騒がしい朝




「内臓破裂じゃな」




ノレスがゼルに向かって呟く。




「は!? それやべぇんじゃねぇのか!?」

「騒ぐな、今回復させとる」




ゼルとレーネが見守る中、ノレスがライゼンの腹部に手を添えて回復魔法の詠唱を始める。





「それで、ゼル? 一体何があったんだい?」




レーネが寝ているアスタルテをチラリと見てゼルに問いかける。

ライゼンにこれだけの重症を負わせられるのは十中八九アスタルテだろうが、本人は寝ているし、そもそもこのような事態に陥った理由がまるで分からないのだ。





「ええっと、実はだな……」




ゼルはどこかばつが悪そうにしながらも、事の経緯を語った──────







「はぁあ!? 寝とるアスタルテに殺気を飛ばしたうえに武器で殴りかかったじゃと!?」

「いや、なんか本人は当てるつもりは無かったらしいんだが……」





事の顛末を聞いたノレスは激怒し、ゼルに怒声を飛ばす。




「あれか!? なら直接当てなければ初対面の寝とる相手に殺気を飛ばしたのち殴りかかって良いって事か!?」

「いや、ウチに言われても……言っとくがウチはちゃんとやめろって何回も言ったからな!?」





怒り狂うノレスはゼルを睨みつける。




「そもそもじゃ、お前ら獣人はなぜ毎回武力から始まる!! ゼル、お前は我に初めて会った時いきなり斬りかかって来おったな!? そしてチリアは仕方ないとはいえアスタルテを人質に取り刃を向けた!! そして今度はライゼンが殴りかかった!」

「いや、それは……」

「間違っとるとでも言うつもりか貴様!! 全て事実じゃろうが、違うか!?」

「ノレス、落ち着いて。 今回の件は別にゼルは悪くないだろう? むしろゼルは必死で止めようとしたらしいじゃないか。 いつもの冷静な君らしくないよ?」




今にも暴れだしそうなノレスの前にレーネが立ち塞がる。





「……ふん、そうじゃな」




ノレスはライゼンを睨みつけると、踵を返して部屋から出ていこうとする。




「お、おいノレスどこに行くんだ!?」

「部屋に戻る」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ライゼンの治療は!?」

「知らんわ。 自業自得、因果応報。 それ以外の何でもないじゃろう? 自分が蒔いた種じゃ、自分で何とかさせろ」




そう言うと、ノレスは部屋から出ていってしまった。




「ノ……ノレス!」




一瞬呆気にとられていたゼルだったが、すぐに我に返るとノレスの後を追いかける。




「なんじゃ! 我は今機嫌が悪い! 治療しろとかほざきおったらぶっ飛ばすぞ!?」




ノレスの脅しに一瞬ビクっと震えたゼルだったが、頭を勢いよく床まで下げた。

所謂土下座である。




「ノレスの怒りはよく分かるし当然だと思う! だが、そこをなんとか抑えてくれねぇか…! ライゼンはウチの師匠で親みたいなもんなんだ……。 頼むっ!!」




つかの間の静寂が流れた廊下だったが、ノレスは自室へと歩みを進めた。




「ノ、ノレス──」

「黙れ。 ……ったく、もう既に臓器の修復は終わっとる。 後はポーション飲ませるなりなんとかせい」

「そう…だったのか…。 すまん、恩に着る!」

「一つ言わせてもらうが──」




ノレスはゼルの元へ戻ると、片手でゼルの肩を掴んで持ち上げ、強引に立たせる。




「貴様も我と同じアスタルテの婚約者じゃ。 我と並ぶ者が気安く土下座などするな。 いや、もう金輪際二度とするな。 絶対にするな。 分かったか?」

「お、おう……」

「ふん、なら良い。 ポーションはそこに置いてあるものを持ってけ」




ノレスは言い残すと、自室へと帰っていった。




「ポーション?」




ゼルは首を傾げながらも横を見ると、そこには到底一般人には手が出せないほどの超高級ポーションがずらりと並んでいた。




(なんでこんな所に……? いや、どう考えてもノレスが置いていったんだな……)




「すまねぇ、感謝する!!」




ゼルはノレスの自室がある方に頭を下げると、ポーションを抱えてライゼンの元へと戻っていった──────














▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲














「え、なんだって?」





アスタルテはゼルに思わず聞き返す。




なんだか信じ難い事を言われたうえに、状況がまるで分からない。





私が起きるやいなやゼルさんとレーネさんにリビングへと連れていかれるし、チリアは全身の毛が逆立ってるし、知らない人がいるし………





「いや、だからライゼンがアスタルテを殴ろうとしたら殴り返されて内臓破裂してやばかったんだって!!」

「……?」

「ゼル、私が説明するから少し落ち着くんだ」





レーネがこほんっと咳払いをすると、アスタルテが寝ている間に起こった出来事を説明する。







「……という訳なんだ。 私はライゼンさんが倒れてる所からしかその場にいなかったから、それまでのはゼルの話を要約しただけだけどね」

「な…るほど?」





話を聞いたアスタルテは頭上にハテナを浮かべて首を傾げる。




寝ている間に人を殴った…??

私が?

寝ている間に?




……意識ないのに??





「まあ、ライゼンが吹っかけた訳だし、アスタルテの強さなら防衛機能があるのは当然の事だ」

「そういうものなんですか……?」

「ウチらにもあるしな」

「その話も大事だけど、それよりもまず……ライゼンさん、アスタルテ君に言うこと、ありますよね?」




レーネはライゼンの方を向いて声をかける。




「ん? あー……いやでもこいつ自身別に覚えてないみたいだし、私はただゼルに相応しいかどうかを……」

「言うこと、ありますよね?」

「お、おいレーネ、なんでそんなにキレてるんだ……? 別にお前には関係ないだろう?」




ライゼンの言葉に、レーネの眉がピクリと跳ねる。




「ライゼンさん、私達のアスタルテ君が危険な目にあったというのに、関係ないって何故そう思うのですか? 」

「あ、いや、そうだな、確かに関係無いわけじゃないな……」

「その危険な目に合わせたヤツが目の前にいて、なんでもない様な顔をしていたら、腸が煮えくり返るとは思いませんか?」

「あ、えっとー、そうだなうん、すまん」

「なんですかその謝罪は? あと言うのは私にじゃないですよね?」

「レーネさん、落ち着いて下さい…!」




今にも爆発しそうなレーネをなだめようとアスタルテは声をかけるが、とても収まりそうにない……




「えっと、アスタルテ」




ライゼンが頭を掻きながらアスタルテに声をかける。




「その、なんだ、えー、とだな……すまんかった!!」




ライゼンは謝罪と共に頭を勢いよく下げた。




「まあ私もこうして無傷ですし、全然大丈夫ですよ」




正直寝てたからあまり実感湧かないし……

それに誰も怪我してないならそれが1番良いよね!




ライゼンさんは死にかけたらしいけど……





「そこで1つお願いがあるのだが」

「えっと、なんでしょうか……」




どうしよう、なんだか嫌な予感がする……




「今度は正式に手合わせをしてくれないか?」

「えっ」

「お前! さっきボコボコにされてよくそんな事言えるにゃね!」

「ち、チリア……!?」




先程からずっと毛を逆立てていたチリアがライゼンに向かって叫ぶ。




「レーネさん、チリアどうしたんですか……?」

「あぁ、えっとね……チリアの白虎族とライゼンさんの獅子族は昔から犬猿の仲で仲が悪いんだ」




レーネは苦笑いしながらチリアの方を見る。




「え、でもチリアって生まれた時から孤児院にいたそうですし、自分が白虎族だって事もここに来てから知ったんじゃ……」




チリアによれば彼女は両親の顔を知らず、自分の種族を知ったのも少し前の事だ。

ということは今まで獅子族に会った事も無いだろうし、なにより種族間のわだかまりなど知らずに育ってきたのではないだろうか?





「ふむ、確かにそうだね……」

「本能的なモンなんじゃねぇかな」




レーネと二人で首を傾げていると、ゼルがこちらに声をかける。




「本能……ですか?」

「ああ。 亜人の中でも特に獣人族は血が濃いっつーか、その種族の特徴を強く受け継ぐんだ。 だから獅子族を本能的に敵視してんだろうな」




ゼルはやれやれといった様子で2人を見つめる。




「まあ獣人族の中でもチリアは白虎だしな……」

「白虎は他と違うんですか?」

「ああ、まあ何しろ数が少ない上に一人一人の身体能力がずば抜けてるからな……。 同じく身体能力が高くて実力主義の獅子族にとっては完全にライバルなんだよ……」

「確かにチリア以外の白虎って見たことないかも……」

「白虎はほとんど白虎同士からでしか生まれないからな。 ごく稀に片方の親が他種族でも生まれるらしいが……」

「そうなんですね……」





(うーん、そうなると1つ引っかかるな……)




どうしてチリアの両親はチリアを孤児院なんかに……

種族関係なく我が子を育てるのは至極当然だが、その中でも数少ないらしい白虎族が自分の子を手放すなんて……




アスタルテはふつふつと湧き上がる怒りを感じて拳を強く握りしめる。




だって当然だろう。

やむを得ない事情があったとて、チリアがひもじい思いをし名前も与えられず、下水道で生活していたのは事実なのだから。




チリアの両親がどこにいるのか、そもそも生きているのかすら知らないが、もし出会ったら問い詰める必要がある。

それでチリアを手放したのがろくな理由じゃなかったらぶっ飛ばそう。




うん、そうしよう。





「おい、聞いているのか?」

「え?」




アスタルテが考え事をしていると、いつの間にか目の前にライゼンの顔があった。




「だから、私と勝負しろと言っている」

「……ちなみに理由を聞いてもいいですか?」

「私はゼルの師だからだ! 弟子の相手を見極める権利が私にはある!」




ライゼンが仁王立ちをして高らかに宣言する。




(えぇ、なにそれ……もしかしてあれか? 結婚の挨拶に彼女の実家に言って頑固な父親を説得する的なあれか……?)




「まぁ、やってやれアスタルテ……。 ライゼンは婚期を逃してお前に当たってんだろう……」




はぁ……とゼルがため息をつく。




「わ、わわ私は別にそんなんじゃない!! ふさわしい相手がいないだけだ、適当なこと抜かすなバカタレが!!」

「お前なぁ……何年間同じ事言ってんだ……?」

「仕方がないだろうが! 私は私より強い者しか認めん!!」

「SSランクより強い人ってこの世に数人もいないのでは……」

「だぁあもううるさい! とにかく表出ろ!」




なんだかはぐらかされたような気がしたが、ライゼンの勢いに押されて外へと出るアスタルテなのであった──────


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