癖
眠れない夜に対し、何の感慨も抱かなくなった。
この不眠という病足らぬ中途半端な癖とはかれこれ十数年の付き合いになるわけで、一日二日眠れなかったところで明日にさほど大きな影響を与えないことはわかり切っている。だから昔ほど眠れない夜に一喜一憂することはないし、こうやって目を瞑りながら思考を巡らせることが無意味であるのも知っている。
眠れない夜も、眠れる夜も、同じ夜であることに変わりはない。眠れない夜は妙に腹が鳴るとか、重たい痛みがじんわりと頭蓋骨を締め付ける感覚とか、朝日をみた瞬間のどことない達成感とか。そういう些細な違いはあるかもしれないけれど、明日が終われば嘘のように深い眠りについて、何事もなく次の朝を迎える。そのまた次の夜は、前日に眠りすぎたせいでしばらく眠れないかもしれないし、ともすればそのまま朝を迎えてしまうかもしれないけれど、そうしたらその次の夜に眠ればいい。
遠い記憶を掘り起こしてみても、眠れる夜しか知らなかった日のことを思い出すことができない。まさか生まれて最初の夜にはもう上手く眠れなかったわけではあるまいに。何の懸念や不安もなく布団を被っていた頃があったなら、その時の僕は幸せな夢を見ていたのだろうか。
最近の悩みと言えば、眠れない夜よりも、目を覚ましてしまった明け方のことを思う。何かに迫られるように目を覚ますと、時計の針はまだ半周もしていなくて、昇り途中の太陽も慌てた僕を見て驚いているようだ。
いっそもう起き上がって、珍しく朝食でも食べてやろうかと息巻く。確か昨日が賞味期限の卵があったから、それを目玉焼きにしよう。どこかでもらったインスタントコーヒーに、砂糖とミルクをめいっぱい入れて、目の覚めるような甘ったるいカフェオレを飲む。それでもまだ仕事を始めるには時間があるだろうから、昨日読みかけた文庫本を開く。その辺りでまた眠気が襲ってくるので、二度寝してしまわないように注意しよう。
そんなことを考えているうちに、意識は徐々に薄れていって、気付けば目覚まし時計のアラーム音が鳴り響いていた。僕は寝ぼけ眼でそれを止めて、朝食代わりにペットボトルの水を飲み干す。
今日は眠れる夜だろうか。すぐに眠ってしまったら、明日は少し夜更かしをしよう。
今日は眠れない夜だろうか。すぐには眠れないのなら、明日に少し期待しよう。
そのくらいでいいのだ。眠ることはそんなに重要じゃない。大切なのは、起きている間のことなのだから。
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