ジョブの真価発揮
「はぁ…」
訓練場に併設されている酒場で、アスタルテは一人ため息をついていた。
「完全にやらかした…」
自己紹介以降、アスタルテは完全に孤立していた。
本来は上官になって他の人達の訓練を見てあげるのだが、アスタルテに稽古を付けて欲しいと申し出てきた人は皆無だった。
というか、皆アスタルテを避けているまである。
理由は言わずもがな、自己紹介の時に尋常ではない力を見せてしまったせいだ。
あれで完全に恐れられてしまった…
「体育で組む相手がいない時の気持ちってこんな感じなのかな…」
その居心地の悪さから、アスタルテは訓練場に行かず酒場でやけ酒をしていた。
まぁ、いくら飲んだところで酔うことはないのだが。
「よお、そこの美人さん。良かったら俺らと一杯飲まねえか?奢るぜぇ?」
そんな時、訓練が終わったのか兵士が話しかけてきた。
どうやらアスタルテが今大人バージョンになっているせいで気付いていないらしい。
いつもの姿でお酒を注文すると、毎回見た目のせいで年齢を証明する必要があるので、お酒を飲む時はこうして大人バージョンに変身しているのだ。
「すみません、一人で飲みたいのでご遠慮させていただきます」
アスタルテは兵士の誘いを断る。
訓練終わりで汗だくの男達と酒を交わすのは勘弁だった。
「おうおう、冷たいねぇ。そう言わずに一杯だけなら良いだろ、な?」
しかし相手は下がることなくしつこく誘ってくる。
(もういっそ変身解除しようかな…)
私がアスタルテだって分かったらどうせ逃げていくんだろうし…
変身を解除しようと思ったその時、横から人影が現れる。
「そこから失せろ」
「……!?」
声の方へ兵士達が振り返ると、一瞬でどこかへ行ってしまった。
その人物がアスタルテの隣に腰を下ろす。
「その言い方は少し酷いんじゃない?ノレス」
「ふん、雑魚の分際でお主に話しかけるなど笑止千万じゃ」
その人物はノレスだった。
ノレスは紅茶を注文すると立ち上がり、アスタルテの向かいに座る。
「……?」
なぜわざわざ移動したんだろうと思ってノレスの方を見ると、ノレスはアスタルテの顔をガン見していた。
「ええっと……何?」
「ふむ、やはりこっちの方がお主の顔がよく見えるのう」
ノレスは何とも言えぬような惚けた顔をしていた。
(あぁ、そうだった…今大人バージョンだったんだった…)
まぁ、公共の場だし上官という立場もあるしで、ノレスが暴走する事もないだろう…
「それにしても…」
「?」
「改めてその姿は良いのう、普段の天真爛漫なお主もなんとも可愛いものじゃが、今の澄ました顔のお主はまた違った妖艶さがある。実に官能的じゃ」
うん、普通に上官の顔じゃないね、完全に捨てましたね、はい。
あと普通に周りに人がいるのによくそんな事を恥ずかしげもなく言えるね、聞いてる私の方が恥ずかしくなってきたよ。
アスタルテは気が少し滅入るのを感じつつ、お酒の水面に映った自分の顔を見る。
以前見た時と勿論変わっていないが、確かに顔は結構変わっているなと思った。
人間で言うと見た目が15歳ほど上がっているのでそりゃ顔が変わるのは当たり前ではあるのだが、まん丸い目は面影なくキリっとジト目になっており、普段は少々釣り上がってる眉毛も横に流れている。
髪も肩までのセミロングから腰までのロングに変わっている事もあって、まずこれがアスタルテだと気付く者はいないだろう。
「そういえば、ノレスはなんでここに来たの?」
届いた紅茶を飲むノレスに質問する。
ノレスと見知らぬ魔族がいる様子は結構注目を集めるのもあり、周りがざわめき立ってきたのだ。
アスタルテとしてはさっさと話を終わらせてこの場から去りたかった。
「お主が訓練に来ないからのう、寂しいではないか」
「いや、だって私教える人いないし…」
「あのパンチは中々強烈だったからのう、しかし数日経てば衝撃も薄れるものじゃ」
「そういうもんかなぁ…」
「実際兵士も冒険者も力に憧れを持っておるからの、お主の所へ来る者が必ずおるじゃろう」
それを聞いたアスタルテは腕を組んで唸る。
(う~む…まぁでも大事な特訓だし、いつまでもサボってるわけにはいかないか…)
「じゃが…」
「ん?」
「お主に少しでも色目を使うような奴が現れたら捻り潰す」
「………」
私に人が寄って来ない原因って、まさかノレスのせいじゃないよね…?
▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
────翌日。
アスタルテは訓練場に来ていた。
そしてノレスの言う通り、なんと数名だがアスタルテに稽古を付けて欲しいという人が来たのだ。
アスタルテとしてはそんなすぐに来ることはないと思っていたので、完全に予想外だった。
早速アスタルテは来た人たちに色々と教える。
自分自身の武器がガントレットで、それしか使ってなかったせいで忘れていたが、アスタルテのジョブは全ての武器の頂点であるオールラウンダーというものである。
そのため、戦闘面では完全に素人でも、一度武器を握れば身体が最適な動作を生み出すのだ。
そうなれば、後はそれと同じになるように真似してもらえばいいだけである。
ステータスの違いもあって完全に真似してもらう事は難しかったが、最上級の型やその動き、攻撃の仕方など、見るだけでも閃きや活路を生み出し、かなりの成長になるのだ。
あとはそれぞれの気持ち次第である。
その人がより高みへ昇りたいと思う気持ちが強ければ強いほど見学は効果を発揮するのだ。
アスタルテが全武器に対応しているということ、そしてスパルタでも鬼でもなく普通に優しく一生懸命教えてくれるという事はクチコミから一気に広まり、日に日にアスタルテの元へ訪れる人数は増えていった。
まぁ、私の元へ来た受講者に向けるノレスの目が鋭く光っていたが…
なにはともあれ、全体的な戦力そして名声を上げることに成功したアスタルテなのであった────
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます