演習での自己紹介




「う~む…」




魔族進行に向けての演習を終えたアスタルテは休憩中に唸る。




「どうしたんですの?」




そこへマギルカがやってきた。




「実は一つ気になることがありまして…」




アスタルテが気になっていること。

それは、自分の体力についてだった。




結構ハードな演習をしているため、兵士や他のAランク冒険者は皆息も耐えたえだった。

しかし、アスタルテは疲れどころか、息切れ一つ起こすことはない。




相当動いているはずなのにどこまでもいけそうな自分の身体はある意味怖かった。





「そうですわね…アスタルテさんは魔人、というのも関係あると思いますわ」




そのことをマギルカに言うと、マギルカはこれまでの経験を語る。




「私も過去に魔人の方と共に依頼を受けたことがありますが、その方も無尽蔵の体力でしたわね…」

「そうだったんですね…その方は今も冒険者なんですか?」

「ええ、私と同じSSランクですの。あの方なら、魔人の国で私たちと同じように備えてますわよ」




(ということはゼルさんと一緒にいるのかな…)




アスタルテが考えていると、そこにノレスとカヤが来る。




「自己紹介で我ら4人が前で挨拶するらしいぞ」

「え…!?」




いきなりのことで困惑していたアスタルテだったが、係りの人に誘導されあれよあれよと前の台に立たされる。




「なんでこんなことしなきゃいけないの…」

「まぁ我らが基本先導するからのう、挨拶くらいするじゃろ」

「人前に出るの苦手なんだけどなぁ…」




アスタルテが前を見ると、そこには600人以上の兵士や冒険者がいた。




(うわぁ…この人数を前に話すの嫌だな…)





まず最初の挨拶はマギルカからだった。




「こほん、私がSSランク冒険者であるマギルカですわ!皆様、私がいる以上敗北は有り得ませんわ!ご安心してくださいまし!」




マギルカが軽く一礼をすると、全員が大きく拍手をする。




(さすがSSランク…信頼が厚いな)




アスタルテが関心していると、ノレスが前に出る。




左半身に浮かぶ紋様に4本の羽、そしてその威圧感に、場の空気がヒリつく。




「魔王ノレスじゃ。戦闘中に近づくと巻き添えを食らうから近寄らんようにせい」




それだけ言うと、ノレスは元の位置へ戻る。

あまりに簡潔な挨拶に皆唖然としていたが、少ししてから拍手が起こった。




すると、カヤがそっと前へ出る。




「カヤですぅ。よろしくおねがいしますぅ~」




そう言って軽く頭を下げると、カヤは後ろへ戻る。




一瞬の出来事でまた静まった場だったが、皆我に返ると拍手をした。




「一瞬で番が来てしまった…」




アスタルテは覚悟を決め、前へ出る。




するとアスタルテを見た皆からどよめきが起きる。




「え、えー、アスタルテです。Sランク冒険者です。よろしくお願いします」




そう言ってペコリと頭を下げるが、それを聞いた皆はさらに困惑した。





「Sランク…?あの小さい子が…?」

「本当にSランクなの…?」

「なにかの間違いじゃ…」




(まぁ、そうなっちゃうよねぇ…)

アスタルテは小さくため息をつく。

大人の姿で出れば良かったかなと思っていると、マギルカが隣にきた。




しかも謎に笑みを浮かべている。





「皆様!アスタルテさんのご容姿から、そう思うのは分かりますわ!」




マギルカがそう言って注目を集めると、練習場の方を指差した。

指差したその先には、木からぶら下がったサンドバッグがあった。




「アスタルテさんなら、あのサンドバッグを半回転させられますわ!」

「ふっ」




それを聞いたノレスが小さく笑った。




「アスタルテよ、本気であの土袋を殴ってくるんじゃ」

「え、本気で?」

「うむ。ククク、皆の驚く顔が目に浮かぶわ」




ノレスが何故本気で殴らそうとしているのかは謎だったが、とりあえずアスタルテはサンドバッグの方へ移動する。




「えっと…じゃあ、いきます」




相手はサンドバッグだし、思いっきりぶん殴るか…




アスタルテは目を閉じて、深く深呼吸をする。




そして目を開くと、思いっきり振りかぶった。





「うおおおぉらあああああぁぁぁぁ!!!」





凄まじい咆哮と共に突き出た拳がサンドバッグに直撃……する事は無かった。




直撃するよりも前に、その拳の速度から生み出された衝撃波がサンドバッグを粉々に爆散させ、後ろにある厚さ1mもある壁をぶち抜き、壁の向こうにある森の木々をぐちゃぐちゃになぎ倒した。




その被害は凄まじく、サンドバッグは跡形も無くなり、抜いた壁には半径3メートルの大穴が空き、壁から森までの30m間の地面は抉れ、その間にある木も大型台風が直撃した後みたいになっている。





「やっちゃった…」




アスタルテ自身もまさかここまでになるとは思わなかった。

神器を装備していない素手状態だし…




アスタルテが恐る恐る後ろを見ると、全員呆然と立ち尽くしていた。

マギルカも口を開けたまま目をまん丸くしてしまっている。




カヤは目を輝かせており、ノレスは大爆笑していた。





「えっと…マギルカさん?」




この状況をなんとかしてくれ…

そう思ったアスタルテがマギルカに声をかける。

それを聞いてハッと我に帰ったマギルカが声を上げる。




「え、え~皆さん?これがアスタルテさんの実力なのですが…えー、異議のある者はいらっしゃいますでしょうか…?」




もはや異議とかそういうレベルではなく、皆が沈黙するのだった─────

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