海辺の誓い
都会の花火大会は露店がとても多い。食べ物の種類がたくさんある上に、例えば同じたこ焼きを売っていても店によって少しずつ違うので、どこで何を買うかなかなか決められなかった。特に柚子は優柔不断なので、頻りにきょろきょろしながら歩いている。
「まずは焼きそばかなあ。でもお好み焼きもいいなあ……」
「どっちも買えば?」
「どっちもは多いよ。太っちゃう」
別にちょっとぐらい太っても気にならないし、かわいいのにな。
「じゃあ俺と分けたらいいじゃん」
「あ、その手があった! 鷹尾くん天才!」
「いや、普通に思いつくだろ」
会場に着いた時点で花火の打ち上げまで一時間程の余裕があったので、俺たちは焼きそばとお好み焼きを分け合い、唐揚げや綿菓子を一人分だけ買って一緒に食べた。さすがにりんご飴とかき氷は一人一つずつにしたけれど。
花火の時間が近づくと、露店で賑わっている部分から少し離れ、花火が見やすい場所に移動した。露店が集まっている場所から海と反対側に歩くと堤防があって、既にそこでスタンバイしている人もいる。俺たちも堤防に上がり、ここなら人もそこまで密集していないし大丈夫だろう、というところで足を止めた。
「足、大丈夫か?」
ここまでかなり歩いているので心配になって訊いてみたが、柚子は大丈夫、と頷いた。
「花火、あと十分くらいだっけ」
腕時計を見ると、十九時五〇分を回っていた。打ち上げは二十時からの予定だ。
「そうだな」
そこで会話が途切れた。少し早めに来すぎたみたいだ。
何を話そうかと若干焦って話題を探していると、柚子が先に喋り始めた。
「あのね、鷹尾くん」
「ん? 何?」
柚子は暗い海の方をじっと見つめていた。
「五月から、いろいろなところに連れてってくれてありがとう。記憶はまだ戻らなくて、申し訳ないんだけど……」
「いやいや、それはお前のせいじゃないだろ。簡単に戻るものでもないだろうし」
「……ありがと」
でもね、と柚子は続けて、俺に身体を向けた。
「私、鷹尾くんと付き合ってたことは思い出せないけど……鷹尾くんのこと、また好きになったよ」
「えっ——」
恥ずかしそうに俺から目を逸らした柚子は、下を向きながら顔の横の髪を耳にかけた。
「あれだけ先輩のこと好きって言ってたのにね、鷹尾くんがいろんなところに一緒に行ってくれて、私のこと真剣に考えてくれたから……いつの間にか惹かれてたんだ」
「……」
そこで柚子は俺の目をまっすぐに見て——ぱっと花火のような笑顔が咲いた。
「私、鷹尾優くんのことが好きです。私と付き合ってくれませんか?」
「――!」
返事をするより先に目が熱くなり、視界がぼやけていった。
「ちょ、鷹尾くん……泣いてるの?」
「ごめん、うれしくて、つい……」
こんなところで泣いてしまうなんて締まらないなと思うのに、なかなか涙が止まってくれない。
ひどい顔を見られたくなくて俯けた頭を、そっと抱きしめられる感覚。
「記憶がなくなったからって急に恋人じゃなくなって、先輩が好きとか言って……たくさん傷つけてごめんね」
俺は彼女の腕の中で小さく頭を振った。
その言葉だけで十分だった。
「うれしい。ありがとう——」
そのとき、ヒューっという音が海の方から聞こえて、一瞬の間の後に大きな破裂音がした。二人で驚いて空を見ると——カラフルな大輪の花が咲き乱れていた。
「花火、始まったな……」
「すごい、きれい……」
先程まで暗かった海は、赤、青、ピンク、黄色、緑など——様々な色に弾ける光に照らされていて、昼間よりもすごく幻想的だった。
柚子とは去年も一昨年も来ているはずなのに、今までで一番綺麗な気がした。
このままずっと、柚子と一緒に眺めていたい。そんな風景だった。
隣にそっと手を伸ばすと、そっと彼女の手が触れる感覚がして、どちらからともなく指を絡めた。
記憶を失ってもまた戻って来てくれるなんて、奇跡みたいだ。
繋いだ手から伝わってくる温もりを感じながら思う。
(今度は絶対に離さない。柚子は俺が守る——)
今の俺たちにはもう言葉なんて必要なくて、ただ目の前の光景に見惚れながら幸せを噛み締めていた。
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