突然まさかの訪問者
「お…おまたが……痛い……」
空がうっすらと明るくなってきた所で、アスタルテはむくりと起き上がる。
結局レーネとの愛の語り合いは夜の内に終わることなく、そのまま朝を迎えてしまった。
もしかしてゼルの番になるまで終わらないんじゃないかと危惧していたアスタルテであったが、最終的にレーネが力尽きて幕を閉じた。
(体力には自信のある私でも、流石にちょっと疲れた……)
ゼルさんとの愛の語り合いは夜だろうし、それまで一眠りしよう……
そう思ってベッドに倒れたアスタルテだったが、なんとも言えぬ不快感から再び起き上がる。
…………ベッドシーツがめっちゃ湿ってる。
そして自分の足を重ねると肌がペタペタしているのがよく分かる。
まぁ、言うまでもなく汗と体液であろう……
「お風呂入ろ……」
あとベッドシーツも替えなくては……
アスタルテがモゾモゾとベッドから這い出ると、レーネが目を覚ます。
「ふわ……おはよぅ、アスタルテ君。 どこに行くんだい?」
「えっ、寝起きのレーネさんめっちゃ可愛い……」
「ん……なんて?」
おっとヤバい。
つい声に出てしまった……
「もう一眠りする前にお風呂に入ってベッドシーツを変えようかなと……」
「うーん、お風呂か……ちょっと面倒だね……」
普段はテキパキしているレーネさんが面倒がるなんて珍しい……
しかし、ベッドシーツを替えるにはレーネさんにどいてもらわないといけないし、替えたベッドシーツに私と同じくベタベタのレーネさんを寝かせるわけにもいかないし……
「億劫なのは分かりますが、ササっと身体を洗っちゃいましょう!」
「うん、分かった、そうしようか…………」
「はい! 朝風呂の後の睡眠はまた別格の幸せですよ……って寝てる!?」
気付けば、レーネさんは再び寝息を立ててしまっていた……
(うーん、どうしよう……流石にここまで疲れていると無理に起こすのも申し訳ないなぁ……)
かといってこのベッドシーツをチリアに交換させるのはそれ以上に申し訳ない……
よし、とりあえずレーネさんを毛布でくるんでソファに寝かせて、私はシーツを持ってお風呂場に行こう。
そうと決まれば早速行動だ!
アスタルテはベッドから降りると、毛布を取りに一歩踏み出す。
「うぐ……!?」
その瞬間、アスタルテにじんわりとした痛みが走った。
言わずもがな、おまたからである。
それは鋭い痛みというよりは鈍痛に近く、下半身に鉛でも付いているのかという感じの倦怠感があった。
「絶対……やり過ぎたでしょ、これ……」
その後もズキズキとした痛みに駆られながらも、なんとか全てを終えてお風呂までたどり着いたアスタルテであった──────
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「はぁ……どうすりゃいいんだ……」
リビングで椅子に座っていたゼルは頭を抱えていた。
順番が回ってきてしまったのだ、アスタルテとの夜の。
「いや、別に嫌じゃねぇんだ……むしろウチもしてみたいし。 ただ……やり方が分からねぇ……」
ゼルはため息をつくと、そのまま机に突っ伏す。
ゼルは今まで恋愛というものをした事が無かった。
理由は単純で、強くなる事と戦う事にしか興味が無かったからだ。
周りで時々行われていた恋バナというやつも、ゼルにはちんぷんかんぷんだったし、正直まるで興味が無かった。
アスタルテが現れて一緒に行動するようになった時も、背中を預けられる仲間が1人増えたなーってくらいにしか思っていなかったのだ。
しかしいつからだろうか。
自然と彼女の姿を目で追うようになり、一緒にいると妙にそわそわしてしまう自分がいた。
彼女が居ない時は無意識に今何をしているのだろうと考えてしまう。
たがその時はまだそれが恋心だとは気付いてはいなかった。
他とは違う、どこか不思議な存在だから気になってしまっているだけだと思っていたのだ。
ゼルがそれを恋心だと知ったのは、アスタルテの性格をよく知ってからである。
ゼルが生まれ育った場所は、強さこそが正義の村だった。
強い者は強い者との子を成すのが当たり前だったし、1歩外へ出ればそこらじゅうに魔物が潜む弱肉強食の世界なのだ。
となれば当然周りは強さを求め日々精進する訳で……
村全体にそういう人が多いからか、皆強気で戦闘狂の者達しかいなかったのだ。
(それに比べてあいつは……)
とんでもない強さを持っているにも関わらず、普段は大人しく謙虚で、更に大きな器と優しさを持っている。
しかし戦闘になると一変、皆を守るために危険を顧みず最前線へ突っ込み、勝利を手にして帰ってくる。
それはゼルが憧れていた師匠であるライゼンを越えるレベルだったのだ。
「あの戦闘スタイルであの可愛さは卑怯だろぉ……」
強くて可愛い人ならこの世にいっぱいいる。
レーネだってコトハだって美人だしトップレベルの強さを持っている。
しかし、ゼルやライゼンのように敵陣のど真ん中に特攻して暴れ回るようなタイプで女性らしさを持っている人というのは見た事がない。
(しかも圧倒的に強いとか……惚れない方がどうかしてるだろ……)
で、だ。
問題は、性欲とは無縁の人生を送ってきたゼルはそういう知識が皆無という事である。
つまりどういうことかというと……
「ヘタクソすぎて嫌われたらどうしよう……」
いや、アスタルテはきっとそんな事じゃ人を嫌いにならないはずだ。
例えヘタクソだったとしても気にしないフリをしてくれるに違いない。
(いや、それはそれで傷付くな……)
ノレスに聞いてみるか……?
いやでもあいつはえげつない事教えてきそうだな……
「フシャー!!」
「な、なんだ!?」
ゼルが唸っていると、突如玄関から獣の威嚇声のようなものが聞こえてきた。
「何があった!? ん? チリア、どうしたんだ!?」
ゼルが玄関まで走っていくと、そこには全身の毛を逆立てたチリアが扉を睨みつけていた。
「フシュー、ぐるるるる……」
「お、おい……一体どうしたってんだよ……」
一瞬敵意を持った者が近づいてきているのかと思ったが、周囲からは殺気のようなものなんて感じられないし、そもそも強大な力を持った者が近くにいるならチリアより先にゼル含め他の皆が気づくだろう。
その時、扉がガチャリと開いた。
そこから現れたのは────
「ら、ライゼン!?」
「よぉ、ゼル。 お前が出迎えとは感心だな」
SSランク冒険者であり、ゼルの師匠でもあるライゼンだった─────
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
「んで? その白虎がお前の嫁さんなのか?」
「ぐるるるる……」
「はぁ……」
どうしてライゼンが家に来てしまったんだ……
チリアとライゼンが睨み合っている横でゼルはため息をつく。
とりあえずリビングに通したものの……何しに来たんだろうか。
「とりあえず、チリアはお嫁さんじゃないし、そもそもウチは結婚してないだろ……」
「ふーん、まあ格好からして使用人か。 ならお前の彼女さんは何処にいるんだ?」
「多分自室で寝てるんじゃねぇかな?」
「へぇ……」
それを聞いたライゼンは天井の方を眺める。
「2つ感じるのは……レーネとコトハだな。 1つやばいのがあるが……こいつがそうか?」
ライゼンの見ている方をゼルも見る。
確かそっちの部屋は……
「あー、それはノレスだな」
「ノレスだと? ここには何人住んでるんだ?」
ライゼンの疑問にゼルは1人ずつ指で数えていく。
「まずウチだろ、あとレーネコトハ、チリアとレニー、アスタルテとノレスだから……7人だな」
「ああ、あの商人も住んでるのか」
「レニーの店はカンの町にあったからな、魔族戦争の被害に遭って店を失っちまったから今こっちで店を建て直してんだ」
「そうか……まぁ本人が無事なら何よりだ。 それより」
「ん?」
「お前の彼女はアスタルテって奴なんだな」
「ライゼン! てめぇ図ったな!?」
ニヤリと笑うライゼンにゼルは顔を赤くして声を荒らげる。
「かっかっか! ほぉ図星か。 知らん名前だったから試しに言ってみただけなんだがな」
「嘘つくんじゃねぇ!」
「嘘なんかじゃないぞ? 実際にお前がレーネやコトハと付き合う可能性だってあるだろう?」
「いや、そりゃねぇだろ」
「あくまで可能性がない訳では無いという話だ、お前の性格からだと考えにくいけどな。 まあそれはいいとして」
ライゼンは話を区切って立ち上がる。
「お前の嫁さんを一目見ようと思って今日は来たんだ」
「そんな理由で来たのかよ……ってライゼン、お前どこに行くんだ?」
「言っただろう、嫁さんを見に来たって」
「おい、まさかとは思うがお前……」
「多少時間はあるが起きてくるまで待つほど暇ではないからな。 丁度いい機会だ、花嫁候補がお前に見合う奴なのか試そうじゃないか」
「は…? お、おい!」
ゼルが引き止める間もなく、ライゼンは2階へと上がっていく。
「おい何する気なんだよライゼン! やめとけって!」
「そうにゃ! ご主人様が起きてくるまで大人しく待っとけにゃ!!」
「うるさいぞ、少し静かに……ってここだな」
ゼル達が抗議してる間にもライゼンは歩みを進め、遂にはアスタルテの部屋の前までたどり着く。
「ゼル様! あのもっさり頭の猫を止めて下さいにゃ!!」
「いててて……チリア、爪が食い込んでる!! あとライゼンに猫は禁句だ!!」
「あぁ? 私を猫だと? 獅子族の長に向かってただ白いだけの虎が一体何をほざいてやがんだ、おい!」
ライゼンがチリアを激しく睨みつけて詰め寄る。
それだけで人を殺せそうなレベルの鋭い眼差しにゼルの本能がその場から逃げろと警笛を鳴らしていたが、なんとか理性で封じ込めた。
「お前なんか怖くもにゃんともにゃい! ご主人様に危害を及ぼそうとしてるなら許さないにゃ!」
チリアはライゼンに全く怯む事無く睨み返す。
「お、おい2人とも落ち着けって……な?」
ゼルが間に入って2人を引き離すと、ライゼンは大人しく身を引いた。
「私の威圧でビビらなかった奴はいつぶりだろうか。 まぁ、その度胸に免じてさっきの発言は水に流してやろう」
未だ睨み続けるチリアを無視し、ライゼンは扉に向き直る。
「……さて、どんなものかな」
小さく呟いたライゼンは扉を開けると、部屋の中へと入った。
「……は?」
ライゼンはアスタルテを見て驚きの声をあげる。
そこには、ゼルの言った通り爆睡中のアスタルテがいた……のだが、それこそがライゼンにとって衝撃的な事だった。
「おい、ゼル」
「……?」
「こいつがアスタルテって奴で間違いないんだよな?」
「え、あぁ、そうだぜ?」
「お前はそこまでバカではなかっただろうが……一体何を考えてるんだ?」
「は? え、ウチか!? ウチの事を言ってんのか!?」
突如ライゼンに罵倒され、ゼルは困惑する。
「ゼル、私達が伴侶を選ぶ時に重要視することを言ってみろ」
「え、そりゃあ自分よりも強い……」
「その通りだ」
食い気味でライゼンが言うと、寝ているアスタルテに向かって尋常ではない殺気を飛ばす。
「にゃ!?」
「お、おい! ななな、何をする気だ!」
ゼルは震える足を押さえつけてライゼンに怒鳴ると、殺気がふっと消える。
「まず、人が部屋に入ってきたのに起きない。 そして殺気を飛ばしても寝たまま。 この間だけで三回は死んでるぞ」
「……は?」
「しかも寝ている時に手の届く範囲に武器も置いてない。 そして何より、こいつから強さというものが一切感じ取れん。 そこらの村娘とそう変わらないじゃないか」
「いや、アスタルテの武器はそもそも……」
「この時点で失格だが……まぁこれが最後のチャンスだ」
ライゼンはため息をつくと、背負っていた巨大なハンマーを抜刀する。
「おい! ライゼンてめぇ何しようとしてやがる! やめろ!」
「騒ぐな。 当てるつもりはない、寸止めする。 これで起きなかったら……流石に話にならん」
ライゼンはそう言うとハンマーを持ち上げ、アスタルテへと振り下ろした!
──────ドムッッッ!!
衝撃波と共に、鈍い音が部屋に響き渡る。
「か、はっ……! な、なん…だと……」
ライゼンは息も絶え絶えにそう言うと、膝をついてその場に屈み込んだ。
その視線の先にあったものは…………布団からにょきっと出ているアスタルテの腕だった。
「こいつ……寝ながら防衛行動を取っただと……? しかも…いくら不意打ちとはいえ……振りかぶってもいないパンチで…私が膝を……うっ、はぁ…はぁ……」
「お、おい…大丈夫か?」
滝のような汗を流しながら苦しむライゼンを見てゼルが声をかける。
「どういう事だ……確かに強さは一切感じ取れなかった……現に今だって一切感じない……一体…どこから出てきたんだ……その…力……は……」
言葉を終えると共に、ライゼンは意識を失って倒れた。
それとほぼ同時に、部屋へと走る音が聞こえてくる。
「なんじゃ今の殺気は!? 侵入者か!?」
「何があったんだいアスタルテ君!?」
それは血相を変えたノレスとレーネだった。
二人共ライゼンの殺気を感じ取って跳ね起きたらしい。
…………ちなみにこれは後日談なのだが、コトハは部屋全体に大量のバリアを張って二度寝していたらしい。
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