第5話 見送りと決意
※前に一度間違えて更新してしまった話です。
「今日はごめんな、いつもよりうるさくなっちまって」
「いいよ~別に。言ったでしょ、『雅宣なら嫌じゃない』って。それに、私が撒いた種だしね」
「そうじゃん。誤って損したわ。俺の方こそ謝ってもらうべきなんじゃね?」
「確かに~。でも謝んない~」
「なんでだよ」
俺達は暗くなった道を二人で歩いていた。手を繋ぎながら。
夕飯を食べ終えて、何故か買っていたケーキを堪能すると、いつも通り理乃を家まで送るという役目を押し付けられたのだ。……別に嫌じゃないけど、行くときの家族の視線が重い。なんでかは知らないけど、とても重い。
そして今日。
俺は今、何故か理乃と手を繋がされている。ほんとになんで!?
母さん曰く、「偽とは言っても彼氏は彼氏なんだし、女の子を守ってあげないとでしょ?」だそうだ。それは間違ってないけどさ……だからって守るのに手を繋ぐ理由にはなってない気がするんだけど。ってか逆に理乃がトップアイドルってバレたら、こっちの方が危なくないか?
「それで、偽恋人になったはいいけどさ~これいつまで続けるの~」
「……これって?」
「この関係~」
どこか上機嫌な理乃が繋いだ手を前に出して、小さく振った。
「……手繋いでることか?」
「違う違う。この偽恋人って関係」
「……ああ」
そういえば、考えてなかったな。
あくまでその場しのぎの嘘だし、一回涼太に紹介すればそれで終わるのか?……いや、涼太の場合一回きりじゃ終わらないだろう。今日始めて話したけど、それはなんとなくわかる。
「どうだろうな……しばらく付き合って、その後『別れた』って言っとけばいいだろうから、大体一、二か月って言ったところか?」
「そっか……うん、わかった」
そう言って理乃は笑った。……一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべたのは見間違えだろう。
「……じゃあ、それまでこの関係を満喫しよっかなっ!」
さらに笑みを深めたかと思うと、繋いでいた手を放して今度は腕に抱き着いてきた。
「……おい、そういうのは軽々しくやるもんじゃないぞ」
「軽々しくなんてないよ。雅宣にしかやんないし、それでも勇気は必要だったし」
「…………」
雅宣にしかやらない。
それは、そう言う意味で受け取っていいのか? ……んなわけないか。そんなの、自惚れでしかない。実際俺だって理乃のことを異性として好きなわけではないし。
「……でも、それトップアイドルとしてどうなんだよ。アイドルって恋愛禁止って感じのイメージあるし、軽々しくなくてもあんましない方がよくないか?」
「……今の私は、トップアイドルの日坂理音じゃなくて雅宣の幼馴染の飛坂理乃だから。こんなところまで制限されてたら、やっていけるわけがないもん」
「そうか……」
ほんの少しだけ寂しそうな顔をしながら、理乃は答えた。
それは理乃の本音だろうな。
ただのアイドルというだけでもかなり大変だと思う。
しかもそのトップにでもなれば、他の人よりも必然的に大変になってしまう。
たくさんの期待を背負っているということは、それだけの対価を払っているのだ。
トップでいるために、高校進学も諦めて。
プライベートでも周りの目を気にする必要が出てきて。
気を抜ける時間なんて、本当に限られているんだろうな……。
だから……
「うちにいるときは、好きなことを、好きなだけ、好きなようにやってくれよ。トップアイドルになって大変なこともあるだろうけど、俺の家がお前の癒しの場所となれるようにするから。……遠慮とか、絶対にするんじゃねぇぞ」
「…………うんっ」
理乃は呆けたような表情で俺を見つめていたが、ちょっとすると今日一番の笑顔を見せてくれた。世界中の誰もが魅了されそうな笑顔だった。事実、俺も理乃の笑顔に一瞬見惚れてしまった。
この笑顔は、何があっても守らなくてはならない。
絶対に失わせてはいけないものだ。
もしこの笑顔を絶やされかねないことがあれば、俺が全力で守ろう。何があっても。
そう俺は決意したのだった。
「―――それじゃあ、また明日ね。明日も今日と同じくらいの時間にお邪魔させてもらうことになるかな」
理乃の家に辿り着き、そこで俺達はいつもお別れとなる。
「ああ、わかった。また明日な。……あ、それと明日理乃の写真見せてもいいか?」
「うーん……それってどっちの?」
この“どっち”というのは、すっぴんの状態かメイクをしている状態の二つを差しているのだろうか。
「……いや、アイドルの飛坂理音を見せてどうするんだよ」
「あはっ、確かに。……うん、わかった。見せていいよ」
「マジでありがとな」
普段の方は、すっぴんの状態を示す。
すっぴんの状態で理乃が可愛くなくなってしまうわけではない。むしろ、メイクをした人と比べても全く見劣りしない。……それだって、日々の努力の成果なのだろうな。
だが、すっぴんの状態だとメイクをしたときと比べて少し地味にはなる。
それくらいが、冴えない俺にはちょうどいいだろう。
「だから、気にしなくていいって言ってるでしょ。じゃあ……ばいばいっ」
理乃が手を振りながら家の玄関の扉を開け、中に入っていくのを、俺も手を振りながら見送った。
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