第3話 振り向いてもらうために

♦♦♦♦♦

「返す言葉もありません」

「……呆れた」


 そう言って私は彼のベッドに倒れこんだ。

 んん~~!雅宣の匂いだぁ……幸せ……。

 思わず頬が緩みそうになるが、そんな雰囲気は感じさせないような「呆れた顔」を維持する。


 もうお気付きかもしれないが、私―――飛坂理乃は西本雅宣という少年に恋をしている。


 恋に落ちたと自覚したのは、中学二年生の夏頃だ。

 しかし、彼のことを好きになっていたのはもっと早くだろう。


 私には母親がいない。

 小学六年生の頃に、病気で他界してしまった。


 お母さんが死んだと知った時、私は思いっきり泣いた。それはしょうがないと思う。お父さんだって、号泣していたのを覚えているから。


 お母さんが死んでしまってからの私は、常に上の空の状態だった。どこか遠い場所を見続けているような、そんな表情だったと彼は言ってたっけ。

 

 お父さんはお母さんがいなくなった悲しみを仕事にぶつけるようになり、私に構ってくれることは無くなった。家に帰ってくるのだって、三ヶ月に一度あるかないか。私がアイドルをやると決めた時も、特に反応を示さず容認した。


 ひとりぼっち。

 家にいても、自分以外誰も存在していない日々。


 そうして、私の周りから「愛」は失われてしまった。

 どこにも私に「愛」を与えてくれる存在がいなくなった。それがとても悲しく、辛く、私の心は不安定な状態になっていた。


 そんな私を絶望の底から救ってくれたのが、彼だった。


 彼にどんなに冷たく対応しても、諦めずに構ってくる。

 学校にも行かないで家に閉じこもっていた私を外に出そうと、毎日、毎日家に来て「学校に行こう!」と、笑顔で言ってくるのだ。


 そうやって私に構ってくる彼が鬱陶しく、遂には彼に向かって怒鳴ってしまった。


 私に構うな。

 私の辛さなんて、わかるはずがない。

 わかりもしないくせに「学校に行こう」だなんて、軽々しく言わないでほしい。


 大粒の涙を流しながら、玄関先で彼の前で怒鳴りまくった。

 彼は全く悪くないとわかっているけど、やり場のないストレスが溜まってしまって、それが彼へと向かって放出されてしまった。完全に八つ当たりだ。正直、一生の恥と言っても過言ではない。


 だが彼は、そんな私のことを不意に抱きしめてきた。彼自身も、涙を流しながら。




 お前の辛さは想像できない。

 でも、今は俺がいる。少しくらいその辛さを分けたところで、罰は当たらないだろう。

 だから、遠慮なく俺を頼れ。どんなに迷惑をかけたとしても、俺はお前を見捨てたりはしない。

 取り敢えず今は、好きなだけ泣け。俺達だけの、秘密にするからさ。




 その言葉に、私は救われた。

 彼の言葉を聞いて、今まで我慢していたものが吹っ切れて、思いっきり泣いた。近所の人が様子を見に来てしまう程。

 二人で泣いて、散々泣き散らかした後は、彼の顔にも、私の顔にも笑顔が浮かんでいた。


 二人だけの、秘密。


 一緒に泣いて、笑った後、私は彼と一緒に学校に行った。

 学校に行った時にはもう授業が始まっていて、先生にすごく怒られたけど。


 その日は、久しぶりに笑顔が溢れ、「愛」を感じられた日だった。

 友達としての「愛」だけど、それはとても暖かく、冷め切っていた私の心を溶かしたのだった。


 そして彼のことが好きなんだと気付いたのが、中学二年生。

 ただ彼のことを見ていた時に、ふと「自分は彼に恋をしているのではないか?」と思っただけだ。


 それからはもう、どんどんと彼に惹かれていった。

 

 彼の全部が好きになった。

 今日みたいに少し見栄を張っちゃうところとか、時々見せる、包み込んでくれるような優しさとか。

 その全部で、私を惚れさせた。


 彼に恋してからというもの、私は自分でも異常だと思うくらいに彼を思い続けた。

 彼に振り向いてもらうために、どんなことでもするつもりだった。


 私がトップアイドルと呼ばれることになったきっかけも、彼が関係している。


 中学二年生の彼は、アイドルにハマっていた。その頃から彼はオタクへの道を歩んでいたのだろう。


 そんな彼に振り向いてほしかった私は、それはもう頑張った。


 自分の可愛さを磨きまくり、ダンスも歌もたくさん練習した。たった一年間でアイドルになれるくらい自分を追い込んで、鍛えて、磨きまくった。アイドルになって、彼に振り向いてもらえるように、と。ただそれだけを目的に、私は自分を磨き続けた。


 そんな血を吐くくらいの努力の甲斐あって、見事アイドルになることができた私は、それだけで満足せず自分を磨き続けた。たった一人の少年のために。


 そうして気付けばトップアイドルと呼ばれていた。

 一人の少年のために頑張った結果、そこまでたどり着けた。


 それでも、まだ彼は振り向いてくれない。

 トップアイドルになったことを褒められたりはしたが、まだ足りない。

 

 もっと。

 もっともっと。

 もっともっともっと、頑張ろう。いつか振り向いてもらえるように。


 だから、今日「俺と恋人になって」というメールをもらった時は、思わず叫びそうになった。

 すぐにでも彼のもとに行きたい、と思ったもののアイドルとしての仕事中で帰れない。

 早く終われという一心で仕事をして、終了すると大急ぎで彼のもとに行った。


 そして本当のことを聞いてみれば――偽恋人になってほしいという頼みだった。


 残念。とても残念ではあるが、少なくとも“恋人”というポジションに一番近いということでもある。彼が頼って来てくれたのだから。


 まだ足りない。

 

 でも―――


「……で、偽彼女だっけ?」

「……嫌なら全然やんなくて―――」

「―――今月の新刊三冊」

「……え?」

「聞こえなかった?今月の新刊三冊買ってくれるなら、偽彼女になってもいいって言ったの」



 なってやろうじゃないか、その“偽恋人”に。

 偽だろうが何だろうが、恋人は恋人。その関係に、変わりはない。

 ならば――



 

 ――“偽恋人”という立場を使って、彼を惚れさせてやる。





☆あとがき

昨日間違えて投稿してしまったのは第五話で、本当なら二日後に投稿予定のものでした。今日公開したものと明日公開したものが、第五話になるまでにあります。

困惑させることになってしまって、本当にすみません。

引き続きこの作品をお楽しみいただけると幸いです。

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