第2話 偽恋人の条件
「ちょっと雅宣!あれどういうことなのっ!」
新学期初日が終了し、家に帰って惰眠を貪り、目が覚めてもやることがないのでボーっとしていたところにその女は来た。
いつの間に俺の家へと侵入していたのか知らんが、彼女は俺の部屋を強引に開け放つ。……母さんか?何やってくれとんじゃい。
「どういうことって……お前日本語わかんないのか?」
「そういうことじゃないっての! だから……」
やれやれといった様子で頭を抱えているこの女は、俺の幼馴染の飛坂理乃だ。
そしてこの女は、日本中の誰しもが知っているようなトップアイドルである。
shining☆starsという数々の人気アイドルグループを生み出してきた事務所の創作した新しいアイドルグループのオーディションに、中学三年生という若さながら合格し、見事アイドルになってからはめきめきとその才能を開花させ、見事shining☆starsをトップアイドルグループへと押し上げた。
彼女の見た目とダンスのクオリティーによる異常なまでの人気によって今はそのアイドルグループのセンターを務め、日本中で日坂理音――彼女の芸名だ――という名を知らない人はほとんどいないだろう。
よって、トップアイドル。その言葉の通りトップに君臨するアイドルだ。
そして俺はそんなトップアイドル様に「恋人になれ」という内容のメールを送り付けたのだ。
……確かに「どういうこと」と聞きたい気持ちもわかる。ってか、ほんとに何やってんだ俺。改めて考えると頭おかしいわ。
「……まあ、取り敢えず説明してよね」
「はいはいわかりましたよ……」
面倒くさいなぁと思いつつも、俺の名誉を保つためにもしょうがなく説明する。
ちなみに涼太に彼女について聞かれたあの後、俺は理乃からの返信がしばらく来なさそうだったので、「彼女は恥ずかしがり屋だから許可取らないと紹介できない」と言ってその場を切り抜けた。なので、俺は理乃に彼女になることをオーケーしてもらえないと今度こそ“詰み”である。……最悪、妹に頼むか。兄としての尊厳を捨ててでも、俺は「彼女がいる」ことを突き通す!
「……事の始まりは、昼休みのことだった……」
「簡潔に」
「見栄を張りましたすみません偽彼女になってください」
「……何やってんの? バカなの?」
「返す言葉もありません」
呆れた、と言いながら俺のベッドへと倒れこむ理乃。……年頃の異性のベッドに躊躇なく倒れこめるとか、マジリスペクトですわ。いやそれトップアイドルとして大丈夫?
「……で、偽彼女だっけ?」
「……嫌なら全然やんなくて――」
「――今月の新刊三冊」
「……え?」
ボソッと呟くように言ったそのセリフに、俺は耳を疑った。
「聞こえなかった? 今月の新刊三冊買ってくれるなら、偽彼女になってもいいって言ったの」
「……マジ?」
「決めるなら早くして」
「買います。今月の新刊三冊、買わせていただきます」
即答だった。
まあ、しょうがないでしょ。今月の新刊三冊で俺の名誉が守られるんだから。
今月の新刊三冊ってのは俺達の間での通貨みたいなもんだ。
理乃はトップアイドルというだけあって、お金はそれはもう大量に持っている。だから直接の金銭的なやり取りはしない。
そこで貸し借りを明確にするために生まれたのが、この“新刊奢りシステム”だ。
トップアイドル日坂理音様には秘密がある。
それは、結構なオタクであるということ。
男性アイドルのオタクとかではなく、一般的にあまりいい印象を持たれない、アニメやライトノベルなどの二次元のオタクだ。
しかも、自分でも結構なオタクだと自負する俺と同じ程度にはアニメ、ラノベを愛している。
そんな彼女と貸し借りを作ってしまった時に、このシステムは使われる。
何をするかって言うと、簡単に言えばライトノベルのおすすめを紹介するんだ。
今月発売される作品の中で自分のおすすめする作品を紹介し、奢る。ただ、それだけ。
幸いなことに俺の家も平均的な家庭よりは裕福な方なので、そのシステムでお金に困るといったことはない。むしろ、このシステムのおかげで素晴らしい出会いがあったということもある。
そして、今回は新作三冊。
頭の中で各レーベルの新刊を思い出し、その中で自分が気になっていたのをいくつか挙げる。
このシステムのいいところは、語れる仲間が確実にできること。
自分が読んで面白かったものを紹介すれば、相手も必然的にその作品を読む。
そして相手も読み終わった後は、その作品について語ることができるのだ。
ああ、素晴らしきかな新刊奢りシステム。
「それじゃあ、取引成立ってことでいいのかな」
俺のおすすめの作品の説明をいくつか聞いて奢ってもらう作品を決めた理乃は、反動をつけてベッドの上で起き上がり、ニコッと笑った。……流石トップアイドル。笑顔の破壊力が半端ない。
「……マジで助かった。本当にありがとうな」
「いえいえ~。幼馴染のバカに付き合わされるくらい、全然構わないからね。……それに、雅宣なら嫌じゃないし」
「……そうかよ」
少し顔を赤らめて、目を背けながらも笑顔でそう言ってきた理乃に、素直に「可愛い」と思ってしまう。
幼馴染で、学校は一緒ではないけど、一緒に過ごした時間が最も長い友人。
異性として意識していないわけではないが、彼女を異性として好きというわけではない。友人としては結構好きだけど。
―――でも、ふとした時に見せる理乃の笑顔に、胸が高鳴っている気がするのは気のせいだろうか?
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