
様子が気になって後ろをチラリと見ると、そこには頬を紅潮させてしおらしくなったゼルがいた。
普段の男らしい感じとは対称的なその姿に、アスタルテは思わずドキドキしてしまう。
「お、終わったぞ」
「えっと、じゃあ今度は私が流しますね!」
そう言ってアスタルテはゼルの後ろに回る。
「う、ウチは別に大丈夫だ!」
「そんな遠慮なんかせずに!」
拒もうとするゼルの肩を掴んで多少強引に座らせる。
(うーむ、それにしても……)
アスタルテはゼルの背中をまじまじと見つめる。
(なんて綺麗な背中なんだろう……)
ゼルの背中は、とても前衛を張る戦士とは思えないほど綺麗だった。
思わず見とれてしまったアスタルテは指で背中をなぞる。
「ひゃぁ! な、なな何をしてんだアスタルテ!! 」
「すみませんつい……」
「ふざけるならウチは自分で洗うからな!」
「ちゃ、ちゃんと洗うので!!」
「まったく……」
ゼルは顔を真っ赤にしつつ前に向き直る。
(それにしても……めちゃくちゃ可愛い声出たな……)
もっと可愛い声を聞いてみたいというイタズラ心がくすぐられるがら流石に次は怒られそうなのでやめておこう。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「なぁ、アスタルテ……その、1つ聞きてぇ事があんだが……いいか?」
「……なんですか?」
身体を洗って湯船に浸かって早々、ゼルがそわそわしながらアスタルテに問いかける。
(なんだが様子がおかしいというか、神妙な面持ちだけど……どうしたんだろう……)
アスタルテが若干の緊張を感じつつゼルの言葉を待っていると、ゼルは小さく話し始める。
「その、アスタルテは……ウチの事が本当に好きなのか?」
「……えっ?」
ゼルの言葉を聞いたアスタルテはフリーズする。
え、えっ、えぇ?
えーっと、ちょっと待って?
どういう事だ?
もしかして私がヘタレだからゼルさんが不安になってしまったのか……?
それにしてもなんでそんな疑問に辿り着いてしまったんだ……?
「その……ウチってさ」
ゼルは顎が着くくらいまで湯船に深く浸かり、小さく言葉を続ける。
「なんつーか、レーネやコトハみたいに可愛らしく無いしさ……ノレスみたいな色気もねぇし…」
ゼルは膝を抱え、絞り出すようにアスタルテに語りかける。
「ウチにあんのは腕力だけだ。 だがそれもアスタルテやノレスの前では赤子程度のもんだ」
「そんなことは……」
「そんなウチなんだ、アスタルテが惚れてくれる要素なんて1つもないだろ?」
「あの、ゼルさん……」
「アスタルテは優しいからな、もしウチだけ仲間はずれにしないようにって思って好きだって言ってくれてたんなら……」
「ゼルさん!!」
アスタルテは大きく叫んで立ち上がる。
「アスタルテ!? ちょ、前を隠せ!」
慌てふためくゼルの言葉を無視してアスタルテはずんずん進むと、少しばかり強引にその唇を奪った。
「〜〜〜!! おま、何しやがる…」
「ゼルさん!!」
アスタルテはゼルの言葉を遮ると、肩を掴んでその瞳を覗き込む。
「私はゼルさんが好きです! 心底惚れています! そしてそれは、ゼルさんだからなんです!!」
「でも……ウチには色気も何も……」
「色気があれば誰でも惚れるなんて事はありません!!」
「でも……」
「私は!!」
アスタルテはゼルに顔を近づけるともう一度、今度は優しくキスをする。
「私は、ゼルさんだから好きなんです。 色気がある、可愛らしい、そんな理由で人を好きになりません」
「……」
「ゼルさんは私が惚れる要素なんて1つもないって言いましたよね?」
「おう……」
「なら、今からゼルさんのどこに惚れたのか片っ端から言います!」
「は、はぁ!? 別にいいって!」
アスタルテの言葉にゼルは驚き止めようとするが、アスタルテの開いた口は止まらなかった。
「まずは見た目から! ゼルさんの綺麗な赤髪、ぴょこっと飛び出した可愛らしい牛耳、強さを感じさせる目! そして女性らしさを残しながらも、鍛錬の努力が分かる筋肉!」
「ちょ、アスタルテ……」
「次に性格! 一見ぶっきらぼうそうに見えるが、実際は仲間思いでまっすぐ! 頼りたい姉御気質でありながら、恋には疎く純粋でピュアな所がまたギャップでたまらない!」
「お、おいこれ以上は……」
「そして今までの出来事でのゼルさんの行動! まずは初めてギルド中継所で出会った所から! あの時は……」
「も、もういい! 分かったから!!」
次から次へと言葉が出てくるアスタルテを、ゼルは顔を真っ赤にしながら制止する。
「本当に分かりましたか!? 私の想いは伝わりましたか!?」
「……伝わったよ、この上ない程にな」
「なら、そうやって自分を卑下するのはやめてください、ゼルさんは誰にだって胸を張って紹介できる私の自慢の恋人なんですから……」
アスタルテは今日イチの微笑みをゼルに送ると、湯船から出る。
「結構長く話しちゃいました、逆上せる前に先に上がっちゃいますね」
そう言ってアスタルテは脱衣場へと消えていった。
1人残ったゼルは立ち上がると、湯船の縁に腰を掛ける。
「ったく……こっちはもう、お前に逆上せらてるっつーの……」
しばらくの間、その身体の火照りが冷める事は無いのであった──────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます