二人の未来(3)

 さて、今年も途轍もなく忙しい七月を終え、八月を迎えた。

 今年は去年よりも猛暑日が続いているそうだ。そんなニュースを聞くと空調の効いた部屋から出たくなくなるが、元々そんなことを聞かなくても暑いものは暑い。

 しかしこの夏は、そんなことよりももっと重要で考えるべきことが俺にはあった。

 なぜなら今年の花火大会の日のために、ある計画を立てているからだ。




 今年も海辺の花火大会は八月最初の週末に開催された。

 柚子と来るのももう四回目で、去年までと同じ時間に、同じ場所で待ち合わせをした。

 去年と一つ違うのは、柚子が今までとは別の浴衣を着ていることだ。


「ずっと同じのじゃつまらないでしょ」


 今日のために新調したらしいその浴衣は、白地に濃い青色の花があしらわれた綺麗な柄をしていた。

 正直柚子は何を着ていてもかわいいが、普段見ることのできない浴衣姿は格別で、ずっと眺めていても飽きない。


「写真撮っていい?」


「やだ、恥ずかしい」


「今日の柚子、めちゃくちゃ綺麗だよ」


「っ、そんなこと言ってもだめなんだから!」


 やっぱり写真を撮られるのは苦手みたいだ。ツーショットならたまに一緒に写ってくれるんだけどな。


「ほら、早く行こ? お腹空いちゃった!」


「お前は毎年よく食べるよなあ……」


 そんなところも柚子らしくて、ふっと笑みが零れてしまう。


「じゃあ行くか。はぐれるなよ」


 去年と違って今年は堂々と手を繋げるのが何だかうれしかった。




 いつものように海岸沿いに並んだ露店を見て回り、食べたいものがあれば少しずつ買って、なるべくたくさんの種類のものを二人で分けた。

 売られているものは例年と同じように見えて、でも中には目新しいものもいくつかあった。特に柚子は凍った苺の果肉がふんだんに使われたかき氷に目を奪われ、『あれ食べたい!』と目を輝かせている様子は流行りのスイーツを目の前にした女子高生のようだった。

 いつも思うことだが、会社での柚子とこんな風にはしゃいでいる柚子のギャップはすごい。いつも落ち着いていて仕事のできる柚子は、後輩から慕われ先輩からも一目置かれている存在だ。だから、柚子のこんな一面を知っているのは、この会社では俺だけ。

 些細なことかもしれないが、それだけでうれしくなる俺は、どうしようもないくらい柚子のことが好きでたまらないのだろう。


「優くん、はい!」


 そんなことを考えていたら、いきなり顔の前にスプーンが差し出された。


「うわっ」


「何びっくりしてるの? ほら、溶けちゃうよ」


 そのスプーンの上には真っ赤な苺と、同じく赤いシロップのかかったかき氷が一口分。


「あ、ありがと……」


 ぱくっと口に入れると、ひんやりとした甘酸っぱさが広がった。夜とはいえまだ暑くて火照っていた身体に染み渡るようだ。


「おいしいな」


 まさしく柚子が好きそうなスイーツという感じだ。


「でしょ? ちょっと高いけど、やっぱりそれだけおいしいよね」


 本当は一人で全部食べたかっただろうに、柚子はそのかき氷を俺にたくさん食べさせてくれた。

 さすがに一年も経つと、食べさせてもらうとか間接キスとかでは変に緊張しなくなったが、それでも今日はちょっと特別な感じがして。

 俺たちは多分、氷にかかったシロップよりも甘い時間を過ごした。

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