第19話
教室を出るのとホームルームのチャイムが鳴ったのは同時だった。教室にやってきた乙姫先生とすれ違うように廊下に出る。
「こらー。もうホームルームを始めますよ。『4人』とも、廊下を走ってはいけませんっ」
………………。
校門を出た後、駅まで走り、電車に飛び乗った。昨日、観察実験を行っていた街に向かうのだ。桃子はどこに行ったか分からず、学校に置いてきた。現在は『5人』で移動している。『4人』に見えるが確かに『5人』である。電車の中ではペルたちは苦悶の表情を浮かべており、乗客からの注目を集めていた。
そんな時よく知った妖怪に出会った。妹である。
「あれれ? お兄さんじゃないだか」
「は、白面ちゃん。どーしてこんなところにいるの?」
妹は他の車両からこちらの車両まで、まるで散歩するように歩いてきた。
「わだす? わだすは、電車に乗っているだけだすよ」
妹を見て天狗実が驚いた。
「うわ。なんだゾヨ、この子。前髪で顔が見えないゾヨ」
不死子は天狗実に、ペルの妹を紹介した。
「天狗実、彼女はですね、ペルくんの妹さんなのですわ。こないだ、部活で一緒に温泉地に行ったのです」
妹は他にも空席があるのに、なぜかお姉ちゃんの膝の上に座った。わざとだろうか。というか……お姉ちゃんの存在に、気付いているのだろうか?
お姉ちゃんは困惑した。
「白面ちゃん、どこかに行くの?」
「わだすは、別にどこにも行かないだよ」
「だったら、どーして電車に乗ってるゾヨか?」
「そうだよ、白面ちゃん。なんで電車に乗ってるんだよ?」
と、ペルも訊く。
「わだすは、ただ、電車に乗ってるだけだ。ほら、遊園地なんかに行ったら、一回のアトラクションの乗り物に数分間乗るだけで、数百円もかかるだよ。一方、電車は隣町までの切符百円ちょっとで一日中、行ったり来たりを朝から夕方まで楽しめるんだー。景色も変わって、楽しいだー。駅弁も楽しみの一つだべ」
「そ……それって」
キセル乗車になるんじゃ、と言おうとしたのだが、止めておいた。そういったルールに詳しくない。この地域の電車は、ラッシュ時にも満員にはならないし、迷惑にならなければいいのかもしれない。注意されたらその時、止めればいいのだろう。居眠り等をして、目的地の駅を降り過ごしたりする人も多いのだから。
妹はみんなに神妙な顔で見られている理由について、勘違いしたようだ。
「大丈夫だ。大丈夫だ。以前の反省を元に、酔い止め薬は、ちゃんと飲んでるだー。わだす、電車に乗るのにハマっちゃったんだべ」
「まあ……楽しければ、いいんだけどさ。ここのところ夕方まで、どこに行ってるかと思ってたら、電車に乗って、行ったり来たりを繰り返してたんだね」
「んだんだ。いつか東京さ行って、山手線をグルグル回ってみたいだよー。終電まで終着駅のない電車なんて、あこがれるだー。バングラディッシュに行って、電車の上にも乗ってみたいだー。バングラディッシュの通勤電車では、乗客は電車の屋根の上に乗るっていうんだべ。刺激的だよー」
それを聞いて、雪ん子が頷いた。
「そりゃそうだよ。屋根に乗るなんて、命の危機に直面してるわけだからさ。それは刺激的だよ。ペル君の妹さんってKKだね」
「んだ? お姉さん、KKってなんだす?」
「かわったこ(KawattaKo)」
「むっ! わだすは変わった子じゃないだ。ただの鉄道オタクだ。乗る方のっ」
前髪とお面で顔が分からないが、妹は気分を害した様子。
たぶん。
「どーでもいいけど、白面ちゃん、さっきから、どこに座ってるのか分かってる?」
「お兄さん、何を言ってるんだべ? わだすは座席に座って……あれ、あれれ? 浮いてるだ」
妹は下を向いて驚いている。
「浮いてない浮いてない。じっと、見つめてみなよ。どこに座っているのか」
「あ、あれ? わだす、頭がおかしくなっただか? 足のようなものが見えてきた。ま、まさか……」
白面ちゃんは恐る恐る振り返り……。
「うわあああ。人がいるだー。初めましてぇえぇええええええ」
「89回目」
「も、もうしわけないだ。空席かと思って、足の上に座ってしまってただよ。って、あれ? お姉さん、どこかで見たよーな」
「そりゃあそうだよ。君のお姉ちゃんなんだから」
「うひゃああああああ。そうだったそうだった。わだすのお姉さんだ。つい今朝も、囲碁を打ってもらってたんだ。いま思い出しただー。思いぃぃぃーーーー出したっ!」
「………………」
お姉ちゃんは無言で頬を膨らました。
目的の駅に到着すると、ペルたちは妹と別れ、地蔵のある場所まで駆けた。
「ヤバイよヤバイよ。TOMだよ」
不死子は雪ん子に訊いた。
「雪ん子さん、TOMってなんですの?」
「ちょーおしっこもれそう(TyoーOsikkoMoresou)」
「漏れるなら漏れた方が、まだましゾヨ。漏れる事も出来ないので困っているんだゾヨ」
確かにその通りっ!
「そうそう。そして、早く、姉さんにお地蔵さんに、お参りしてもらわなくっちゃ。治らなかったら、また別の解決策をすぐに探さなくちゃならないし……って、姉さんどこ?」
「あれれ? ペル君のお姉さまが……いないですわっ!」
「まさか、電車から降りていなかったとか、チョー勘弁だよ」
ペルは落胆しかけた。しかし、それは杞憂である。
「ちゃんとにいるよ」
お姉ちゃんの姿は見えないが、声は聴こえるようだ。
「ああ! どこからか声が聴こえてくるゾヨ。どうやら近くにいるみたいゾヨ。どこにいるのか分からないけど、先を急ぐゾヨ」
「むむむ……」
お姉ちゃんは、唸り声をあげた。
「あれれ? なんだゾヨ。急に体が重くなったゾヨ。不思議ゾヨー」
「うん。不思議だねー」
ペルは天狗実の背中を凝視した。天狗実の体が重くなった理由は、お姉ちゃんが彼女の背中に飛び乗ったからだ。しかし、なお天狗実は、お姉ちゃんが背中にしがみついている事に気付いていないようだ。
………………。
ようやく地蔵のあった場所に到着。しかしそこは、昨日とは全く違った光景となっていた。トラックなどが行き来する工事現場となっていたのだ。
看板には本日の日付から2カ月の間、工事予定と記載されている。
「どうなってんの。チョーウケルんだけどー。なんで今日から工事が始まってるわけ」
「雪ん子さん、わたくしだってウケますわ。ウケすぎて、涙だけでなく、脂汗も流れてきましたわ」
「なんという不運だゾヨ! お地蔵さんが置かれていたところが、平地になってるゾヨ」
ペルは工事現場の関係者と思われる、ヘルメットをかぶったおじさんに声をかけた。地蔵のあった場所を指した。
「すみません。あそこにあった、お地蔵さんは、知りませんか?」
「お地蔵? えーと、たしか、2時間前程だったかな、お寺の関係者のような人が、動かしていったけど。住職さんのような服装だったからね」
「おじさん、SDTWですか?」
「えっ? SDTWってなんだい?」
「それどこのてらかわかりませんか(SoreDokonoTerakaWakarimasennka)」
「普通に訊けゾヨーーー」
おじさんは、首を傾げた。
「さあ。ちょっと分からないな。現場監督に訊いてきてあげようか?」
ペルは頭を下げた。
「ありがとうございます……ところで、ここら辺にトイレってありますか? ちょっと、緊急事態で」
「トイレだったら、我々のトイレを使うといいよ。ほら、あそこに仮設のトイレがあるだろう。自由に使っていいよ」
「ありがとうございます」
「えええー。ペルっち、もしかして、治ったゾヨか? まだ、お姉さんに、お参りしてもらってないのに、ずるいゾヨ」
「小じゃなくて大の方だよ。ついさっき、お腹がギュルギュルと鳴り出してね」
「ああ、成る程、便意って、ある時唐突にやってくるゾヨねー」
ペルは作業員用の仮設トイレに走り、ガチャリと鍵をかけて、便意を解消させようとした。
しかし……。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
大声で叫んだ。なんという事だ。どうやら、『大』も出来ないらしい。ズボンをあげながら、戻ってくる。
「おー。ペルっち、早かったゾヨね」
「で、出なかった。ウグ……く、苦しい」
お腹を押さえて、その場でうずくまる。その様子を見て、不死子が心配そうな顔でペルに声をかけた。
「ど、どうしたのですか? ペルくん、一体何があったというのでしょうか? 出なかったって、まさか……」
「そうだよ。大便も出なかったんだよ。どういう事だよ、姉さん!」
ペルはお姉ちゃんに訊いた。
「え? ペルっちは、なんで私に向かって聞くゾヨ?」
「いやいや。天ちゃんではなく、天ちゃんの背中にしがみついている姉さんに言ったんだよ」
「え? 私の背中ゾヨか? うわわああああ。いつのまに」
天狗実は首だけをまわし、お姉ちゃんを見つけて驚嘆の声をあげた。一方のお姉ちゃんは、ニッコリと笑う。
「やったああー。やっと気づいてくれたっ! うわあああい。やっほほおおおーーーい」
「喜ばないっ! 姉さん、どういうこと?」
「うーんとね。確か私ね、大も出来なくなりますよーにとお願いしたよーな気もするわ」
「えええええええー」
そ、そんなアホなーーーー、といった顔を誰もがする。
不死子は、かぶりを振った。
「だ、だだだ、大はヤバいですわ。大はっ! 大腸がベンだらけになっちゃいますわ」
「KUDになるかも。だって、つながってるんだもんっ!」
「KUDって……雪ん子さん……まさか、まさかですが……。わたくし、意味が分かりました」
「私も、同じくだゾヨ」
「僕もだよ。くちからうんこでちゃう、なの? (KutikaraUnnkoDetyau)」
「チョーすごい! よくわかったねー、ペルくんっ! 口と肛門は、繋がってるんだもん。すっごーい」
な、なんてことを考えるのだ、この子は……。
「雪ちゃん。自分で言っておいて、僕がその意味を分かった事を褒めないっ。そして、とてつもない事を考えないっ!」
「しかし、可能性としては、なきにしもあらず、ですわ。わたくしも、決してないと、そう思いたいのですが」
「僕も同じだよ。口からウンコを出す生物なんて聞いた事がない。……あっ、来た来た」
現場監督との話を終えたおじさんが、戻ってきた。
地蔵が移された場所が分かったのか、おじさんに、期待の目を向けた。
「君たち、どこの寺に地蔵が移されたのか分かったよ。この近くの寺らしい」
「ほっ。良かったですよ。僕たち、あの地蔵に大事な用があるんです。っで、どちらのお寺なのですか?」
「ここから3キロほどの場所かな、この道を真っ直ぐ進んでいくと、お寺への標識が見えてくるから。そこを曲がればすぐだよ」
「さ、3キロ……」
な、長い……。
工事現場を後にして、寺に向かった。3キロといえば遠いには違いないが、普段であれば、それほど苦にはならない距離だ。しかし、今は事情が違う。ペルは腹を抑えながら歩いた。なお、不死子もペルと同じ状況になりつつあるようだ。
「タクシーは、タクシーはこないのでしょうか? わたくしもペルくんと同じく、少々、お腹がゴロゴロと鳴り出しそうになっております。というか、たった今、鳴り出しております……」
「ふーちゃん、これ辛いよねぇ。寺に行って、姉さんにお参りしてもらって、それで解決だよ。……運が、良ければ」
「なんということでしょうか。ずっと見えなかった、ペルくんのお姉さまのお姿が、今でしたらはっきりと見えますわ」
「私も見えるゾヨ」
「私もチョー見える」
「ほ、本当に?」
お姉ちゃんは驚き顔だ。お姉ちゃん自身が喜怒哀楽の感情を持つと、見えるようになるが、じっと見つめたり、意識を集中された場合も、その当人にとって、お姉ちゃんの姿が見えるようになる。
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