決着、クロとの戦い
「オラオラオラァ!」
腰から抜刀したツインダガーをクナイのように後ろ向きに握り、クロは攻撃を仕掛ける。
(速い…!でも…!!)
アスタルテは華麗に攻撃を回避すると、クロに殴りかかる。
「させない」
「え…?」
前半で戦っていた時のような落ち着いた口調が聞こえたと思ったら、アスタルテは再び地面に叩きつけられていた。
「ヒャッハー!!」
「うわ、あぶな!?」
倒れたアスタルテに向かってクロがツインダガーを突き刺そうとし、慌てて起き上がる。
なんなんだこの人は…
攻撃と防御で性格変わってるの…?
いや、それにしては戦闘スタイルがあまりにも違いすぎる……
目が赤かったときのクロは円月輪で攻撃、合気道のような武術で防御していた。
それに対して目が緑の時は速度が跳ね上がっていて、攻撃はツインダガーそして防御は同じく武術だ。
戦闘に応じて戦い方が全然違う上に目の色も口調も変わるなんて…
まるで別人みたいな───
「───! まさか……」
二重人格…?
それなら納得ができる。
確か口調が変わる一個前に、後は任せたって言っていたし……
口調が変わったときも、ちょっと前から戦っているのにまるで初戦闘みたいな言い方だった…
「もしかして、二重人格だったりする?」
戦闘の最中にもかかわらず、アスタルテは思わず聞いてしまう。
だって戦闘中自分の予想が合っているか分からなくてずっともやもやしながら戦いたくないじゃん?
ね?そうでしょ?
アスタルテが虚空に向かってなにやら語りかけていると、クロが突然笑い出した。
「ハハハハッ!お前、小さいのに意外と頭回るんじゃん!」
「いや、なんで魔族は皆して私のこと小さいっていうの…」
別に対して気にしてないから良いんだけどさ…
「でも───」
クロは舌を出してあっかんべーをする。
「ざんねーん!違うんだよなぁこれが!」
「え、違うの?じゃあどういうことなの?」
「そうだなぁ~、じゃあこれを食らっても生きてたら教えてやるよ!」
クロはそう言うと、瞬歩の如く一瞬でアスタルテに接近しツインダガーを突き立てる……!!
「え、本当!?教えて教えて!」
「なっ……!?」
アスタルテは何事もなかったかのようにスルリと避けると、クロに答えをせがむ。
「く…くそがぁ!」
「うわっとっと…」
クロは全力でダガーを振るが、再び避けられてしまった。
(馬鹿な…!ボクのスピードで捉えられないなんて…あり得ない!)
クロが狼狽えていると、突然アスタルテを包み込む空気が変わる。
それはまるで突然冷凍室に飛び込んだかのような……凍てつく寒さだった。
「答えは気になるけど……考えてみれば、時間掛けてられないんだよね」
アスタルテは言い終わると同時にクロに突進する。
「ふん、馬鹿の一つ覚えかよ!」
クロの目が赤く変わると、先程と同じようにアスタルテを投げ飛ばそうとする。
だが─────
「かはっ…!」
逆にクロが投げ飛ばされ、木に背中を叩きつけられる。
「お、おい姉貴!なんで今の失敗したんだ────なんじゃこりゃ!?」
緑目になったクロが違和感を感じて腕を見ると、なんと肘から先が氷の炎に包まれて燃えていた。
「くそ、何だこれは!消えねえ!」
クロは自分の腕が燃える痛みに顔を歪ませる。
「チィッ!くそがああああああ!」
クロはダガーを掴むと、咆哮を上げながら自分の腕を切り落とした…!!
落ちた腕はわずか数秒で炎に包み込まれ、氷に覆われて鎮火する。
「くそ、くそぉ!一体なんだってんだ!」
クロはアスタルテの方を見ると、その足跡とその周りが凍っていることに気づく。
「冷気を身体に纏わせているってのか…?」
どうやって冷気を纏わせた?詠唱した気配なんて無かったぞ!
いや、そもそもそれだと辻褄が合わねぇ…!
ヤツの炎が凍るのは知ってる。
だがなぜ触れただけで燃えた!?
冷気を纏ってるだけなら冷たく感じることはあっても凍る程ではないはずだ…
それだと本人が先に凍る…
仮に凍らなかったとしても、そもそも炎が上がるってのが意味不明だ。
あいつが氷の炎に包まれているならともかく、火種がないのにどうして発火した…!?
まるで燃え移ったかのように……
焦るクロを見て、アスタルテがニッコリ笑う。
「ざーんねん!違うんだよねぇそれが」
歩いて近づいてくるアスタルテから距離を取ろうとするが、後ろの木で離れることができない。
やがてアスタルテはクロの目の前まで接近する。
(本当になんなんだこいつは……周囲の木まで凍ってやがる…)
気が付けばクロの後ろの木は凍りつき、吐く息は白くなっていた。
止まらない身体の震えは寒さによるものなのか、はたまた恐怖のせいなのか検討もつかない。
「くそが…何をしやがった…!」
クロは震える身体を抑えつけ、アスタルテを睨む。
「うーん…私も試しにやってみたからイマイチ分かってないんだけど……えっとね」
アスタルテは手のひらを上に向けて腕を出す。
「魔力を手のひらに集めてそれを飛び出させるイメージ?をすると魔法が出るじゃない?」
そう言ったアスタルテの手のひらから青い炎が出現する。
「じゃあ、魔力をお腹の中に集中させて放ったらどうなるのかなって。お腹からビーム出れば君は私を投げ飛ばせないでしょ?」
そう、アスタルテが考えた作戦はお腹からフレイムレーザーを出すことだった。
近接攻撃を仕掛ける際、クロに必ず受け流されてしまう。
しかし、受け流すという事は相手に近づくという事だ。
なら掴まれた時あるいは、掴まれる前にお腹からレーザーを出したらどうなるか。
遠距離ならともかく、ほぼゼロ距離レベルで出されたらアスタルテのパンチを受け流している場合ではない。
レーザーを避けたらその隙にパンチを、パンチを受け流そうものならゼロ距離でフレイムレーザー直撃だ。
どうだこの完璧な作戦は。
お腹からレーザーでアホだと思ったやつ、正直に手を上げなさい。
「でも……自分でも分からないんだけど、レーザーの代わりに全身から冷気が出たというか……うーん、私自身が炎になったみたいな?身体が触れた所燃えてるし、まぁ結果オーライということで!」
言葉を失っているクロに向かってアスタルテは親指を立てると、後ろを向く。
「それじゃ、今度会ったら秘密教えてね!」
アスタルテはそれだけ言うと、クエンのいる方向へ走り去っていった。
残されたクロはアスタルテの気配が消えたのを確認し、
「うわああああああん!」
────大声で泣き始めた。
「腕が痛いよ寒いよ怖かったよねぇちゃあああん!!」
クロはぼろぼろと泣き喚きながら1人で相槌を打つ。
「ぐすっ……うん、うん…代わってぇ……」
クロは小さく喋ると、その途端に泣き止む。
表情も無に戻っていた。
「ふぅ……」
クロは右手で赤い瞳から流れる涙を拭うと、切断した左腕を見る。
「……!!」
腕を見ると、断面の傷口だけ綺麗に凍っていた。
「たまたま…?いや、ちがう。切った時の燃え残りなら今頃全身に広がっているはず」
考えてみたら、彼女は相当手を抜いていたんじゃないだろうか…?
受け流して攻撃を避けてはいたのは確かだが、彼女から
ツインダガーで不意打ちを突いたにもかかわらず安々と避けるスピードと反射神経がありながら、私の投げ技を素直に食らうのはどう考えてもおかしい。
なぜなら、スピードを順番でいうと アスタルテ>ツインダガー使用時の速度>私が彼女を掴む速度 だからだ。
この腕だって自分で切り落としたわけだし、傷口を氷で塞いでくれたのも気付かなかった。
そして何よりも………
「間違いなく一番の脅威は……アスタルテだ」
そう、それはアスタルテが魔法について語っていた時だ。
あのときだけでも相当異常な事を言っていた。
まず、彼女が言った魔法の出し方は、魔力を集めて飛び出させるイメージをする。
そんな事で魔法は100%出ない。
魔法の出し方は、まず身体に流れている魔力を必要数集め、魔法ごとに決まった形に形成していく。
言わば粘土で作品を作っているようなものだ。
当然高難易度の魔法であればあるほど、必要な魔力数も増え、決まった形がより難解になり、精度を求められる。
この時に魔力が足りなかったら当然魔法は出ず、形成が雑だったり中途半端だと基本通りの火力が出ない。
この作業を
決まった呪文を唱えながら、その魔法に決められた形に魔力を形成していく。
この時に作品をより速く完璧に作れる人ほど、当然詠唱も短い。
そして詠唱の最後の一文を唱え終わるのと共に、魔法が発動する。
ちなみに最後の一文というのは、フレイムとかファイアとかがそうだ。
────で、だ。
改めて言うが、彼女は魔力を集めて飛び出させるイメージをしたら魔法が出ると言っていた。
しかも、彼女は詠唱を一切していない。
つまり、イメージをしただけで無意識に完璧な詠唱が完了しているのだ。
それは天性の才能とかそういうレベルではない。
もはや異次元……異常だ。
そして一番おかしいのは、彼女がたった今使った技だ。
あの感じだと彼女は魔力の放出に失敗し、体内で暴発したということになる。
それは体内で魔力を爆発させる自爆技の手順を意図せず踏んだということだ。
しかしそれをたまたまか、自分に炎を纏わせるという技を誕生させた。
いや、正確には自分に魔法を放ったと捉えるべきか……
だが問題は、自分自身が火だるまになることなく完璧に炎と一体化したことだ。
それは言ってしまえば意思を持って高速で走り回る炎魔法のようなものだ……
「あれはクエン様じゃどうしようもないな」
クロはよろよろと立ち上がると、その場から消えるのであった────
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