月光
六木八兵衛
月光
窓際に一か所、においのする床がある。それを僕は知っている。
30分の散歩は僕の日課だ。
11月も半ばになると夜は冷える。部活を終えて予備校に行くと、帰宅は22時を回る。スウェットに着替えて、僕は散歩に出かける。玄関を出て石畳を歩き、門をくぐると家の前の坂を登る。坂に街灯は少なく、暗い。坂の上の公園の奥には夏も冬も葉をつけている一本の白樫の木があって、その向こうは崖だった。
木の上からは、町が見渡せる。その木に登って僕が見るのは、町とは逆にある自分の家だった。月の光が家を照らしている。
2階のカーテンが動いた。ベランダに出られる、大きな窓のところのカーテンだ。そこは、父にあたる人がよく本を読んでいた場所だったと聞いている。特に月の出た夜は、ずっとそこにいて月の光を感じながら読書に耽ったのだという。
部屋は暗いが、今日は満月だった。カーテンと窓の隙間に挟まれて、人が服を脱いでいる。月の光が肌を白くさしている。僕は白樺の葉の隙間からそれを見ている。
規則正しくカーテンは動く。太い枝に肩を挟まれながら、葉の隙間から、僕はそれを見ている。ズボンから一物を出してしごく。細い月の光が、風が吹くたびに僕の肌を刺す。
透明な窓の一部が、曇ってきた。片手と頭が窓に押し付けられ、震えている。白い月の光が震えている。
僕は息を整えて、木を降りる。家に帰ると、風呂場からシャワーの音が聞こえた。僕は二階に上がる。電気もつけずにさっきまで見ていた窓のところに行き、床の少し湿った部分のにおいを、鼻いっぱいに吸い込むのだ。
月光 六木八兵衛 @rokkihachibe
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