アスタルテの答え
「あー、どうしよう……」
その頃アスタルテはいつもの酒場で酒を飲んでいた。
この姿のままで外に出たくはなかったが、もはやそれどころではない。
(なんで咄嗟にじゃんけんって言っちゃったんだろ……しませんから!って言えば良かった……)
これでは誰かしらとはにゃんにゃんしてしまうことになる。
「ここから帰ってやっぱ無しで……とは言えないよなぁ……」
アスタルテは頭を抱えると、そのまま机に突っ伏す。
どうしよう……どうすればいいんだ……
いっそ受け入れるべきなのか…?いやでも……
というか逆に考えよう、何故私は皆の好意を受け取ってないのだろうか……?
アスタルテは顔を上げると腕を組み、自問自答を始める。
私とて性欲が無いわけでは無いし、皆めちゃくちゃ美人さんだ。
むしろすごくタイプなまである。
なんというか、今まで一緒にいたからこそ余計皆に惚れていっている気がする。
ノレスの普段はあっけらかんとしてるのにいざというときは物凄く頼れる所とか。
レーネさんのしっかりしてていつも全力で真っ直ぐで、自分よりも仲間の事を考えてる思いやりの良い所とか。
ゼルさんはちょっと短気で荒い所があるけど、姉御肌でいつも皆の事を考えてくれてる。でも物凄くピュアな所にもギャップがあったり。
コトハさんは基本無表情で言葉数も少ないけど、しっかりとした強い意思を持っている。魔族戦争で大怪我を負った時なんて魔力が限界だったはずなのにそれでも治療をしてくれていた。
でも、だからこそ今のままの関係でいたいというか……
もしこれで恋人同士になってうまくいかなくて別れたらと思うと……
一緒に住んでる以上絶対気まずいだろうし、ひょっとしたら家を出ていってしまうこともあるかもしれない……
(そんなのは嫌だ……今の幸せで楽しい関係が壊れるなんて、想像もしたくない……)
そもそも、私は彼女らの相手としてふさわしいのだろうか?
種族も異質だし、転生したということも違う意味で伝わっている。
皆に本当のことを全然話していないのだ。
そんな嘘で塗り固めたような私が皆と一緒にいること自体がそもそもおかしいのでは無いだろうか…?
「こんナ所で何シテンだ?」
自己嫌悪で沈んでいたアスタルテが顔を上げると、そこにはカヨがいた。
カヨはアスタルテの向かいの席に座ると、いくつか注文をしてアスタルテの方を見る。
「何してるも何も、お酒に逃げて現実逃避してるだけだよ……」
アスタルテはため息をつくと、ジョッキのお酒を一気に飲み干す。
実際この身体になってから酔ったことは無いのだが、お酒を飲むことで酔っている気になれるのだ。
「ふ〜ン、そもソモなんデそんナに嫌がッテんだ?交尾なンテむしろヤリたクて仕方がナイ奴らばっカだろ?」
カヨは理解できないとでも言うような顔で首を傾げる。
「いや交尾て……私はカヨとは違うの!」
「あ?そもソモ私に性欲ナんてねぇゾ?」
「え…?そうなの…?」
なんか雰囲気的にはエロ同人誌に出てくる悪役みたいだけども……
「あんナモん、対して気持ちヨくも無イし時間の無駄ジャねぇカ、暴れマクってひたスら殺しまクる方が何倍も気持チいいネェ」
(あっ、普通の漫画に出てくる悪役だったわ……)
うっとりと頬を染めるカヨを見ながらアスタルテは思う。
「ンで、なんデそンな嫌がッテんだ?」
「いや、別に嫌がってるわけではないんだけど……」
そこでアスタルテはさっき思った事を話した。
今のままの幸せを崩したくない事、もし関係が悪くなってしまったら皆と今の状態には戻れないのが嫌だなどなど……
「ふーン」
「っと、いうわけなんだけど…」
「とんダへたれ野郎ダな、おマエ」
「ふぇ!?」
カヨからの言葉に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
へ、へたれだって…?
「アあ、そノ上大馬鹿野郎ダナ」
「えぇ!?」
いくらなんでもそんなに言う必要なくない…?
「お前、分かッてネェのか?」
「え…?」
アスタルテの反応に、カヨはため息を付いてうなだれる。
「あのナー、今のマまだっタら遅かレ早かれ関係ハ崩れルぞ?」
「……へ?」
「……っタく、私はアイツラの事は良く知らネェが、アノ感じだとズッとお前にアタックしてキたんダロ?」
「う、うん……まぁ……」
「ンデ?お前はソレに対しテ何を返しタンだ?」
「え……えっと……」
確かに、皆は今までずっと私に好意を抱いてくれてた。
それに対して私が返したことって……
「拒絶、ダロ?」
「そんな……拒絶だなんて───」
「なンだ?断っテ先延ばしニしたダケとでも言いてェのか?」
「いや、まぁそれは……」
「ソレを拒絶ってんダヨ。いや、拒絶よリもタチワリぃな」
「でも……それでもし今の幸せが崩れでもしたらって……」
「グダグダうるセぇな、だからソレが崩れルつってンダよ」
じゃあ一体どうしろっていうのだ。
アスタルテはカヨの言葉から真意が汲み取れず、少しイラッとする。
「つくづく鈍感ダナ。じゃア聞くが、オマエはいつマで先延ばしにスルつもりなンだ? 今日明日で答えは出るノか?」
「それは……」
「オマエ、相手の気持ちに立っテミろ。 自分は恥ずかしイながラも勇気を出シテアタックしてんだ、ダガ相手はタダ答えを先延ばしにスルだけで、いつマデ経っても答えテクれないンだぞ? そんなヤツをずっと好きでイラレルと思うか?」
「……!!」
確かにそうだ。
いくら好きだとはいえ、ずっと答えてくれなかったら……私だったら諦めてしまうだろう。
「でも……私に彼女達の気持ちに答える資格があるのかな……」
「どんな奴ダロウが、ンナモん自由に決まッテんだろ」
「……」
「じゃア、例えばあのレーネってヤツがオマエの知らネぇ他のヤツと付き合ってタラどう思う?」
「え……」
レーネさんが他の人と……?
アスタルテはその姿を頭に思い浮かべる。
レーネさんと他の人が幸せそうに微笑み合っている姿……
そしてあんなことやこんなことまで……
「そ、そんなのは嫌だ!」
アスタルテは頭を振って想像していたことをかき消した。
なぜだろう……心臓が締め付けられるような、言いようもない苦しさを感じる。
「オマエ、求めラレれば求められるホド素直になれネぇタイプだろ。 周りが興奮してる分自分は冷静を繕う、ソウダロ?」
「言われて初めて気付いたけど……そうかも……」
「オマエがさっき想像シテ感じた苦シミでモウ自分の気持ちはハッキリしたダロ?」
「うん……」
「じゃあ答エは決まったナ。 アッチは今まで勇気出しテたんだ、オマエも根性見せロや」
そうだ。
私は間違いなく彼女達が好きなんだ…!
でも……
「でも、それで関係が崩れるのが怖くて……」
「マダ言ってンのカよ……今以上の幸せヲ与えてモット良い関係にスリャいいじゃネェか。 あーだこーだ考えンのはその後ダ」
カヨの言葉で、アスタルテの中のもやもやが全て晴れた気がした。
そうか、そのとおりだ。
今以上の幸せを掴めばいい。それはきっと、素晴らしい未来に違いない……!
「……ありがとう、カヨ」
「フン、てめぇハ戦ってる時は何も考えネぇで突っ込ンデ来るクセに、変な所ダケ神経使いヤガって……私はテメェのカウンセラーじゃネェんだぞ」
カヨは口ではそう言いながらも、まんざらではなさそうな笑みを浮かべて酒をジョッキごと丸呑みする。
「ていうかさ……」
「ア?」
「なんで食器ごと食べてるの……?」
真剣な話をしていて触れないようにしていたが、カヨは食器ごと食べ物を食べていた。
口から漏れるバキバキと皿の割れる音を聞いてアスタルテの背筋に寒気が走る。
「ハ? 残すのモッタイねぇだろうが」
「いや、食器は洗って再利用するから!」
「他人の食い物洗っテまた使うトカ正気かヨ!?」
「いやお皿は食べ物じゃないし!?」
この人の胃袋はいったいどうなっているんだ……
アスタルテはやれやれと頬杖をつくと、帰ってからのことを考えていたのだった。
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「ただいまー」
アスタルテが帰宅してリビングへ行くと、みんな集まっていた。
(言い出すには絶好の機会だ……よし)
アスタルテはカヨとご飯を食べているときに決心した。
いつまでも皆を待たせるわけにはいかない。
ちゃんと気持ちを伝えようと。
「おぉ、やぁおかえりアスタルテ君!さっきじゃんけんで順番を決めていて───」
「あ、あの!! みんなに言いたいことがあって!」
レーネさんの言葉を遮ってしまったが、今は緊張でそれどころではない。
場がしんと静まり返り、皆がアスタルテの方を見つめる。
今から言う事を思い浮かべると、心臓が高鳴って顔が熱くなる。
(みんなもこんな気持ちだったのかな……まさかこんなに緊張するなんて思ってもみなかった)
こんなに勇気のいることだったなんて……。
改めてアスタルテは、この気持ちに対してしてきた自分の行動の酷さを感じる。
「えっと……わ、わた……私は…」
緊張で言葉が出てこない……えっと、えぇっと……。
「おい、大丈夫か。一体どうしたんじゃ?」
「アスタルテ君大丈夫だ、ちゃんと聞いてるよ。だから安心して」
「えっと、水飲むか? なんかヤバそうな雰囲気してんぞ?」
「……落ち着いて……深呼吸…ひっひっふー…」
コトハさんのは違う気がするけど……
やっぱり皆優しいな。
こんな唐突で訳の分からない状況だろうに心配してくれて……
(うん、やっぱり私はこの人達の事を────)
アスタルテは熱の冷めきらぬ顔を上げて柔らかな笑みを浮かべる。
あれだけしていた緊張もいつの間にかそこから消えていた。
「私、皆のことが好き。 他の誰よりも世界中で一番……皆のこと、愛してるっ」
アスタルテの言葉に一同が固まる。
「えっ、あ…愛してる…って、ほ、本当かい……?」
「えへへ……はい」
その言葉を聞いた瞬間、レーネさんは気を失って机に突っ伏した。
「れ、レーネさん!?」
「わあああああああああ!!!」
アスタルテはビクっと身体を震わせてゼルの方を向くと、ゼルは顔を真っ赤にして家から走り去っていった。
「ゼルさん!?」
もしやと思ってノレスの方を見ると、ノレスは持っていた紅茶のカップをカタカタと震わせて辺りに紅茶を撒き散らしていた。
「ノレス!?」
なんだか……大変なことになってしまった気がする。
ちなみにコトハさんは硬直してしまっていてピクリとも動いていない。
「あはは……皆大げさだなぁ」
アスタルテは心配をよそに、心にじんわりと広がる暖かさを噛みしめるのだった。
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