黒鉛

遠い昔。まだ幼く、訳も分からぬまま、しかし我が物顔で人生を謳歌していた頃。


クラスメイトとはしゃいでいた弾みで、左の掌に2Bの鉛筆が刺さった。そのことに気付いていない友人たちを横目に、痛みに悶えながらその鉛筆を引き抜く。机の上をコロコロとその鉛筆が転がった。端を噛む癖があったから、外側に塗られた緑色がギザギザと剥げていて、中の木が顔を出している。上手く力の入らない掌を見ると、手相を伝うように赤い血が滲んでいた。


鉛筆の芯が身体に入ると、黒鉛が血管を通って心臓まで至り、死ぬ。

誰かが言った嘘が本当かもわからない一言が、ずっとこの黒い点とともに残っている。


大人になってこんなにも苦しく生きているのは、もしかするとこの黒鉛が少しずつ溶け出ているせいなのかもしれない。そうやって何かに責任をなすりつけていないと自我を保てないほど、僕は弱い人間だ。

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