第18話

 空が完全に暗くなるまで、まだ時間がある。なんだか、やってみたい気持ちになってきた。


「桃ちゃん。僕だって構わないけれどさ、お供え物をくすねた挙句、お地蔵さんを実験の仕掛けに利用なんかして、本当にバチが当たっても、知らないよ?」


「あははは。そんなバチなんて当たらないって、ペルくんも心配性だね」


 その後、近くの電気店で小型の通信機器を購入。その通信機器を地蔵に取りつけ、準備を終えた。こっそりと隠れると、地蔵を観察しながら待機する。すると、小学生くらいの2人の子供たちがやってきた。兄妹だろうか。地蔵を横切ろうとした時、桃子はスピーカー越しに彼らに話しかけた。


「こんばんわー、君たちー」


 子供たちは地蔵の前で立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回した。


「こっちだよこっちー。ボク、お地蔵さん」


 子供たちは驚いた目で、地蔵をじっと見つめた。


「お地蔵さんがしゃべって、びっくりした?」


「うん。びっくりした」


「びっくりしちゃったあ」


 2人は、返事した。


「ねえねえ。ボクとおしゃべりしよーよ」


「やだー」


「なんでなんで? ボクのこと、こわいの?」


「こわーーい」


 女の子が、言った。


「ボクもね、こわいんだ。どうして喋れるようになっちゃったのかわかんないんだもん。でもね、今日だけ特別におしゃべりができるみたいなんだー。るんるんるん。だから、おねがいだよー。ずっと誰かとおしゃべりしたかったんだよー。ボクとおしゃべりしてくれる? おねがいー」


 2人はしばらく考えているような素振りを見せた後、頷いた。


「いいょー」


「ほんと? わーいわーい。嬉しいな。ボク、嬉しくってダンスしたくなっちゃった。でも、ボクお地蔵さんだけに、ダンスができないの。君たち、ボクの代わりに踊ってくれる?」


 すると、子供たちは踊り出した。なんという純真さだろう。


「ありがとーう。ところで君たち、小学生?」


「うん」


「何年生?」


「3年生だよ」


「私は、2年生ぃ」


「学校は楽しいかな?」


「うん。楽しいよー」


「楽しいー」


「それは良かったよ。実はね、ボクも学校に通っているんだよ。お地蔵さんばっかりの学校にね。でも、みんな無愛想だからねボク、交流関係に疲れきちゃってるの。それでさ、肩が凝って仕方がなくってさ……もしよかったら、ボクの肩をモミモミしてくれないかい?」


 子供は、地蔵の肩をモミモミする。


「うわああああ。きっもちいいいいいいい。どうどう? 凝ってる? ボク肩、凝ってる?」


「うん、すごくかたい」


「そりゃあ。石だけに、固いさ。あはははは」


 なーんて、会話を続けた。実験結果、なんと、その後16人に声をかけたところ、約半数が反応してくれた。


 会話の後、『どうして会話をしたのか?』と質問した。すると、『いやー。声をかけられたから、ついつい』等という意見が多かった。


 ペルは実験結果を記載したノートを閉じて言った。


「みんな、意外に地蔵が話しかけてきても、応えるものなんだね」


「きっと、あれだよ。超常現象を信じないという気持ちがある一方、もしかしたら、本当に超常現象があるのかも、というそんな考えからかもしれないね。もしくは、私の話術が神過ぎたとかっ」


 桃子が、したり顔で言った。


 ………………。


「にしても、お地蔵さんを勝手に実験に利用しちゃって、本当に大丈夫なのかな?」


「ペルくん、まだ言ってんの? 大丈夫だって。お地蔵さんも、きっと楽しかったってさ」


「……桃ちゃんは、ちょっと、バチが当たった方がいいかもしれないね。お地蔵さんにお願いしよう。なにとぞ、桃ちゃんにバチが当たりますよーに」


 ペルはパンパンと、手を叩いてお地蔵さんにお辞儀した。


「ペルくん、ひどいなー」


 すると……。


「桃子にバチがあたりますよーに」


「右に同じくー」


 他の部員たちも次々にペルを真似して、手を叩い後、地蔵にお辞儀をした。


「ちょっとちょっと、ひどいな。みんなー、酷すぎMAXだよー」


「桃子ちゃんはひとりでお萩を食べたんでちゅ。せんちぇーの分を残してくれなかったんでちゅ。せんちぇーは許ちまちぇん。罰、あたれー」


 乙姫先生まで地蔵に手を叩いてお辞儀した。


「いいさいいさ。どーせ、バチなんてあたりっこないんだから。あはははは」


 桃子は余裕といった様子で笑っていた。


 翌日。桃子は本当にバチが当たっていた。休日明けの月曜日。ペルが登校するや、桃子が青ざめた顔で、ペルの席に駆けて寄ってきた。


「ペルくんペルくん。大変だよ。出なくなっちゃったよ」


「え? なにが?」


「オシッコだよ。オシッコが出ないんだよぉぉ」


「意味が分からない……」


「ペルくんは? 朝、オシッコしたの?」


「いや、僕は尿意を覚えなかったから、しなかったけど……」


「うっそーん。朝にオシッコしない人なんて、いるのかああああーい」


 桃子がそう叫んだ時、雪ん子も教室に入ってきた。


「あ、雪ちゃんっ」


「雪ちゃん、どーしたの? そんな額に汗をかいて」


 雪ん子は鬼気迫る顔でペルに言った。


「ODだよーODー。チョーまずいよぉぉぉ」


「ODってなーに?」


「おしっこでない(OsikkoDenai)」


 ………………。


 続いて、天狗実もやって来た。


「ああ、ペルっちたち、いいところにいたゾヨ。大変な事が起きたんだゾヨ」


「天ちゃんも、ODなの?」


 雪ん子が訊くと、天狗実はすぐに頷いた。


「もしかして、『おしっこでない』ゾヨか? そーゾヨ! なんで分かったんだゾヨか?」


「というか、天ちゃんがODの意味を瞬時に分かった方が、僕には不思議だな」


 桃子がふと思いついたように言った。


「乙姫先生はどーなんだろう。あと、ふーちゃんも」


「先生は大丈夫のようだゾヨ。登校時、亀に乗ってのそのそと学校に向かっている先生にばったり会って聞いてみたけど、特にいつも通りだったと言ってたゾヨ。不死子については知らないゾヨ」


 そう噂していたところ、件の不死子も青ざめた顔でやってきた。


「み、みなさん……ここにお集まりでしたか。一大事ですわ。一大事なのですわ」


「ふーちゃんも、オシッコでないの?」


「オシッコだなんて下品な言葉を使っては……でも、確かにその通りです。お尿がでないのですわ。もしかして、みなさんも?」


 ペル以外の3人が、同時に頷いた。


「ふーん。にしても、みんな大変だねえ」


「ちょっと、ペルっち、何を他人事のように言ってるんだゾヨ」


「あははは。だって、本当に他人事なんだもん。さーて、僕は快便ならぬ、快小便でもしてこよーかな」


 ペルは席を立ち、廊下に向かう。


「ペルくん。あんたはUMだ。UMだ、こんにゃろー」


「雪ん子ちゃん、UMってなんだい?」


「うらぎりもの(UragiriMono)」


「もう、普通に最初から『裏切り者』って言った方が早いゾヨー!」


「裏切り者で結構、結構。君たちの分もスッキリしてきてあげるよ」


 ペルは睨みつけてくる彼女らの視線を受けながら、教室を出た。そして用を足すために、トイレに入室。


 その3分後、急いで教室に戻った。ペルの机の周りには、まだ彼女らがいた。


 ペルは顔をひきつらせながら、言った。


「ショ、ションベンがでねえええええええ」


 それを聞いて、桃子がニタリと笑った。


「ほーら見たか。そう思って私たちは、ペルくんの帰りを待ってたんだよ。オシッコが出ない、この危機感、絶望感を味わったか」


「そうゾヨ。桃子のいう通りゾヨ」


「ペルくんだってODだったんじゃーん」


「これでペル君もわたくしたちの仲間ですわね。おほほほほ」


 4人の顔に大輪の花が咲いたっ!

 ペルは焦り始めた。


「く、くっそー。このままでは膀胱が破裂しちゃう」


「ねえねえ。膀胱が破裂しちゃうと、どーなるゾヨ?」


「………………。あひゃあああ。具体的に想像しちゃったよ」


 本当に想像し、身の毛がよだつ。


「げろげろげろ。TGだよ」


「雪ん子ちゃん、TGって何だゾヨ」


「ちょーぐろてすく(TyoーGurotesuku)」


「もう、普通に話せゾヨー」


 確かに危険。超危険である。


 桃子が不死子に訊いた。


「血がドバーってなったりするのかな。ねーねー。ふーちゃんの特殊能力で何とかならないの?」


「わたくしは、誰かが死んだ場合は健康体で蘇生させられます。しかし、生きている時の、怪我や病気は治せませんわ」


「だったら、死んだらいいって事だよね」


 雪ん子の問いかけに、不死子は頷いた。


 おお。解決策があるのか! それは良かった。


「……まあ、一人くらいだったら蘇生できますが、全員は無理ですよ?」


「やっほーい。だったら、SKじゃーん」


「もしかして、『しねばかいけつ(SinebaKaiketu)』ゾヨか?」


「先に言わないでよぉぉ」


 雪ん子は、頬を膨らました。


「だから、全員は無理ですよ? ………………っで、誰か死ぬのですか?」


 ………………。


 ペルは頭を抱えてかぶりを振った。解決策が見つかった、と喜んだのも束の間だった。


 死ねば解決する。死ねば解決するのだが……。


 それは……。


「この先さ、きっと死ぬより辛い目に合いそうだけど、死にたくなーい。死ぬの、嫌だー」


 そう。死ぬのは、怖い。死ぬのは、痛い!


「ふーちゃんは死んだら、生き返るって能力もあるんだよね。不死鳥の妖怪だけに。だったら、まず、先にささっと死んじゃえば?」


 本日の桃子の爆弾発言が投下。不死子は目を剥いた。


「ちょ、何を言ってるのですかー。死ぬってどれだけ痛い事か、経験があるのですかー。いくら、すぐに生き返るといえど、そう易々と、コンビニに立ち寄る的な感覚で死ねますかーい!」


「確かに、死んだ経験は……ない。それを想像したくもない」


 桃子が頷いた。


 死ぬのは誰だって嫌だ。


 よく人生について死ぬより辛い事がある、という人がいるが、死ぬより辛い事なんて、存在するはずがない。『死ぬ』ことこそが、一番辛いのだから。しかし、このまま悩んでいても仕方がない。ペルは、みんなに言った。


「てか、みんな、何が原因なのかを考えてみようよ」


「そうだよ。そうだよ。それがTIAだよ」


「雪ん子ちゃん、もしかして『ちょーいいあん(TyoーIiAnn)』ゾヨか?」


「天ちゃん、だから先に言わないでよー。KYだよーKYー」


「KY……『空気読め』……ですわね」


「ふーちゃんまでぇ」


 雪ん子は涙目となった。


 ペルは話を元に戻す。


「というか、このメンバーは明らかに乙姫先生以外、昨日の部活動参加メンバーだよね。皆も昨日の出来事に何らかの原因があると思って、こうして僕のところに、集まったんだよね」


「そうですわ。そうですわ! やはり、そう考えるのが自然ですわよね。でしたら、この怪奇現象が起きた理由は、昨日のどこかで、わたくしたちがとりました行動などに由縁する原因があるわけと、そう推論できるわけですわよね」


「だったら、一体、どこで、だゾヨ」


 ペルたちが怪奇現象の原因について、昨日を振り返って思案していた時、ぼそりとした声が周囲に響き渡る。


「もしかして、私のせいかも」


 ………………。


「あれ? 今、DKKじゃない」


「DKK?」


「どこかからこえがきこえた(DokokakaraKoegaKikoeta)」


「確かに、わたくしも、雪に同じくですわ。どこかから声が聴こえました」


「こっちだよ。こっち」


 桃子がきょろきょろと教室を見回しながら言った。


「どこー。誰が、話してるのー」


「そうゾヨ。誰ゾヨかー」


 誰の声なのか、ペルだけには分かった。そう、お姉ちゃんの声である。しかしペル以外の誰もが気づいていない様子だ。


「……みんな。僕の隣の席を見てくれないか」


「え? 空席ではございませんか?」


 雪ん子が不思議そうに訊いてきた。


「ペルくん、ここ誰かいたっけ?」


「もっと目を凝らして。見てくれないか? 凝視するように」


「何をおっしゃっているのか、意味がわかりま………………あ、あれえええええええええ。わたくし、下半身だけではなく、目もおかしくなったのでは!」


「いいや、不死子。私にも見えるゾヨ……何か透明な……透明な何かがあるゾヨ」


「何かではなく、人だっ。あぁ、思い出した! ペル君のお姉ちゃんだ! 留年先輩だっ!」


「留年先輩? 桃子、NIIFだよ」


「雪ちゃん、NIIFって?」


「なにをいってるのかいみふめい(NaniwoItteirunokaImiFumei)」


「分り難いゾヨー」


「えへへ」


「照れるなゾヨー! 褒めてないゾヨーっ!」


 雪ん子に天狗実がツッコんだ。しばらくして雪ん子もようやくお姉ちゃんの姿を認識したようだ。桃子がペルに訊いた。


「確か、ペル君のお姉ちゃんって、勉強についていけなくなって、留年したんだっけ?」


「いいや。ぬらひょん姉さんは、存在感の薄さゆえに、出席簿でいつも欠席扱いにされてさ、出席日数不足で留年したんだ。実際は、無欠席なのに」


「それはそれは摩訶不思議な留年理由ゾヨなー」


「留年先輩の存在感は薄すぎて、記憶からも消えちゃうんだよー。存在ごとさー。あははは」


「そんな不思議な留年生徒が、同学年にいたとは知らなかったゾヨ」


 お姉ちゃんは頬を膨らませた。本人を目の前にして言いたい放題するなんて、とても失礼なことだ。ペルはお姉ちゃんに訊いた。


「ところで姉さん、『私のせいかも』って、それはどういう意味なの?」


「ほら、昨日の実験後、みんなで、『バチがあたりますよーに』ってお地蔵さんにお参りしたじゃない」


 それを聞いて不死子は驚いた。


「ええええぇぇぇぇ。ペルくんのお姉さま、昨日、あの場にいらっしゃったのですか?」


「朝からいたよ。私の部活動の参加率はね、結構高い方なのよ。大抵はいるからね。気づかれてないだけで」


「一日中一緒にいたのに本当に、気が付かなかったゾヨ」


 天狗実も目を丸くしている。


「………………っで、姉さん。確かにお地蔵さんにお参りしたね。それが、なんなのさ」


「皆は桃子にバチがあたれ、ってお地蔵さんにお参りしてたみたいだけどね、私は、『私に気が付かないみんなにバチが当たって、オシッコが出なくなりますよーに』ってお参りしたんだよ」


「ピ、ピンポイントじゃん、留年先輩ぁぁぁぁーぃ」


 桃子は顔を青ざめさせた。


 不死子も同じ様子だ。


「でも、どうして、乙姫先生は無事だったのでしょうか? わたくし、そこも気になりますわ」


「乙姫先生は私に気付いていながら、わざと気付いていないフリをしていたからだろうね。乙姫先生は、最近、なぜか私に変なイジりをしてくるのよ」


「何と言う事だゾヨ! 神社とかでお参りする時、『〇〇になりますよーに』って、お願いするけど、それが本当になるなんて!」


「SBだよぉぉ。SBだよぉぉぉぉぉぉ」


「えーと、雪ん子さん。SBってなーに?」


 と、お姉ちゃんは雪ん子に質問した。


「そんなばかな(SonnaBakana)」


 ………………。


「で、でも皆! これで解決法の糸口が、見えたんじゃないのかな」


「だね。こうなったら走るんだ! 膀胱に溜まった、水分を汗として流し出すしかないっ!」


「桃ちゃん、ちがーう」


 時々思うが、桃子は……やはり変な子だ。


「やってみなくちゃ分からないじゃないか。私は、走ってくるよ」


 桃子はそういって教室を出ていった。


 ………………。


「膀胱に溜まった水分を、走る事で、汗として排出できるのでしょうか? わたくしは懐疑的ですわ」


「試してみれば分かるゾヨ。ただし、私のこれまでの経験上、そのやり方では難しいゾヨなー」


 確かにそうだ。ペルもそれに同意する。マラソンの最中に尿意を覚えても、走っている最中にそれが消えることはない。


「まあ、今回解決出来たとしても、この先いつも走る事で、ションベンの代わりに汗として水分を流し出すってのも、根本的な解決にはなってないもんね」


 ペルの意見に不死子が賛同した。


「うわべだけではなく、根本的な解決が必要ですわ。つまりはこの、わけのわからない呪いを解く事が、ですわ」


「となると………………そもそも姉さんが、お参りして、こんな摩訶不思議な事になったんだから、もう一度、姉さんがお参りしたら治るんじゃないのかな。今度は『元に戻してくださいっ』ってお願いしてくれれば」


「そうですわ。膀胱が爆発する前に、是非! ペル君のお姉さま。さあ、お地蔵さんのところに向かいましょう」


「いいよね! 姉さん」


「うん……いいけど」


 お姉ちゃんは了承した。この方法で問題が解決する可能性は100%ではないだろう。しかし、試してみる価値はあると思った。再びお姉ちゃんが、地蔵にお参りをするのだ。

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