第7話

 雨音の奥で、端末の振動音が鳴っている。

 余計な通奏低音。わたしは耳を研ぎ澄ませ、邪魔な音を遮断する。雨音だけに意識を集中させる。

 しばらく雨を眺めてから、テーブルに置いた端末を見る。

 黒く四角い機械は、何も言わずそこに横たわっている。その沈黙は、「死」につながっているように感じられた。

 再び、窓の外へ目を向ける。

 雨は一向に止む気配がない。


 基地に着くと、門の前が騒々しかった。

 人だかりができている。プラカードを持ったり、鉢巻きを巻いている人々。女性が多いかもしれない。同じ服を着ているわけでもないのに、何かが全員に共通しているように見える。

 その人だかりの外側を、カメラやマイクを携えた一団が疎らに取り囲んでいる。彼らは人だかりとは別の目的を持っているようだ。

 人だかりの先頭に立つ、メガホンを手にした中年女性が何か言った。音が割れて聞き取れない。おまけにハウリング。彼女はメガホンのを設定し直して、もう一度、基地に向けて何かを叫んだ。

 平和。

 人道。

 殺人。

 そんな言葉が、断片的に聞こえてきた。

 わたしは自転車から降り、ぼんやりと中年女性の主張を聞いていた。すると、ハンドルを急に何か強い力で引っ張られた。

 ハンドルに掛かった、別人の手。

 腕を辿っていくと、ウェーブの掛かった髪を後ろで縛った、わたしより四、五個は上に見える女の人に行き着いた。

 知らない顔だ。

 彼女の手にした傘を雨が叩く。その音が、わたしの耳をいっぱいにする。

「えっと……」

「こっち」

 声は、聞き覚えがある。

「こんな所にいると袋叩きにされるわよ」

 チーフと同じ声。

 わたしは引っ張られるまま、チーフと同じ声を持つ女性についていく。彼女は基地の敷地をぐるりと周り、裏手の搬入口の鉄扉を開けて中へ入った。わたしも続いた。

「あの、ありがとうございます」

 自転車を押しながら、わたしは言う。頭を下げたら、雨具に溜まっていた雨が流れ落ちてきた。

「気を付けた方がいいわよ。マスコミも来てたから、インタビューとか取られるかもしれない」

 彼女は畳んだ傘を振りながら言った。

「何かあったんですか?」

「ニュース、見てないの?」

「朝は忙しくて」

 女性はわたしの自転車に目を走らせる。後ろに着いた、チャイルドシートを見たらしい。

「周りが色々言ってくるかもしれないけど、あいつらの言うことに耳貸しちゃダメよ。あいつら、人の苦労も知らないで、あることないこと騒ぎ立ててるだけなんだから」

「はあ」

「あの女――」

 彼女は前を向いたまま、チーフの声で言った。

「裏切ったのよ。自分だって同じことしていたくせに、わたしたちの居場所を潰そうとしているのよ」

 居場所、とわたしは胸の中で呟く。

 女性がこちらを向いた。

「ところであなた、何番の人?」

 7番です、と嘘をついて、わたしは彼女と別れた。

 駐輪場に自転車を置く。濡れた雨具も広げて掛ける。

 雨が屋根を叩く音に混じって、大勢の声が聞こえる。塀の向こうからだ。

 シュプレヒコール、というのだろうか。それが休みなく押し寄せる波のように巻き起こっている。

 よくも朝からそんなに声が出る。

 そうまでして糾弾したいものとは何なのか。

 わたしは声の波に背を向け、建物へと歩く。

 ブリーフィングでは、外の人だかりのことは直接的には触れられなかった。

 ただ、前日までの4番が一方的に辞意を伝えてきたこと、それに伴い、5号機以下各員の機体番号が繰り上げられることが告げられた。

 つまり、わたしは7号機。嘘から出た誠というやつだ。ちなみに8は欠番となった。

「ラッキーセブン」

 寝椅子でヘッドマウントディスプレイを被りながら、言ってみる。

 特に嬉しい気持ちは湧いてこなかった。

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