二人の未来(4)

 花火の時間が近づくと、これまた例年のように花火が見やすい場所まで歩いた。

 ただ、今年はいつもよりさらに打ち上げ場所や露店の方から離れ、人がかなり少ないところまで柚子を連れて行った。

 なぜかというと、どうしても今日、柚子に伝えたいことがあるからだ。


「疲れてない?」


「うん、大丈夫だよ」


「ここに座って見ようか」


「そうだね」


 堤防の上に二人で腰かけて、静かな海をしばらく眺める。

 スマホで時間を確認すると、打ち上げ時間まで十五分弱残っている。

 頭の中で何度もシミュレーションしてきた。言うなら今しかない。腹を括れ、自分。


「あのさ、柚子」


「ん?」


 軽く微笑んで首を傾げる柚子を見て、言葉が迷子になりそうになった。

 ああ、だめだ。すごく緊張する。声が震えそうだ。こんなに緊張するのはいつぶりだろう。


(こんなんじゃ、だめだな)


 こんなときくらいかっこつけろよ。

 心の中でふっと笑い、ゆっくりと深呼吸をした。


「俺は、こうして二人でいられる今がすごく幸せなんだ。それで、こんな幸せな毎日がずっと続いてほしいって思ってる。それで、柚子にはずっと笑っててほしい。俺がお前のこと、幸せにしたい」


「……」


「お前はまだ、早いと思ってるかもしれないけど……それならそれで、お前の心の準備ができるまで待ってるから——」


 そっと懐に忍ばせていた白い小さなケースを取り出した。


「――俺と、結婚してくれませんか」


「――!」


 柚子は驚いて目を見張り——その目に透明な雫が溢れ出す。


(えっと、まだ早かったか? 伝えるタイミング間違えた?)


 それとも、失敗したのか……?

 彼女の予想外の反応に軽くパニックを起こしかけて、慌てて口を開く。


「ごめん、突然こんなこと言って、困らせた——」


「違うの、そうじゃないの」


「えっ……?」


 柚子は涙を懸命に堪えていた。


「すっごく、うれしいの。うれしすぎて……」


 柚子の声も震えていた。それでも伝えようと言葉を紡いでくれた。


「こんな私を愛してくれて、ありがとう。あなたのことが、今も、これから先も、ずっと大好きです。……私を、優くんのお嫁さんにしてください」


「っ——!」


 もう我慢できなかった。衝動の赴くままに柚子を強く強く抱き締めた。


「よかった……ありがとう……」


 俺、今、ここにいる人たちの中で一番幸せだ……と呟くと、


「私なんか、世界で一番幸せ」


 そう言って俺を強く抱き締め返してくれた。

 柚子が頭を寄せた肩口に、温かい感触。頭を優しく撫でると、柚子は我慢するのをやめて泣き出した。

 俺は柚子が落ち着くようにと柔らかな髪に触れ続ける。


(もうそろそろかな——)


 そう思ったとき、ちょうど海の方向から音が聞こえ——夜空に光が弾けた。


「ほら、始まったよ」


「ん……」


 やっと顔を上げた柚子と一緒に空を見上げた。

 都合がいいかもしれないが、今日の花火は俺たちのことを祝福してくれているようで、今までで一番だと思った去年よりもさらに綺麗だと感じられた。

 花火に見惚れる柚子にもう一度ケースを差し出し、蓋を開ける。


「これ、つけてもいい?」


「わあ……! これ、私に?」


「……決まってんだろ」


 ダイヤが一粒ついたシルバーの華奢なリングを慎重に手に取り、柚子の左手をとる。


「改めて……一生幸せにするから、俺のお嫁さんになってください!」


「はい……!」


 そっと指輪を薬指に滑らせると、まるで最初から柚子の指に合わせて作られたようにぴったりと納まった。

 涙が滲んだ目で微笑んだ柚子は、今まで見てきた中で一番綺麗だった。

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