第1話 現状確認

 「測定不能の魔滅騎士アンカウント・シュヴァリエ」とは、とある大御所ライトノベルレーベルから出版され、歴代最高の売り上げを叩き出したライトノベルシリーズである。


 ジャンルは現代ファンタジー。

 舞台は、突如〈魔界〉と呼称される世界と現実世界が繋がってしまい、そこから出現する〈魔界獣〉や採取できる常識外の素材などで様々なことが一変した世界。

 〈魔界獣〉の討伐を担う〈魔滅騎士〉を志す少年、千本木宗弥が、養成学校に入学したところから物語は始まり、多くの仲間達と共に切磋琢磨しながら成長し、多種多様な強敵たちを撃破しながら〈魔界〉の謎に迫っていく、というストーリーだ。


 ヒロインが複数人登場するハーレム物で、その魅力的なキャラ達も売れた要因と言われている。

 俺も愛読していたこのシリーズだが、全20巻でつい先月完結したばっかりだ。

 最終巻が発売された時は、名残惜しくも、読み続けたシリーズが大団円で終わったのが無性に嬉しかったな……。


 っと、今それは関係ないな。

 重要なのは、このシリーズの内数冊、具体的には4巻、7巻、13巻には、その巻限りのゲストヒロインが登場するということだ。


 それらの中で一番最初の4巻に登場するゲストヒロイン”リンファ”は、ゲストヒロインであるのに関わらず、シリーズ通しても各段に人気の高いキャラだ。


 その理由は、である。

 読者からすれば、中盤まで順調に立てられていくフラグから新しいヒロインの登場と思われていたのに、終盤での急展開により主人公を庇って死んでしまった、という演出に驚き、心をがっちり掴まれてしまった。

 それのおかげで、シリーズ終了まで根強く読者の人気を得ているのだ。

 

 ……そして何故か、今の俺はその姿になってしまっていた。



 □□□



「着いたわ」


 現状を理解するため、「測定不能の魔滅騎士」の概要を思い出していた俺に横から声が掛けられ、思考に沈んでいた意識が現実に引き戻される。


 声をかけてきたのは、先程主任と呼ばれていた女性の科学者。

 カプセルから出された俺は、この女性の先導でどこかへと連れられていた。

 その目的地が恐らくここなのだろう。

 目の前にあるのは、金属製の何の変哲もない扉だ。


「それじゃあ、あなたはここにいてね」

「……ん」


 女性の扉を開けながらかけられた声に、一応の肯定をする。

 まだ何も分かっていないこの状況では、逃走しようとしても確実に失敗するだろうから、とりあえずは従順な態度でいることにする。それになにより、逆らおうとしても無駄だろうから。


 扉の中は、こじんまりとした部屋だった。ベッドにテーブル、タンスや鏡など、簡素ではあるが生活に必要な物が一通り置かれている。

 そんなことを確認しながら俺が扉の中に入ると、女性は扉を閉め、コツコツと足音を立てて去っていく。

 ……鍵も掛けずに行くとか、不用心過ぎないだろうか。俺が逃げるとか考えないのか?

 ……考えないんだろうな。なにせ、俺にはのだから。


 ドアノブに手をかけ、扉を開ける。

 そうして扉から出ようとして……身体が固まった。

 どれだけ意思を込めても、脚が動かず、前に進めない。それは、先程勝手にカプセルから出たのと酷似していた。


「……はぁ」


 諦めて後ろに下がろうとすると、今度は固まることなく身体が動く。

 この不可解な現象だが、原作を読み込んだ俺はそれが何か知っている。


 ”リンファ”は、『RIN-H』計画により造られた人造少女だ。

 『RIN-H』計画――その大本の『RIN』計画とは、とある組織にて、「飼いならすこと自体は可能だが特殊な手段が必要になる上に、一定以上強力な個体を飼いならせない〈魔界獣〉を、本能から自分達に付き従うことを刻み込みつつ作り出せば、強力で従順な超戦力を手に入れられるのではないか?」という発想から始動した計画である。


 『RIN-H』計画はそれから派生した、人間と〈魔界獣〉の素材を掛け合わせることで、人の理性・知性と〈魔界獣〉の能力を合わせ持った存在を造り出そうとするモノであり、その成功例は初登場の4巻時点ではリンファ一体しかいない。


 当然、リンファの本能にも命令系統が定着している。

 だからこそ、「カプセルから出ろ」と言われれば出るし、「ここに居ろ」と言われれば、そこからいなくなることはできない。

 

 これは俺がリンファだと仮定した場合の話だが、恐らく間違いない。

 ちらりと、部屋に備え付けられている鏡を――正確には、そこに映った自分の姿を見る。


 150cmもない小柄な身長に、凹凸の少ないスレンダーな体躯。白銀のメッシュが入った黒髪が腰まで伸び、瞳は黄金に輝いている。顔の造形は非常に整っているが、無表情から動かないせいで、冷たい印象を受ける。


 二次元、三次元の違いこそあるが、その姿は原作の挿絵やコミカライズ、アニメで見たリンファの姿とほぼ同じだ。

 その上、科学者(推定)に造られ、そいつらから逆らえず勝手に身体が動くとなれば、これはもう確定だろう。


 ……あ、そういえば。

 ふと思い立ち、喜怒哀楽の表情を表そうとしてみるが……表情筋が思うように動かず、上手く表情を作ることができない。

 確か、原作でもこんな設定あったな……。

 こんなところまでそのままなことに、思わず内心で苦笑をこぼしてしまう。


 さて、現状確認は出来た。ならば、今度考えるべきは「これからどうするか」だ。

 今後、原作の通りに話が進むとしたら、俺に待っているのは、俺を造った組織の奴隷として、【魔界獣】や組織に敵対する人間たちを殺し続ける日々。

 しかし、この未来は簡単に許容することはできない。【魔界獣】ならばともかく、人を殺めたりはしたくない。


 ならば逃げるか?

 却下。命令に逆らえないのならば、逃げ切れる可能性は低い。下手に逃げ出そうとしたら、酷い目に合わされるかもしれない。


 ……原作の通りだとしたら、組織の奴隷としての日々を5年過ごした後、急成長する主人公を殺そうと、リンファは刺客として送り込まれる。

 そうして何度かの交戦の後、主人公たちに敗れ、捕虜とされてしまう。

 そこで主人公たちに絆され、主人公サイドに行くフラグを立てていくのだが、終盤で組織の幹部が登場し、例の命令系統のせいで強制的に敵対してしまう。しかし、理性が反抗していたせいで動きが精彩を欠き、焦れた幹部が必殺兵器を取り出し自分の手で主人公を殺そうとする。


 だが、科学者の主任――要するに先程の女性――が温情でかけたで命令系統を解除し、主人公を庇って死んでしまう、という流れになるはずだ。


 ……だったら、最初の五年間は妥協しよう。

 絶対に苦しい時間になるが、将来、恒久的な自由を得るための必要経費と割り切る。

 そこを耐え、刺客として主人公と対峙し、原作通りに捕虜となる。

 原作のそのシーンは覚えているし、俺がそこに誘導すれば恐らく成功するだろう。


 ここまでは原作を再現する。だが、ここからは改変していく。

 そのまま原作と同じになってしまえば、俺が死ぬのは確実だが、俺は死にたくないからな。

 最後のシーンになるまでに、命令系統解除の仕組みを発動させ、万全の状態で主人公たちと共に幹部を撃退する。

 そうすれば、晴れて俺は自由の身だ。

 その仕組みを今の俺が使えるかは正直分の悪い賭けだが……それぐらいしか方法はないだろう。

 よし!生き残り自由の身になるため、頑張っていこうか!


 

 


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死亡確定ゲストヒロインに転生しました~未来を変えたくて頑張っていたら主人公にガチ恋してしまった~ 尾惹 甜馬 @akatuki357

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