第29話

 ハンターさんは不思議な機械を使いながら、隣町にある山の中に入っていった。機械を見ながら言った。


「すごいのデース。あんな妖力、始めてなのデース。前回の測定時、私がこれまでに出会った、最高レベルの妖気を放つ激悪モンスターの100倍の力を感知したデース。間違いなくSSSランク、デース」


 ハンターさんは、額から汗を流していた。


「そうなのですか? 僕には何も感じないですけど……何ですかその機械?」


「これは秘めたる妖気を測定する、特殊な機械なのデース」


 桃子が興味津々な顔で、訊いた。


「へー。私たちのも、測れるの?」


「もちろんデース。ちなみに、あなたたちの妖怪ランクは……圏外デース」


「な、なんだそりゃああ」


「圏外ってなに? 喜んでいいの? 悲しんでいいの?」


 ハンターさんは、下唇を噛んだ。


「そんなの、どーでもいいデース。うぅぅぅ……これから退治しようとしている妖怪、ちょっと、私では、ランクが違い過ぎるデース。倒すのは無理デース」


「でも、行くんですか?」


「ある意味、怖いもの見たさデース。みなさんも、逃げる準備をしておくデース。私、チラリ見してから、即刻で逃げるデース」


「なんだそれぇぇー。ハンターなのに、それじゃただの野次馬ですよー」


「だったら、代わりに桃子たちが退治してあげるよ。鬼なら最高っ!」


「退治できないじゃん、圏外なペルたちにはっ」


 その後、ペルたちは獣道のような場所を、しばらく歩いた。山の中腹あたりまで、来た頃だろうか。


 すると……。


「実はこのSSSランク妖怪、かなり特殊な能力を持っているようで、反応が消えたり現われたりするのデース。しかし、具体的な場所は判明してるデース。妖気はあの、お宮から、頻繁に出てるデース。きっとねぐらにしてるデース」


 古びたお宮が見えた。あそこにSSSランクの妖怪がいるという。


 ………………。


 ペルたちはお宮に近づき、そのドアを開けた。中は、肉の匂いが充満していた。クチャクチャと音もしている。肉を食べる音だ。


 そして、ハンターさんは……。


「うきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。お助けーーー。やっぱり妖気が強過ぎるデース。SSSランクがもう一体、近づいてくるのも、感知されたデース」


 ハンターさんは顔を真っ青にして、一目散に逃げて行った。獣道でも何でもない、山の中を……。


 ………………。


 ペルと桃子は、お宮の中をじっと見つめた。


「桃ちゃん、気を付けて。何かがいる。目に見えない、何かがいるっ!」


「どこどこ? 鬼さんどこ?」


「鬼とは決まってなーい」


「でてこーい。退治してやるっ」


 お宮の中で、声が響く。


「なにをしてるの? あなたたちは……」


「あっ。この声は……」


 ペルは目を凝らす。宮の奥には、フライドチキンを食べているお姉ちゃんがいる。


「あれ? どうして、姉さんがこんなところにいるの?」


「本当だ。あれれれ、留年先輩がいる」


 お姉ちゃんは、顔をしかめながら言った。


「………………家出」


「家出? なんで? なんで家出なんてしてるのさ? 何か不満な事が、あったの?」


「あったよ。だって、誰も私に気づいてくれないんだもん。だから、1か月前から、ずっと家出してたのよ」


「1か月前って……知らなかったっ!」


 どうやらお姉ちゃんは1か月も前から家出していてなお、気付かれてなかったという。


「だったら、留年先輩。学校にも来てなかったって事なの?」


「ううん、学校にはたまに行ってはいたよ……」


「そうなんだ……気が付かなかったよ。隣の席なのに……」


 ペルがそう言ったので、お姉ちゃんは頬を膨らませた。


「ふーん。私なんて、いなくてもいても、どっちでもいいんだよ。どーせ。もう、私の代わりに、キャラの被ってる霊子さんがいるんだもんっ」


「何をふてくされてるんだよ」


 ペルがそう言ったところ、ペルの背後からよく知った声が聴こえた。


「お兄さん。その理由、本当に分からないんだか?」


「おや? 白面ちゃん」


「ペルくんの妹さんだっ」


 声の主は妹だ。妹が宮の入口に立っていた。


「白面ちゃん、どうしてここに?」


「んだ。わだすは、お姉さんに食べ物や着替えを持ってきてんだよ。ほら、お姉さんは、店員さんに気が付かれないから、一人で買い物が、できないだー」


「あれ? 白面ちゃんは、姉さんを覚えてるの?」


 妹は、頷いた。


「当たり前だー。家族だからー。忘れるわけないだよ。お姉さん、何か、学校でとても傷つく事があって、それで、ここにこもってしまったんだー。家出ニートだー」


 家出ニート。


 ………………。


「姉さん、だったら、こんなところじゃなくて、家でこもってればいいのに」


「分かってないなー。それはな、お姉さんはな、お兄さんにも腹を立ててるからだべー」


「そ、そうなのかい、姉さん?」


「………………しーらない」


 お姉ちゃんはペルから視線をずらす。


「一体、僕が何をしたっていうんだよ……」


「それは、ペルくん、自分の胸に聞いてみなよ」


「何だろう。姉さんが、1か月前に気分を害する出来事があった」


 1か月前……。


 1か月前……。


 1か月前……。


 1か月前は、心理学の本の第1稿が完成した頃である。


「あっ……」


 ペルが……そしてその隣で桃子も同じように気付いたようだ。


「ペルくん。私、分かっちゃった」


「うん。そうだよ。本の作成者欄に、姉さんの名前だけ、載ってなかったからだっ」


 お姉ちゃんは、頬を膨らませ続けている。


 ずっと、何か大切なものを見落としていると、ペルを含めた部員たちも皆、心にもやもやとしたものを残していたようだった。


 それは、お姉ちゃんの名前である。


 第1稿の作成者欄に、お姉ちゃんの名前だけが、抜け落ちていたのだ。


 お姉ちゃんは、これでも部活の参加率は、歴代1位2位を争う程に高い。役に立っているかどうかは別として……。しかし、それでも、お姉ちゃんなりに、ずっと役立とうと頑張り続けてもいたのだ。


 ペルは、お姉ちゃんに言った。


「だったら、そう言えばいいじゃないかよ。自分の名前だけ抜けてるって」


「………………それも、何だか、嫌だったから」


 ………………。


 これはお姉ちゃんの、プライド、なのだ。


 ペルは、お姉ちゃんに向かって手を伸ばした。


「姉さん、帰ろうか」


「………………うん」


 お姉ちゃんは頷いた。そして、ペルの手を握る。


 妹はそれを見て驚いている様子だ。


「あんれ? わだすがあれだけ説得しても、家に帰ろうとしなかったのに、えらい、簡単に首を縦に振っただ!」


 ………………。


 こうして、お姉ちゃんの家出事件は、あっけなく幕を閉じた。


 更に日数が経過した。そして、本の出版日となる。この日、学期終わりの式を終え、教室で最後のホームルームが行われた。いつも亀の上に乗っている乙姫先生が亀から降りて、自分の足で教壇に立った。クラスからどよめきが生じた。お姉ちゃんも成人バージョンの先生が、自分自身で立っている姿を初めて見て驚く。


 先生は言った。


「これから長期連休ですが、気持ちを緩ませ過ぎないよう注意してくださいね。それにしても、今学期、色々な事がありましたね。これから配るのは、私たちの作った本ですー」


 先生は、本日出版される予定の心理学の本をクラスの皆に配った。クラスメイトらは、何らかの形で、誰もが観察実験に関わっていた。


 お姉ちゃんは本を手に持って、じっと見つめた。すると、感慨深い気持ちが沸き上がってきた。


「これが……。私たちの本……」


 本のタイトルを眺めた。『もし仮に○○○に遭遇したら?』と、書かれている。


「すでに、妖怪たちが作った本ということで、珍しがられて、世界各国からも出版の依頼が来ているみたいなのですよー。今、印刷に大忙しだそうです」


「いいのですか? まだ反響も分からないのに、世界中で出版だなんて」


 乙姫先生は、頷いた。


「私たちがこれまで、頑張って製作に携わってきた本です。価値がないと思ってますか?」


「いえ……価値は、ありますね。出来る限り大勢の人に、読んでもらいたいです」


「印税が入れば、また、新しい観察実験が出来ますね。新学期……また皆で、観察実験をして、二冊目の本を、作りましょう」


 そして、ホームルームは滞りなく終わり、クラスは解散した。


 ペルたち皆が教室から出ていく中、お姉ちゃんは本を抱きながら、目を瞑っていた。この本は努力と、そして青春の詰まっている本だ。


 目を開けると、乙姫先生が目の前にいた。教室には今や、お姉ちゃんと先生の二人しかいない。


「あらあら。ぬらひょんさん。今日はいつものようにペル君のそばにはいないのですか? 珍しいですね」


「あらら。やっぱり乙姫先生は私が見えていたのですね」


「先生ですから当然ですよ。では、ぬらひょんさん。また来学期、宜しくお願いしますね。登校拒否は前回分だけにしてくださいねー」


「……はい、分かりました。また来学期、宜しくお願いします」


 先生は亀に乗って、のっそのっそと教室を出ていった。それを見つめて、再び本を抱き締めた。


 ペルのお姉ちゃんは妖怪である。ぬらりひょんという妖怪で、存在を気づかれ難いという特殊な体質を持つ。そんなお姉ちゃんは、ずっと自分を空気のような存在だと思っていた。取るに足らない存在だと思っていたのだ。しかし、そうではなかった。皆の心の中に、普通の形ではないが、たしかに私という存在が存在していたのだ。この本の製作者一覧に私の名前が載っているのがその証拠である。最終稿を提出する直前、はっきりとではないが、私の名前が載っていないことに気にかけて、提出を延ばしてくれたのだ。


 お姉ちゃんは製作者一覧のページを開いて、自分の名前を確認する。そこには、ぬらひょんという名前が……。


 ………………。


 あ、あれ? な、ない?

 再び最初から最後まで一字一句、くまなく探すが、やはりない。パサリ、と本を落とした。その直後、お姉ちゃんは気付いた。教室のドアの横から、たくさんのスマホが私に向けられていることを。しばらく黙ってそれを見つめているとペルや桃子……他の部員たちも、ぞろぞろと教室に入ってきた。そこには乙姫先生もいた。みんな、パチパチパチと、手を叩いている。


「姉さん、どんな気持ちだったかい? 自分の名前が本になかったのを知った時は?」


「留年先輩。観察実験だよー。許してぇー」


「ごめんなさいね。ぬらひょんさんの本だけ、先生が出版社に無理言って作ってもらった特別製の本だったの」


 どうやら、やられたようである。お姉ちゃん自身が観察実験の対象になったようだ。しかし、嫌な気分ではない。お姉ちゃんは知らず知らずに笑っていた。ペルは言った。


「出版の記念としてさ、本の2冊目に載せる内容、記念すべき一発目に姉さんをターゲットにした実験を行いたい、ってことになってさ。ほら? それなら、みんな姉さんのことを忘れないだろ? なにしろ、一発目って目立つからね。記憶に残るから」


 なるほど。私は、微笑みながら言った。


「やってくれたわね。来学期、今度は私がみんなをターゲットにした観察計画を立てて『恩返し』してあげるわ」


 お姉ちゃんは空気である。しかし、そんな空気だってやるときにはやるのだ。お姉ちゃん達の活動は、まだまだ続きそうである。

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ようかい学園物語~ペルくんのお姉ちゃんは妖怪ぬらりひょんである~ @mikamikamika

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