俺のせいだ
『先輩……好きな人がいるんだって……』
三年前のクリスマスイヴの夕方、柚子からの電話にただ事ではない何かを感じ、急いで彼女のところに向かうと、開口一番にそう言って彼女は泣きだした。
確かそのとき、初めて柚子の家に上がったんだっけ。
『好きな人?』
玄関で俺を出迎えてからも泣き止まない彼女を見かねて、部屋に入れてもらって彼女を座らせてから俺は尋ねた。
『うん、高校の後輩だって……』
声を詰まらせた彼女をどう慰めたらいいか分からなくて、とりあえず頭を撫でた。
こうなった経緯を聞くと、柚子が勇気を出して先輩を食事に誘うと、昼なら空いてるよと言われ、ランチのついでに少しショッピングモールを歩いてから、別れ際に告白したそうだ。
(夜は他の人——もしかしたらその後輩と会う予定でもあるのかな)
俺だったら、お前のことこんなに泣かせないし、笑顔にしてやれるのに……。
そう思ったら、勝手に口が動いていた。
『なあ、この後予定ないなら、俺と過ごさない?』
『……へ?』
柚子は俯けていた顔を上げ、ぱちぱちと瞬きをした。どうやら驚いた拍子に泣き止んだみたいだ。
口に出してから気づいた。これはなかなか恥ずかしいやつだ。
「俺も特に誰かと会う予定とかなくって。クリスマスに一人なんて寂しいじゃん」
あくまで友達として、という雰囲気を出すためになるべく軽いことを言ってみたけれど、内心焦りまくって冷や汗が流れる程だった。
そんな俺を見て、柚子はまた下を向き、少し考えてから言った。
『ありがとう、気を遣ってくれて。じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな』
『いいのか?』
『うん。一人じゃない方が気が紛れる』
それに、せっかくのクリスマスイヴだしね。
そう付け足すと、柚子は涙を拭った。
こんな展開になることなんて想像もしていなかったから、お洒落な店なんか予約してないし、柚子も泣き腫らした目であまり外に出たくないだろうと思ったので、そのまま柚子の家で過ごすことにした。
柚子が家にあるもので簡単なものを作ると言ってくれたので、俺は近くのケーキ屋まで行って苺とチョコレートのショートケーキを買った。それと、帰り道のスーパーでスパークリングワインも買った。
帰ってきた俺を待っていたのは、かわいい皿に盛りつけられたボロネーゼっぽいパスタとサラダ。
『簡単なものって……これ、すごくない?』
驚いた俺に、柚子はまだ本調子ではなさそうだがおかしそうに少し笑っていた。
『これくらい作れるよ』
早速二人で食卓に着き、柚子お手製の料理と俺が買ってきたケーキを食べ、あまり高くないスパークリングワインを味わった。
皿の後片付けを終えて少しゆっくりしていたとき、柚子が駅前のイルミネーションを見たいと言い出した。
『大きなツリーが飾ってあるんだって。うちと反対側にあるから、通勤のとき見れないんだよね。見てみたいなあ』
佐藤が行きたいならついていくよと言って、俺は立ち上がった。
『わあ、すごいね……!』
柚子が感嘆の声を上げて色とりどりの電飾が施されたツリーを見上げた。思ったより大きくて俺も驚いた。
『すごいな』
ちらりと横を見ると——柚子の目には再び涙が溜まっていて、イルミネーションの光で微かに煌めいていた。
『先輩と一緒に見たかったなあ……』
煌めく雫が静かに彼女の頬を伝って落ちていった。
『佐藤――』
声を押し殺して泣き始めた柚子を、知らず知らずのうちに抱きしめていた。
『鷹尾くん……?』
彼女の身体が少し強張ったのが分かった。
『先輩じゃなくて俺にしない?』
『えっ?』
『俺はずっと、お前のことが好きだった。俺だったらお前のこと、ずっと大事にするよ』
そっと彼女の身体を離して、手に持っていた紙袋から小さな花束を取り出した。ケーキとワインのついでに、たまたま見つけた花屋で作ってもらった、カラフルな花束。
『今すぐにとは言わないけど、ゆっくり考えてほしい』
メリークリスマス、と小さく付け足して、そっと手渡した。
『……はい』
薄暗い中でも分かる程赤く染まった彼女の頬。彼女もそのことに気づき、受け取った花束でさっと顔を隠した——。
『やっぱり、しばらく先輩への気持ちを忘れられそうにないや』
年が明け、仕事終わりに誘われて柚子と俺を含めた何人かで飲みに行き、柚子のことを彼女の家の近くまで送り届けたときのことだった。俺の家と柚子の家の最寄り駅は隣なので、柚子の家の最寄り駅で降りてから自分の家までは歩ける距離だ。
ごめんなさい、と頭を下げた柚子に、俺は気にしないでと言った。
『俺はずっと待ってるから。お前が先輩のこと吹っ切って、新しく好きな人ができるまで。それまでは、今まで通り友達として仲良くしてよ』
内心はやっぱり少しショックを受けていたが、俺は彼女に微笑んだ。
柚子が振られてからまだそんなに時間が経っていない。だから、柚子の気持ちが変わるまでは諦めずにいよう、と心に決めて柚子に手を振ったのを覚えている。
その後も食事や飲みに誘ったり、柚子の好きそうな映画に誘ったりと、何かしら理由をつけてアプローチを続けていたら。
『私……鷹尾くんのこと、好きになっちゃった、かも……』
一昨年の四月十四日、残業を終え、二人で会社から帰っていたときのことだった。
『単純かもしれないけど、一番つらかったときに側にいてくれて、うれしかったの。それに、ずっと好きだったって言ってくれて、気づいたら意識しちゃってた』
そう言って恥ずかしそうに笑った彼女が愛おしくて、俺は思わず彼女を腕の中に閉じ込めた——。
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