二人の未来(6)

 八月十三日のお昼頃。

 私、佐藤柚子は今住んでいるマンションから故郷に帰ってきた。


「何となくこっちの方が暑くない気がする……?」


 私が高校卒業まで住んでいたこの街は比較的田舎で、少し山を登ったところにあるので下の方より涼しいのだろうか。

 市内までは電車で来れるので、家の近くまではバスを使うことになる。


(中学や高校のみんなも帰ってきてたりするのかな。誰かいるなら会いたいな)


 そんなことを考えていると、三十分に一本しかないバスが私の待つバス停にやってきた。




「おかえり。早かったのね」


 玄関で出迎えてくれたお母さんは、年末に帰省したときとほとんど変わらず元気そうだった。


「お昼まだ? 素麺茹でるけど食べる?」


「うん、食べたい」


 娘がたまに顔を出すたびにおいしいご飯を作ってくれる母親の存在はとてもありがたい。一人暮らしだと毎回自分で用意しなければならないので、特に疲れている日は実家に帰れたらなと思う。

 二階にある自分の部屋に荷物を置いてから一階に戻ると、キッチンにはお母さん、そしてダイニングのテーブルにはお父さんがいた。

 そう、この人が私のお母さんの再婚相手の純也さん。お母さんは私がかなり小さい頃に離婚し、実家に帰って再就職した先でお父さんと出会ったらしい。

 といっても二人が再婚したのは私が小学校に入学してすぐだったから、感覚的にはもう本当の父親と同じだと思う。お父さんも優しい人で、私のことを自分の本当の娘のように育ててくれた。


「あ、柚子、おかえり」


「ただいま、お父さん」


 テーブルについたらちょうどお母さんが素麺とつゆを持ってきてくれたところだった。付け合わせにトマトときゅうりもある。


「「「いただきます」」」


 お母さんも席に着いてから、三人で手を合わせて食べ始めた。

 普通の素麺のはずなのに、一人で作って食べたときよりおいしく感じるのは何でだろう。


「明日はおじいちゃんの家に集まるからね。今日と明後日は特に何もないから、好きにしてね」


「うん」


(あっ、明後日は優くんが来る日……)


「お母さん、お父さん、明後日って何か予定ある?」


 一応訊いてみると、二人は少し不思議そうな顔をした。


「私は特にないよ」


「俺もだけど、どうかしたの?」


 このタイミングで切り出そうかと思ったけれど、両親が二人揃っているとなかなか言いづらい。


「あ、ううん、何でもない……」


(晩ご飯の後とかに、別々に話そう……)


 勇気を出すと優くんと約束したものの、そう簡単にはいかないみたいで、ちょっと申し訳ないなと思った。




 夕食はお母さん特製の唐揚げだった。お父さんとお母さんはテレビでバラエティー番組を見て談笑していたけれど、私は正直それどころではなく、ご飯もあまり食べられなかった。

 食べ終わった後、お父さんは仕事があるらしく早々に自分の部屋に戻って行った。お父さんは商社に勤めていて、時々家に仕事を持ち帰っているらしい。お母さんは家族三人分の食器を洗ってくれている。

 お母さんに言うなら今だなと思い、ダイニングから声をかけた。


「お母さん」


「なあに?」


「あのね……、お母さんに、会わせたい人がいるの」


「あら……」


 お母さんは一瞬洗い物をする手を止めて、ちらっと私を見た。


「柚子ももうそんな年なのね」


 そんな風にしみじみと言われたせいで、勝手に顔が熱くなってきた。


「もしかして、だいぶ前から付き合ってる人?」


「そうだよ。もう三年ぐらいになるかな」


 お母さんとこういう話をするのは本当に初めてだ。何となく気恥ずかしくてお母さんの顔を見られない。


「どんな人?」


「えっと、同じ会社の人で、一つ年上だけど同期なんだ。鷹尾優くんっていうんだけど——」


 ガタン、と茶碗か何かがシンクに落ちる音。

 お母さんの手は完全に止まっていた。


「たかお……ゆう……?」


「お母さん?」


 ただ事ではない雰囲気に、何かがおかしいと気づく。


「……その人のお父さんは、何て名前?」


 そう尋ねたお母さんの声はなぜか震えていて不思議に思ったけれど、私はスマホを取り出した。


「ちょっと訊いてみるね」


(何で急にそんなこと訊くんだろう?)


 メッセージアプリで質問を送ると、すぐに既読がついて返信が来た。


『康太だけど、どうかした?』


 暇なのかな、と思ってふふっと笑ってからお母さんに伝えた。


「康太さん、だって」


「……」


 言葉を失ってしまったお母さんの様子を見て、私は言いようのない程の不安に襲われた。


「ねえ、お母さん、どうしたの……?」


「嘘でしょ、そんな偶然……」


 目を見開いて呟いたお母さんの顔はとても青白く、さらに不安を掻き立てられる。


「ねえ、何かあったの?」


 私は耐えきれなくなって席を立った。


「柚子……」


 お母さんは意を決したように、ゆっくりと口を開いた。


「その鷹尾康太って人は、私の元夫。だから鷹尾優は私たちの息子で——」


——あなたの実のお兄さん。

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