カンの町、堕つ




「かーっ!やっぱ麦酒はうめえな!」

「……ゼル…おじさんみたい…」

「んだとぉ?コトハ、もっぺん言ってみやがれ!」




アスタルテ達はギルドの酒場に来ていた。




ダンジョンの調査から二週間。

ダンジョンは今もなお封鎖されており、休日を満喫していたアスタルテ達も流石に参っていた。

例えるならば、普段仕事詰めで休みが欲しいと思ってたのに、いざ長期休暇を貰ったら落ち着かなくて仕事がしたくなるような感じである。





そこで、ギルドに進捗を聞きに行くのも兼ねて酒場で晩ご飯を食べないかとレーネさんが提案したのだ。




ガヤガヤと騒いでいるゼルさんとコトハさんを横目に、アスタルテはチリアの方を見た。

初めて飲むお酒と見たこともない料理を前に、チリアはレシピを盗もうと食べてはメモを取り、また食べてはメモを取っていた。




それを見てノレスが料理名や味付けの調味料などをメモに付け足していた。





(ノレスをチリアに付けた時はどうなるかとヒヤヒヤしていたけど、思っていた以上に上手くいっていて良かった…)




アスタルテは火酒をごくりと飲む。




やはりこの身体は何を飲んでも酔わないみたいなので、一番喉に来る火酒がアスタルテのお気に入りだ。





(それにしても、この身体はどうなってるんだろう…)

アスタルテは疑問に思っていた。




酒には酔わないし、睡眠を一切取らなくても何も問題は無く、食べ物はいくら食べても満腹にはならないし、食べたところで体型が変わることもない。





そしてなにより─────





排泄しないのだ。





まぁその……つまり、トイレが不要なのである。





アスタルテはステータス画面を呼び出し、1つのスキルに注目する。





《消化効率 ▽食べ物は即座にエネルギーに変化し、余すことなく吸収される。》





(これのせい…なのかなぁ…)




アスタルテは机に突っ伏す。

普段は気にならないのだが、いざ考え始めると気味が悪い。




なぜなら、生命体としておかしいからだ。

まるで人工知能を搭載したロボットのようである。





だが、以前ノレスに聞いたところ、ある一定以上の魔族はそれに近いそうだ。

ノレスもどうやらトイレは必要ないそうで、睡眠も数週間なら取らなくても問題はなく、食べ物も数ヶ月取らなくても生きれるという。




ただお酒に関しては体質によるらしい。





「そもそも魔神って他にいるのかな…」





アスタルテが考えていたその時、ギルドの扉が乱暴に開かれ、ボロボロの男が飛び込んでくる。




「なんだ?ありゃ」

「なんだなんだ?」




周りで飲んでいた人達もそれをみてざわざわする。





次の瞬間、男の放った言葉に酒場の時が止まる。





「カンの……カンの町が、大量の魔物に襲われて火に包まれてる!!」





シン…と静まり返ったギルドに、飲んでいた一人の男が言葉を放った。




「お、おいおい、冗談にしても不謹慎すぎるぜ…酒が不味くなっちまうだろ」





それを聞いて他の人達も喋り始める。

「そうだぞ、お前酔ってんのか?」

「魔物に襲われるったって、村ならまだしもあそこは町だぜ?ギルドの中継所があるじゃねえか」

「だな、ここほどの規模じゃないにしろ、それなりの冒険者があそこにいるしな」





先程まで静かだったギルドに笑い声が響き始める。





「本当なんだッ!!俺はこの目で見たんだ!!」





─────しかし、男のあまりの迫力に、ギルドはまた静かになる。





静寂の中、男に一人の人影が近づいた。





「ねえ、詳しく話して」




それはアスタルテだった。





「え、えと、その」

アスタルテの周りに漂うただならぬオーラに男は言葉に詰まる。




「早く話してっ!」

「は、はい!」




アスタルテに胸ぐらを掴まれ、男はビクっと跳ねた。




「アスタルテ君、一体どうしたんだい…?」

ただならぬアスタルテの気配に、レーネが言葉をかける。




「カンの町には、レニーがいるんです!」

「そうか…あの子の町…」




レニーとは、この世界に来て一番最初に出会った人で、神器であるガントレットをくれた人でもある。

そしてなにより、アスタルテの大切な友達であり……恩人だ。





「え、えっと、俺は商人でカンの町に物資を運びに行ってたんだ」

男は、混乱しながらも話し始めた。




「カンの町にあと少しで着くって時、やけに町が明るくて騒がしいって思ったんだ。」

小刻みに震えながらも、男は続ける。

「最初は、祭りでもやってんのかと思った。でも祭りをやるなんて聞いてないし、なによりも…」

「なによりも、どうしたんだ?」




言葉に詰まる男に、レーネが続きを促す。




「祭りの賑やかな声じゃなくて…悲鳴が聞こえてきて…門番もいないし、とりあえず町を覗いたんだ」

男はより一層震えだしたが、深呼吸して続きを語った。




「そこにあったのは……地獄だった…」

「……地獄…?」

男はコトハが持ってきた水を受け取り、一気に飲み干す。




「家は燃やされ…物は略奪され、男は殺されて…女は嬲られ蹂躙されていた」

「なんだよそりゃ…」

最初は信じていなかった酒場の人達も、流石に嘘じゃないと冷や汗を垂らす。




「こ、子供達は!?」

「何故か…広場に集められていた…」

「ふむ…纏めて連れ去ろうとしていたのか…?」

「そしたら…やつらに見つかって、必死で逃げたんだが追いつかれちまって…なんとか積荷を囮にここまできたんだ…」





「逃げた…?」

男の胸ぐらをアスタルテが再び掴む。

「なんで逃げた!?目の前でその状況を見て、どうして逃げたんだよ!町の人が…レニーが…酷い目にあっているのに!!」

「お、落ち着け!アスタルテ君!」




レーネに肩を掴まれ、アスタルテは我に返る。




「この人は商人だ、我々冒険者と違い、戦う術をもっていない。それに、いち早くギルドに知らせに来ただろう?もしこの男がいなかったら、明日になるまで知らせが無かった可能性もある。そうすれば…状況はより深刻な事になっていただろう」

「…ッ!す…すみません…でした…」

「君の気持ちは分かる。でも、今ならまだ間に合うかもしれない、冷静になるんだ」

「…はい」




レーネは男に向き直ると、質問をする。




「魔物の特徴とか分かる?どんな大きさだったとか…色とか…」

「え、えと…多くはゴブリンだったんだが…見たことがない種類だったんだ」

「ゴブリン?それなら町の冒険者が倒されるなんて事は…」

「なんて言えばいいのか分からないんだが、とにかく異常だった…大きさも見た目も普通のゴブリンなんだが…肌が茶色く濁っていて…」




それを聞いて酒場にいた全員の身体に衝撃が走る。

「まさか…変異種…!」




「か、数はどれくらいだった!?」

「分からない…でも、100以上は間違いない」

「まさか…」




アスタルテには身に覚えがあった。

同時期に複数のダンジョンで魔物が活発している事。

ゴブリンの変異種、そしてそのおびただしい沸き量に─────





「まさか、カンの町のダンジョンから出てきたのか!」

「……あの強さが…100体以上なら…冒険者でも…厳しい…」




状況を知ったレーネは立ち上がる。

「ゼル!コトハ!すぐに出発するぞ、道具の準備と馬車の手配を頼む!私はギルド長の所に行ってくる!」

「レーネさん!私、一足先に行ってきます!」

「お、おい!アスタルテ君!?」




レーネが言い終わる頃には、アスタルテはその場から消えていた。




まるで、したかのように─────





すると、座っていたノレスが立ち上がる。

「ノレス…?」

「すまぬな、我も先に行く」

「しかし」

「先に行くと言っておる。良いな?」




ノレスから発せられる殺気に、レーネは思わず冷や汗を浮かべる。

「レニーとは少々仲が良くてのう。チリア、お主は家に戻るんじゃ」




そう言うと、ノレスは姿を消した。




ハッとレーネは我に返ると、急いでギルド長の部屋へ向かうのだった─────


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