第4話 荒れる食卓

 ♢♢♢♢♢

 そうして偽恋人となった俺達だが……特にこれといった変化はない。まあ、当然だけどな。あくまで“偽”恋人だし。


 普段通り何気なく会話をする。

 俺が学校であったことを話し、理乃が撮影であったことを話す。何も変わっていない。……まあ、便宜上の恋人なんだから変わらなくて当然なんだろうけど。


 そんなことを考えながら理乃と会話を続けていく。

 正直に言って、この何気ない会話って言うのが好きだ。どこにでもありそうな変哲もない一日のある部分を切り取り、日常を感じれる。何故だか知らんが、落ち着く気がするんだよな。


「雅宣、理乃ちゃん。そろそろご飯よ〜」

「「は〜い」」


 二階から母さんが俺達を呼ぶ声がしたので、会話を中断して階段を上る。


 理乃のお母さんが死んでしまってからというもの、理乃とは家族同然の付き合いをしている。夕食だって、ほとんどの場合一緒だ。


  食卓には既に夕飯が並んでおり、父さんも葉月――俺の妹――もいた。


「お、今日は唐揚げなんですね」

「ふふん。今日はちょっと奮発していつもより高い鶏肉で作ったから、きっと美味しいぞ〜?」


 山積みになった唐揚げを指差し、母さんはニヤリと笑った。


「……なんで高いのにしたんだ?」

「うーん……勘?」

「は? どんな?」

「誰かにいいことがあるんじゃないかって、勘が言ってたのよ」


 母さんはこうやって勘で何かを決めることが多い。しかもその勘が結構当たるっていう。……ってことは本当に誰かに良いことでもあったんだろうな。


「露子さん、それあながち間違ってないかもですよ?」

「そうなの? ……ってことは理乃ちゃんに何かいいことがあったのかな?」


 ニヤニヤしながら俺と理乃を視線で往復させる母さん。……なんで俺の方向くんだよ。俺別に何も言ってないだろ。

 あ、ちなみに露子ってのが母さんな。


「もーお母さん! 早く食べようよ〜! 冷めちゃうよ? お兄も理乃さんも早く座って!」

「そうね。ほら、二人も座って」


 おっと、我が妹様がお冠のようだ。唐揚げ、葉月の大好物だもんな。

 俺達はそれぞれの席につき、手を合わせる。


「「「「「いただきます」」」」」


 その言葉を皮切りに、葉月が唐揚げへと箸を伸ばす。

 「おいし〜!」と言って喜んでいる葉月を見て、俺も唐揚げを一つ摘み、口の中に放り込む。……確かに美味いな。いつもよりジューシーな気がする。


「……それでそれで、理乃ちゃんにはどんな良いことがあったんだい?」


 興味津々といった様子で母さんは言った。

 俺も彼女にどんな良いことがあったのか少し気になるので、隣に座る理乃を見る。


 すると理乃もチラッとこっちを見たと思ったら、腕に抱きついてきた。


「ちょ、何やって……」


「私達、恋人になりましたっ!」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?


「おい理乃っっ!! 何言って……」

「おー、おめでとさん」

「やっとだねー」

「……どっちが告白したんだ?」

「それはですね……なんと、雅宣くんが私に、『俺と恋人になって』って送ってきたんですよっ!」

「おお!……まさか雅宣の方から告白するだなんて……」

「お兄、見直したよ!」

「……やるじゃないか雅宣」

「ちょいちょいちょいちょいっ!! 一旦ストップ!」


 変に誤解されているこの状況に一旦ストップをかけ、皆を落ち着かせる。つーか、見直したって……不服だ。告白くらいしようと思えばいくらでもできる。相手がいないだけだ。別に強がりなんかじゃないからな?


「……あのだなぁ、みんな勘違いしてるみたいだから訂正するけど、俺達別に付き合ってないからな? ちょっと事情があって偽りの恋人になってもらっただけだ」


 しっかり訂正すると、一気に周りのテンションが下がっていた。わかりやすすぎだろ。そんなにショックか?


「……やっぱりねぇ……。雅宣が普通の告白なんて出来るわけないもんねぇ……」

「お兄はやっぱりお兄だったか……」

「……このヘタレが……」


 なんか凄い馬鹿にされてる気がする。

 しかも、普段無口な父さんが悪口言ってきたんだけど。父さんが悪口言うの初めて見たわ。よりによってはじめてが俺かよ。


 ってか、俺の足がめちゃくちゃ蹴られまくってるなう。普通に痛い。……そして我が妹よ。何故其方は革靴を履いているのだ? 革靴で素足を踏まれるの、めちゃくちゃ痛いんだぞ。それにここ屋内だから土足厳禁。外国じゃないんだから。


「やーい、ヘタレー!」

「うるせぇ」


 隣で俺のことをからかってきた女には、肘打ちで対処した。これ全部お前のせいだからな。


「……ま、雅宣もうじうじしてないで次こそは告白しなよ〜?」

「……機会があればな」

「それより、今日ケーキあるからね」

「なんで!?」

「勘」

「いやなんで今言ったのって意味。なんで買ったのかも気になってたけど!」

「カップル成立記念?」

「だから偽だぞ」

「ほらほらお兄落ち着いて。お兄の好きなチーズケーキあるから」

「ぐっ……しょうがないな。今は見逃してやろう」


 口惜しげにそう言いながらも、チーズケーキには逆えない俺だった。

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