全身全霊の戦い





─────今目の前にいる者…間違いない、魔王だ。





いやしかし、この世界に来てから魔人には会ったものの、純粋な悪魔にはまだ会っていないのでもしかしたら違う可能性もあるが、だとしても尋常じゃなく強い…





アスタルテは前世も含め、初めて心の底からやばいと思った。

心臓はバクバクと鳴り、脳からは危険だと知らせるシグナルが絶え間なく送られてくる。

乾燥した咽喉のどに唾液を押しやり、一言呟く。





「あんた、何者だ…?」





それを聞いた相手は ふむ と短く呟き顎に手をやると、言葉を続ける。




「人に物事を尋ねるときはまず自分からだと思うんじゃがのう?貴様、魔人じゃろう?しかもただの魔人とは違うようじゃな」





そう言ってこちらを睨むと、ゆっくりと近づく。

そして目の前まで来るとアスタルテを見下ろした。

アスタルテの二倍まではいかないが、背がかなり高くそれも相まって相当圧があった。





「名前はアスタルテ、仮冒険者をやってる」




相手を見上げて名乗る。





「我の名はノレス。魔族の頂点にして王なり」





それを聞いたアスタルテはドキッとする。





やはりこいつは魔王ノレスだ─────





だが、転生前にキヤナに聞いた話によると別に人間に敵意を持っている訳ではないらしい。

それは魔人に対してもきっと同じだろう。

だとすると、疑問が一つ浮かび上がる。





「私に一体なんの用だ?」




「我はこの世界で最も強い。故に退屈でな、力を感じたからここに来たのだ」

ノレスは小さく嗤う。

「貴様なら我を楽しませることができるであろう。なぁに、殺しはせん」




「……戦わないという選択肢は?」

アスタルテが睨みそう言うと、ノレスは目を大きく開いてにやける。

その表情は狂気的であり、とても応じてくれるとは思えなかった。




「我は我が儘でな、気に食わなかったら殺してしまうやもしれぬぞ?」





─────そう言った瞬間、アスタルテは危険を感じて後ろに飛ぶ。





見ると、アスタルテがいた場所には槍のようなものが深く刺さっていた─────





(やるしかない…!!)

アスタルテは覚悟を決め、ノレスに状態確認ステータスチェックをかける。

すると、そこには驚愕の数値が刻まれていた─────







○●○●○●○●○●○●○●○●



✩名前 - ノレス -

適正冒険者ランク - 討伐不可 -



✩Lv - 90 -



✩ステータス

HP(体力) - 1070/1070 -

MP(魔力) - 910/910 -

STR(物理攻撃力) - 420 -

INT(魔法攻撃力) - 750 -

DEF(物理防御力) - 610 -

RES(魔法防御力) - 700 -

AGI(素早さ) - 320 -



✩備考

魔族の支配者であり王。

その力は絶対的であり、この世界を破壊することすらたやすい。





○●○●○●○●○●○●○●○●








それを見たアスタルテは絶句した─────





なぜなら、自身のステータスをも凌駕していたからだ。





正直、自分のステータスを超える者はいないと思っていた。

この世界にそう多くないSランク冒険者ですら自分の5分の1ほどだったし、魔王もせいぜい自分の半分程度だと思っていた。





だが、そう甘くはなかった。

現に目の前にいる魔王ノレスは自身のステータスを超えている。

これまでの戦闘経験を入れたらそのステータスには更に倍率がかかるだろう。




勝てる可能性は絶望的と言っても過言ではない─────





だが同時にアスタルテは興奮していた。





ついに自分が全力で戦える相手が現れたと……!




─────それは未だにゲーム感があるからなのか、はたまた恐怖からの開き直りだったのかは分からない。





「うおおおぉぉ!!」

アスタルテはブーツに魔力を流し、一気にノレスの間合いに入る。

いくらノレスの素早さが高いといえども、ブーツの加速を超えることはできない。




「……!?」

流石にこれには驚いたのか、ノレスは一瞬怯む…!




「うおりゃあぁぁ!」

アスタルテは拳を振り下ろすタイミングに合わせてガントレットに魔力を流し、光速にも達する拳の雨を降らせる!





「あっはっはっは!良いぞ、期待以上じゃ!」

だが、ノレスは尋常ではないスピードでほとんどを回避してしまい、数発かすった程度で手応えを感じることはなかった。

しかも、ノレスは笑う余裕すらあるほどだ。





「では今度は我からいくとするかのう?」

ノレスは言い終わると同時に姿を消す。




(こういう時の定番は上か後ろ…!)

そう思ったアスタルテは横に跳ぶ─────




「残念、外れじゃ」

しかし飛んだ先にノレスがおり、脇腹に蹴りがクリーンヒットする…!




「く…ぁ……!」

蹴られた衝撃で呼吸ができず、アスタルテはそのまま吹き飛び壁に衝突した。

ノレスの一撃はアスタルテに確実なダメージを与えた。





「これは…いってぇ…」

脇腹を抑えつつなんとか立ち上がる。

なにかないか、ノレスに一撃入れる一手は…

そこで、アスタルテは一つ思いつく。

そうだ、まだを見せていないではないか!

体に鞭を打ち、再びノレスの間合いへ入る!

そして先ほどと同じくガントレットに魔力を流し込み、拳を振り下ろす…!





「……?」

ノレスは疑問を浮かべた。

なぜなら、拳が目の前で止まったからである。

しかも、その手は握られた拳ではなく、─────





(フレイムっ!!)





アスタルテは無詠唱で手から絶対零度の炎を放つ!

パンチではなく魔法、さらには無詠唱だということに気づいた頃にはノレスの体は炎に包まれていた。





(チャンスは今しかない…!!)

そして休むことなくその身体に拳の雨を降らせる!!

「おりゃああぁ!!これで、終わりだぁぁ!」

最後にガントレットにありったけの魔力を流し込み、渾身の右ストレートをぶつける!





渾身の一撃が命中し、ノレスは壁まで吹き飛ぶ。

右ストレートの勢いが強すぎてそのまま転んだアスタルテだったが、すぐさま立ち上がり、両手を前方に構える。

(こういう時に、やったか!?なんてフラグを立てるようなことはしないからな!)





「フレイムレーザー!!」




現状覚えている一番威力のあるだろう魔法スキルを唱えると、アスタルテの足元、頭上、突き出した両手の前にいくつもの層になった魔法陣が浮かび上がり、やがて両手の魔法陣から極太のレーザーが放たれた!




そのレーザーは青白い色をしており、縦横10メートル程の太さだった。




(これ、前が何も見えねえ!!)

アスタルテは今どういう状況なのかが理解できず、とりあえず放ち続ける。

かめはめ波とかマスタースパーク撃ってる人達ってこんな気持ちなのだろうか。





─────ドスッ!





呑気なことを考えていたアスタルテの背中に謎の衝撃が走る。

「は…?」

下を見ると、お腹からなにやら尖った棒のような物が突き出ていた。





─────それは、ノレスが最初に放った槍だった。





痛みを認識したアスタルテは力が入らなくなりそのまま膝をつく。





「まさか、これほど…とはな…」

声に気付き前を見ると、身体の三分の一程が凍りつき、ボロボロになったノレスが現れた。

ノレスが前に手をかざすと、槍はアスタルテの身体を貫きノレスの手に戻る。

貫かれた腹からは止めどなく血が溢れてきており、そのままアスタルテは床に倒れた。




「これは…悪魔と……神の混血ではないか」

槍に付いた血を舐めると、驚いた声でそう言う。

そして、足を引きずってアスタルテの前まで来る。





(もう、駄目だ…反撃する力なんて残ってない…)

細く呼吸するアスタルテが咳をすると、口から血が出てきた。

あはは…本当にこういう時って口から血が出るんだな…

まるで他人事のようにだったアスタルテだったが、ここで一つ思い出した。





─────覚醒。





(そうだ、確かこういう時しか発動できなかったスキルがある…)

イチかバチか、やるしかない…!

アスタルテがそう思い発動させようとした瞬間、目の前に小瓶が落ちてきた。




訳が分からず混乱していると、ノレスが告げる。




「回復ポーションじゃ、飲め」

自分の分のポーションを取出して飲みながらノレスはそう言う。

「我は別に殺し合いを望んでいた訳ではないからの」

ポーションを飲み終わったノレスの身体はみるみるうちに回復していった。





アスタルテも飲もうと思い手を伸ばそうとするが、身体は微動だにしなかった。

「仕方ないのう、ほれ」

ノレスがアスタルテを抱え、ポーションを口に流し込む。

だが、ポーションは口に溜まっていくばかりで、飲み込むことができない…




その様子を見たノレスは困った様な顔になる。

「す、少しやり過ぎたかのう…しかしアレを止めんと我も死んでいたろうし…」

ノレスは考え込む。

「あれをやるか…?しかし、あれは…じゃが、この者ならば我にふさわしいじゃろう…」

なにやらもごもごしていたノレスだったが、ポーションを口に含むとアスタルテに顔を近づける。





そのまま口移しでアスタルテに飲ませた。

自力では飲み込めないアスタルテだったが、ノレスの舌がポーションを喉奥まで押し込み、そのまま胃に入る。

少量ずつしか飲み込めなかったが、数回にも分けて口移しをし、お腹の傷も塞がるところまで来た。





「では、我は行くとしよう」

なんとか立ち上がるくらいまで回復したアスタルテの頭を撫でると、空間が歪みノレスは消えた。

見ると、そこはカンの町の入口だった。

昼過ぎにダンジョンに入ったはずだったのに、もう日も落ちかけていて辺りは暗くなっていた。





「魔王ノレス…とんでもない強さだったな…」

アスタルテが町に戻ろうとすると、横から冷気を感じた。

ふとそこを見ると、ダンジョンの最下層で倒したドラゴンが凍りついて倒れていた。

(なんでこいつも一緒に送られてきたんだ…?)




疑問を感じつつもアイテム収納でしまい、鑑定してもらおうとギルド中継所に向かう。




その後、氷漬けのドラゴンまるまる一匹を持ってきたとして多少騒ぎにはなったものの、無事お金を入手することに成功した。

鑑定結果は金貨4枚だったのだが、これはどうなんだろうか…

たった4枚だと少なく感じるのだが、とりあえずレニーに渡そう。






「あっ、アスタルテさんお帰りなさいっ!」

お店に戻ってくると、こちらに気づいたレニーがぱたぱたと駆け寄ってきた。

「ただいま、ごめんね2日も泊めてもらっちゃって…これ、少ないけど宿代稼いできたから」

レニーはアスタルテに渡された金貨4枚を見てギョッとする。




「こここ、こんなに頂けないですよっ!?」




レニーは慌てて返そうとする。




「いやいや、レニーには色々お世話になったし…受け取ってもらえないかな?」

金貨4枚ってそんなに多いのだろうか?

そう思いつつも返却を拒否する。

「えぇっ!?で、でも…うぅ、分かりました…」

そう言って渋々レニーは受け取ってくれた。





その後はご飯を食べて体力を回復し、お風呂に入って汗を流した。

ちなみにレニーはまた一緒に入ろうとしていたのでなんとか阻止した。




しかし、ベッドが1つしかない以上一緒に寝るのは避けられなかった。

また襲われないかと警戒したアスタルテだったが、疲れからか横になると一瞬で意識を手放したのであった─────











▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲











─────チュンチュン……





窓の外から小鳥のさえずりが聞こえ、アスタルテは息苦しさも相まって目を覚ます。

背中にはレニーが抱きついているのか締めつけられているし、顔には胸のような柔らかいなにかで挟まれている。





─────ん?背中に抱きつかれているんだったら、顔に当たっているこれはなんなんだ…?





目をこすって開けると、そこには青白い何かがあった。

何事かとその何かの上に視線をずらすと、そこには黒髪ロングで渦巻く角の生えた顔があった。




「おや?目が覚めたかえ?アスタルテ…寝ぼけた顔もかわええのう」

そう言って頭を撫でてきた。




(なんか見覚えがあるような…)

寝ぼけているアスタルテは、目の前の人物が何者か思い出そうとする。

やがて答えが出てくると、ベッドから跳ね起きて距離を取る。




「んぎゃっ!」

その勢いでしがみついていたレニーがベッドから落下したが、今はそれどころではない。




「なな、なんでここにいる!?魔王ノレス!」






─────騒がしい朝が始まるのであった。






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