第8話 真実の勇者

 ボギンスは、今日も朝から報告を受ける。住民の元ダンジョンから姉妹ダンジョンへの一時疎開そかい、疎開手当の支給、一部財産の収容等の非軍事正面の住民生活に関係する進捗状況の報告ばかりだった。そして、午後から軍事面での会議となる。

 人族との和平について、魔王への嘆願書を出す話が今日のメインの議題だ。



 さて、これはまた別の場所でのお話し。


 ここは、魔族の国、魔王国でのお話し。

 そこで生きる少年と少女のお話し。少年の名前はカイン、勇者が向かう次の町「デレス」で暮らす普通の少年であった。その少年の横にはいつも微笑みを絶やさない少女がいた。少女の名前はアイリ…


 アイリは何でも知っている。そして、本当のことしか言わない。


 少年は、生まれたばかりの頃にアイリに抱きかかえられ、孤児院に来た。アイリは、いつのまにかその孤児院の管理者となり、カインを少年まで育てた。

 時に両親の代わりとして…

 時に親友として…

 …

 

 このカインとアイリがいる孤児院は、ダンジョンの都市部から少し離れた場所にある。

 理由は、魔王の指示で人族の孤児達もいれられており、そこで魔族としての教育を受けさせ、魔族として生活できるまでの間、隔離させられているのである。(ほとんどの場合)


 そして、これは人族の慣習も影響している。魔王国では、人族が住む場所よりも自然環境が厳しく、かつ、強いモンスターが多い。人族の子供など、一人では1日ともたない。そのため、口減らしのために時折、人族は魔族の領域に子供や老人を捨てる風習が少なからずあったのだ。

 その中で、運良く魔族に拾われた子供は、ダンジョンに一つは設置されている孤児院へ連れてこられる。(老人は…)


 カインは、一人で頼まれた 孤児院から離れた商店での買い出しの途中で、ある話しじょうほうを聞いた。

 勇者の進行に関する話だ。勇者がもうすぐこの近くを通りすぎるらしい。カインは、どこか遠くでのことのようにその時は感じていた。そのため、そのまま買い出しを済ませ、孤児院へ帰るために商店を出た。カインは、この時はなぜかいつもと違い少し寄り道をした。その寄り道は、アイリが好きなトーチの実を集めると言うもので、カインはアイリと孤児院のみんなの笑顔を想像しながらトーチの実を集めた。


 寄り道後は、少し小走りで孤児院に向かっていた。向かいながらカインは、勇者に関する話を思い出し、早くアイリ達に会いたいと思った。


 カインは、孤児院に近づくにつれ、走る速度を上げていく…


 「クソッ!嘘だろ?!」


 孤児院の方向から黒い煙が上がっていたのだ。


 「みんな…アイリ!!」


 カインは、走った。孤児院に近づけば近づくほどに焦りと恐怖がカインを襲った。息が苦しくなっても、足がもつれても恐怖で足を遅めることができない。

 そして、カインは燃えさかる孤児院の前までたどり着いた。


 「アイリ…」


 カインは、震える足をもつれさせながら、燃えさかる孤児院に近づいていく。


 「カイン!!」


 カインは、急に後ろから出てきたアイリに抱きつかれ、引き止められた。


 「アイリ…良かった…アイリが無事で良かった…」


 「…うん…」


 アイリは、カインに抱きつきながら少し俯いて返事をした。カインは、何かを察したが、一つだけ確認しなきゃならないことがあった。俯くアイリに勇気を出してカインができるだけ明るい声で一つだけ確認した。


 「…アイリ、みんなは?…」


 アイリは、俯いたまま首を横に振りながら、カインを炎から遠ざけようと引っ張った。


 二人は、炎から離れ、孤児院が燃えていく様子を眺めた…


 カインの気持ちを表すかのように、出遅れた雨が降り始め、十分に燃えた孤児院の火を消していく。あれだけ燃えていた孤児院も小時間で鎮火し、うっすらと白い煙をところどころあげているだけになった。


 カインとアイリは、雨も気にせずに棒立ちで形が崩れた孤児院を眺めていた。


 アイリが、つぶやくようにカインに語りかける。


 「カイン…私はあなたを愛してる…負の感情はもってはだめよ。恨みは何も生まないわ…だから、落ち着いて私の話を聞いて欲しいの…」


 カインはうなずいた。


 アイリは、カインが不在間にあったを語った。それは、一人の男がやってきてアイリの目の前で子供達や孤児院の職員が惨殺され、私に松明を持たせて孤児院と亡くなったみんなをアイリの手で燃やさせたという内容だった。


 「それで…その男は私に…」


 そう言って、アイリは口を閉ざし、自分の両肩を抱いて震えていた。


 「大丈夫だ。もう、それ以上語らなくていい」


 カインは、そう言ってアイリの横に座りアイリの破れた服から覗いている肩を抱いた。


 「…カイン…」


 「大丈夫だから」


 「カイン…ありがとう。でも、男が言ってたことがあるの…次に会う男が、唯一、俺を殺せる者…だ…と…」


 「…」


 「そして、私の寿命は10日だって…」


 「!?」


 カインは、アイリから負の感情を感じた。負の感情を持つなと言ってくれたアイリが、負の感情を持っている。この矛盾にカインは困惑した。カインにとってアイリはどんなことがあっても誰にでも優しい、そして、嘘をついたことがない。


 「ふぅ」


 カインは、息を吐き出し最も自分に大切なことを考えた。そして、自分が最も優先したいことがアイリの意思だと気づいた。


 「わかった…僕は…お、俺は…そいつを殺す…そいつは、どんなやつだったんだ?…」


 アイリは、うつむきカインには見えないように口角を上げてカインに答えた。


 「…勇者よ…」


 カインは、勇者を殺すことを決めた。アイリはカインのことを何でも知っている。そのことをカインは一生知ることはできない…


 なぜなら、カインはアイリが生きている間にそれを確かめられないのだから。

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