本編

episode1~おじいさんとゆーえんちー~

 三両編成の電車の中に乗客は十人ほど。


 おじいさんは今日も先頭車両から歩みを進めます。


 車窓を見れば、新緑の葉が太陽に照らされてキラキラと輝いています。


 おじいさんは二両目にいた可愛らしい女の子に視線を向けました。


 膝立ちになって車窓を眺めている少女の隣には、女性の姿も見られます。


 きっとお母さんでしょう。


 おじいさんは少女の隣に腰を下ろします。


「お嬢ちゃん。今日はどこへ行くのかのぉ」


 しわがれた声に柔和な笑顔でおじいさんは少女に語り掛けます。


「きょうはね。ゆーえんちーにいくんだよ!」


 元気いっぱいに少女は答えます。


 隣のお母さんは、あまり大きな声出してはいけないと少女に注意します。


 少女はまったく悪びれる様子がありません。


 少し舌足らずなところが可愛らしい少女は四、五歳といったところでしょうか。


「遊園地か。それは楽しみだのぉ」


「うん。たのちみー!」


 この少女には元気が有り余っています。


「何が一番楽しみなのかのぉ」


「んーとねー」


 少女は右手を顎の下につけて考えるしぐさをします。


「おうまさん! なんかねー、ぐるぐる~ってまわるやつ」


 メリーゴーランドのことでしょう。


「そうか。おうまさんか。乗れるといいのぉ」


「うん!」


 おじいさんが言うと少女は元気よく返事をします。


 しかし、その顔に少々の影が落ちました。


 おじいさんはそれを見逃しませんでした。


「どうしたんじゃ」


 おじいさんは少女に問いかけます。


「あのね、おとーさん、これなくなちゃちゃの」


 少女は顔を俯かせて、寂しそうに人差し指を咥えます。


「それは、残念だったのぉ」


「おとーさんとおうまさん乗るってゆーてたの」


 少女は悲しさを思い出したのか、今にも泣き出しそうです。


 お母さんも心配そうに少女を見つめます。


「ホッホッホ。泣いてしまってはいかんよ、お嬢ちゃん」


 おじいさんは車内に響き渡るほど大きな笑い声をあげます。


 数名の乗客の視線が注がれお母さんは少しばかり居心地が悪そうです。


 けれど、おじいさんはそんなことはお構いなしに笑顔を少女に向けて語り掛けます。


「きっと、お父様も悲しんでおったじゃろ」


 少女は静かにコクリと頷きます。


「だったら、お嬢ちゃんがお父様の分まで楽しんで、お父様にいっぱいお話ししてやるのじゃ」


 おじいさんはニッと笑います。


「そうしたらお父様もお嬢ちゃんもきっとハッピーになれるよ」


 おじいさんはその風貌に似つかわしくない英単語を使って少女に言葉を投げかけました。


「うん! やってみるー」


 少女に笑顔と元気が戻りました。


 お母さんも一安心したようです。


「それでは、お嬢ちゃんにはこれをあげよう」


 おじいさんは懐から四葉のクローバーを取り出して少女に渡します。


 少女の小さい手の中に収まってしまうほどの大きさでしたが、少女は嬉しそうに顔を綻ばせます。


「これがあればお嬢ちゃんは大丈夫じゃよ」


 少女は受け取った四葉のクローバーを大事そうに、肩から下げていたポーチへとしまいます。


 そして。


「ありがとー」


 新緑の葉にも負けないほどキラキラとした笑顔でお礼を言います。


 隣でお母さんも頭を下げています。


 電車の進行速度が遅くなってきました。


 まもなく駅のようです。


 少女とお母さんは手を取り合ってドアへと向かいます。


 お別れのようです。


 少女は笑顔で右手を大きく振ります。


 おじいさんは少女を笑顔で見送ります。


 きっとあの少女は楽しい一日を過ごすことでしょう。


 おじいさんは扉が閉まるまで少女の背中を朗らかな笑顔で見つめました。


 また電車は動き出します。


 新たに数人の乗客を乗せて。


 おじいさんが次に出会う人は、この電車にいる誰かなのか。


 はたまた別の場所いる別の誰かなのか。


 それは私にもわかりません。


 電車はぐんぐん加速して次の目的地へと向かって行きます――。



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