第28話

 ペルは、不死子と般若に言った。


「ちょっと、胡散臭く思われてなかったかな?」


「仕方ありませんわ。最初から、このようなぶっとんだ話を信じる方なんて、いないと思いますもの。というか、今回のシナリオを担当したのは、ペルくんですよ?」


 痛いところを突かれ、ペルは苦笑いする。


「とりあえず、実験の導入は終えました。あとは、協力者である奥様の演技力にかかっていますね」


 ペルたちは、今回の肝を担う仕掛け人の奥さんと合流した。今回は一般人にも仕掛け人の協力をお願いしている。段取りを確認後、奥さんと別れた。そして、用意していたバンの中に入った。このバンは一寸法子の家の車だ。


 バンの中にはモニターが幾つもあり、事前にアパートに仕掛けていた監視カメラの映像が映っていた。


 しばらくして、仕掛け人の奥さんがアパートに帰宅。こっそり、一寸法子も部屋に侵入した。奥さんはまず机に、わざとらしくスマートフォンを置いた。そしてテレビのスイッチをオンにした。


 テレビから現在放送中の番組が流れる。


 そして仕掛け人の奥さんは言った……。


「あら嫌だわ。財布の入ったバッグを駅前のスーパーに置き忘れてきちゃったわ」


「おいおい。大丈夫かよ、おまえ」


「きっと、ばったり会ったペーちゃん家の奥さんと話していた時よ。店内のベンチに置き忘れてたの。ちょっと取りに行くわね。『15分』ほどで戻ってくるから」


「しっかりしてくれよー」


 バタン。


 奥さんが机の上に、スマートフォンを置いた状態でアパートを出た。


 ターゲットの夫は、じーっとそれを見つめた。


 4分経過した後、男はスマートフォンを手に取った。ペルは思わず声を発した。


「おしっ。ひっかかった!」


「見るのでしょうか?」


「一寸法子に連絡の用意をするね」


 バンの中にある監視モニターの一つに、仕掛け人のスマートフォンの画面と連動しているモニターがある。奥さんの許可の元、ウイルスを感染させたのだ。


 スマートフォンは男に操作されて、ついにメールが開かれた。


 メールには『予定通りの時刻で国会議事堂の爆破を行う』という文面があった。


 男がメールを確認した直後、アパート内に潜入している一寸法子に連絡した。一寸法子は、リモコンを操作し、DVDの再生ボタンを押した。


 アパート内のテレビの画面が切り替わった。


 画面には、有名なニュースキャスターが映った。しかし、これは般若である。ペルたちはあらかじめ、変装した般若をアナウンサーとし、偽ニュースを撮っていたのだ。それをDVDにして、デッキにセットしている。


 画面内でアナウンサーに扮している般若が、言った。


『ここで一旦、臨時ニュースをお伝えします。先程、国会議事堂が爆破された上、安全保安大臣を含めた議員数人が銃殺されました。繰り返します。国会議事堂が爆破された上、安全保安大臣を含めた議員数人が銃殺されました』


 画面が変わり、部員たちで作った国会議事堂の模型が、一昔前の怪獣映画のように、爆竹で爆発する映像が流れた。


 冷静に見れば、造り物だと分かるが、ターゲットの男は、目を剥いて、口をあんぐりと開けていた。


 続いて、犯人と思しき、女の姿が判明した、という内容のニュースが報じられ、人物の映像が映る。それはフードで顔を隠している、仕掛け人の奥さんである。手がアップされ、指輪の映像が映った。偽ニュースでは、これが犯人の唯一の手掛かりだ、というテロップが流れる。男はその指輪を凝視した。


 このタイミングでペルは、男の携帯に電話した。男は電話に出た。


『は、はい……』


「先程お会いした国家安全テロ対策保安科のドッペルと申します」


『……。なんで私の携帯番号を……』


「そのようなものは、こちらで調べればすぐに分かりますからね。それよりも、すぐにテレビをつけてください! どのチャンネルでも構いませんっ!」


『今……ちょうど、テレビを、つけています……』


「選局を変えてみてください」


 男は番組を変えようと、リモコンを探すがない。そして、テレビ本体にある選局ボタンを押した。そのタイミングで一寸法子がDVDデッキのリモコンを操作した。


 どの局からも、同じような内容の緊急ニュースが流れている事を、男に誤解させるのだ。これは、信憑性を高める工夫である。


「どうでしょう。どの局でも構いません。今現在、テレビに映っている指輪は、見えますか?」


『ゆ、指輪ですか……』


「そうです。指輪ですよ、指輪! それがあなたが奥様に贈られた結婚指輪ならすぐに分かるはず。そして、お聞きしたい。答えによっては、すぐにも現場で待機中の射殺部隊に指令を与えなければなりません」


『しゃ、射殺部隊……?』


「安心してください。あなたに手を汚してほしいだなんて、思ってはおりません。こちらで『スパイ』を『処分』をします。では確認します。『テレビに映っている指輪は、あなたが奥さんに、贈ったものですか?』」


『この指輪は……』


 テレビでは指輪のアップが映ったままである。そして、小枠で、アナウンサーに変装した般若が、嘘の状況を報じ続けている。


「指輪は……奥さんの、指輪ですか?」


『妻のもので……は、ありませんっ!』


「………………分かりました。ご協力感謝いたします」


 ペルは、電話を切った。


 第一の観察――電話では、妻を庇う選択をしたようだ。


 では……次はどうだろうか。


 しばらくして、ターゲットの奥さんが帰宅した。


「ただいまー。あら、どうしたの、そんな暗い顔をして……」


「お、おまえ……もしかして。もしかしてだけどな……」


「メール、見たのね……。そうよ。私は、スパイよ」


 色々とツッコミドコロがある展開だが、夫は妻の発言に対して存分に驚いた様子だ。


 ピンポーン。チャイムが鳴った。


 雪ん子だ。


「こんばんわ。国家安全テロ対策保安科の雪と申しまーす」


「あなた、ちょっと出てきてくれる?」


「うん……」


 男は玄関のドアを開け、雪と対面した。そして……。


「単刀直入にお聞きしますが、OSですか?」


「OSって、なんですか?」


「おくさんはすぱい(OkusannhaSupai)ですか?」


 さあ、ここが第二の観察。ターゲットの男は、どう対応するのか。


 なお、この日、計6組の観察実験を行った。スパイネタの他には、乙姫先生にも臨時エキストラになってもらい、犯罪者ネタの実験も行った。ペルは観察内容を記録したノートを閉じて言った。


「いやあ。みんな、身内を庇うものだね」


「わたくし、やはり、スパイネタの場合だと『射殺』というフレーズが、ポイントになっていると思うのですわ」


「生死が関わるから、ね……。スパイのネタじゃなくて『貴方のお子さんは《殺人犯》ですか?』のネタのパターンでは半数が、頭をさげて謝っていたもんね」


「まあ……結局のところは、身内が悪い事をしたら、白状はするけど、命がかかっていた場合は、白状する事に躊躇するっていうのが結論なのかな」


 桃子は、キビ団子を食べながら頷いた。


「にしても、最後はそこそこ手が込んでいたよね、ペル君発案の実験だけに」


「桃ちゃんのが単純なだけだよ」


「シンプルイズベストじゃーん」


 ………………。


 こうして、最後の観察実験を終えた。


 翌日から、本の編集作業が始まった。最高の心理学の本を完成させたく、まず最初に、これまで行ってきた大量の観察実験の内容を分類わけした。実験に関わってきたOBも、手伝ってくれて、思った以上に早くに第一稿が完成し終えた。


 内容は、これまでの努力が詰まっている良い出来きだと思えた。更に推敲が行われ、最終稿も完成する。あとは出版社に提出するだけだ。しかし、最終稿には大事なものの記載が忘れられていた。幸い、みんなも、何か大切なものを見落としていると思っているようで、まだ出版社に最終稿を渡せずにいた。


 そんな時である。


 ペルと桃子が一緒に帰宅していた時、進行方向に1人の女が立っていた。20代半ば程の、金髪碧眼の外人さんである。彼女はペルと桃子を見て言った。


「おまえら、妖怪デースねっ!」


「はい。そうですけど……あなたは?」


「お姉さん、だれ? 何者っ?」


「私の仕事は、ヴァンパイアハンター&ゴーストスイーパー&モンスターハンター&マーケットのレジ打ちデース」


「なんか、最後だけ、違う職種があったよーなっ!」


「生活の為に、大事な仕事デース。そして、おまえは悪い妖怪デース。退治しにやってきたデース」


 女は刀を抜いた。刃が鋭く光り本物のように思えた。


 ペルと桃子はガクガクブルブル。


「ちょっと……ま、待ってください。僕らは学生です。日本政府に認められた妖怪なんですよ」


「日本政府に、認められた、妖怪っ? そーなのデース?」


「そうです。海外では分かりませんが、日本では今の時代、妖怪と人間は共存しているのです」


「そーなのデースか? 私、日本人じゃないので、そういう事情に疎いデース。ただ、私の仲間が、ここら辺で、すごい妖気を持った妖怪がいて、放っておけないって、言っていたデース。だから来日したデース。あなたたち、知らないデース?」


「さあ……」


「きっと、災厄になるかもしれないデース! 退治しなくちゃいけないデース」


 なるほど、目の前の女は仕事でやってきたのか。


 そして、退治という言葉に桃子が反応した。


「退治っ! 退治と言えば鬼。ちょー面白そう。ねえねえ、お姉さん、私たちも手伝ってもいい? 退治に手伝ってもいい」


「アウチっ! それは一体、どーしてデース」


「面白そうだからでーす」


「オッケーデース」


「はやっ! 了承するの、はやっ!」


「ペルくんも、一緒に行こうよ。鬼退治っ」


「いやいや、あの人、一言も、鬼って言ってないからね?」


 ………………。


 結局、帰宅途中のペルたちは、ハンターさんの仕事に付き合う事にした。


 まあ、暇だったから、別にいいが……。

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