彼女のお願い(1)

「鷹尾くん、お願いがあるの」


 翌日の昼休み、社食に呼び出された俺は柚子と向かい合って昼食をとっていた。ちなみに俺は唐揚げ定食、柚子はきつねうどんを食べている。


「どうしたの?」


「私が鷹尾くんとデートした場所に、もう一度連れて行ってくれない?」


 突然の『お願い』に俺は思わず箸を止めていた。


「何でまた急に?」


 そう尋ねると、柚子も箸を止めた。


「だって、付き合ってた頃と同じ場所に行って、同じことをしたら、何か思い出すんじゃないかなって……」


 彼女はどこか思い詰めたような表情をしているように見えて、心配になる。


「佐藤、お前……無理してない?」


 恐る恐る聞いてみると、柚子はふっと微笑んだ。


「大丈夫だよ。それに私、失恋したばっかりだから、慰めてほしいなー」


 明るく笑う柚子からはもう悲しみの面影は感じられなくて、少し安心する。

 つられて俺も笑顔になった。


「そういうことなら、さっそく週末に出かけようぜ」




 ということで、五月中頃の土曜日。


「お待たせ!」


 県内で一番大きな遊園地の入場ゲートの近くで待っていた俺は、見ていたスマホから顔を上げた。

 そう、この遊園地は、一昨年のゴールデンウィークに柚子と遊びに来た所だ。

 どこに出かけるかを相談したとき、初デートがここだったんだと話すと、柚子が目を輝かせて『行きたい!』と言ったのであっさりと決まったのだ。


「ごめんね、準備してたら遅くなっちゃった」


 時刻は十時ちょうど。待ち合わせの時間ぴったりだ。


「ちょうど今時間になったところだよ」


 今日の彼女の服装は、ふわっとした白のワンピースにジージャン、そしてヒールの低い黒のバレエシューズ。髪は下ろしていた。

 今日も相変わらずかわいいなあ、という感想は胸にしまっておく。


「じゃあ、行こうか——」


 つい付き合っていた頃の癖で彼女の手を取ろうとして——胸中の動揺を悟られないようにそっと手を引っ込めた。幸い柚子は気づかなかったようだ。


「うん! まずはあれ乗りたい!」


 柚子が指差した方を見ると、ちょうど後ろ向きに走っていたジェットコースターが、コースの頂点から落下しているところだった。


「……いきなりあれに乗るんですか?」




 俺は絶叫系アトラクションが得意な方だ。得意なはずだった。

 しかし久しぶりの遊園地で、しかもここで一、二を争う程のコースターに乗せられて、柚子が隣にいるにもかかわらず絶叫してしまった。降りた後も足がガクガクしているというのに、当の柚子は至って普通の様子だ。

 そう、柚子は大人しそうな見た目に反して絶叫系が大好きで、遊園地に行くたびにたくさん乗りたがるのだ。

 俺もそっち側の人間だったんだけどなあ……。


「鷹尾くん怖がりすぎだよー。こういうの苦手だっけ?」


 おかしそうにくすくすと笑われると何だか恥ずかしくなって、頭を掻いた。


「いや、そうでもない……はずなんだけど……」


 ジェットコースターとか久々だったから……と、柚子から目を逸らしながら言い訳をした。


「次はもうちょっと緩いのにしよう。——あ、あれ乗ろ!」


 さっそく次のアトラクションを決めた柚子は、この二年間、時々俺だけに見せてくれたような無邪気な笑顔で俺を見て——心臓が大きく飛び跳ねた。

 ――やっぱり俺は、柚子が好きだ。

 でも、今はまだ伝えるべきではない。


「……オッケー、行こうか」


 俺は平常心を装って足を踏み出した。

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