第17話
今、街を歩いている。通行者の数は多くも少なくもない、といったところだろう。過密でも過疎でもない場所かつ時間帯ということだ。そして、今回のターゲットである女子大生と思われる若い女の近くを、距離をとって歩いていた。
本日の観察実験の参加メンバーはペル、雪ん子、桃子、不二子、天狗実、乙姫先生(幼児バージョン)。これから行う観察実験は『集団行動に対して人は、どこまで付き合ってくれるのか?』という内容だ。
しばらくして、幼児バージョンの乙姫先生が、ペルたちの進路方向に飛び出してきた。そして、手をピストルのような形にし、それを桃子に向けて叫んだ。
「やっつけてやるぞっ。ばあああぁぁぁぁあああああああん」
桃子は胸を押さえて、そのまま倒れ込んだ。
「あひゃあああああああ。やられーーーーたーーーーーーー」
若い女は目を見開いて、それを見ていた。
そのまま乙姫先生は、ペル、雪ん子、不二子、天狗実の順に、手の鉄砲で撃つ真似をした。
「世界に平和を、取りもどぉすんだぁー。ばんばんばんばーーーーん」
ペルたちも盛大に倒れた。
「ぎゃあああああ」「チョーいたあああい」「わたくし、やられましたわ。ガクリ」「もっと、生きて……いたかった……ゾヨ」「……流れ弾が、あたったわ」
倒れた後に薄目を開けて若い女を見た。突然の出来事に狼狽している様子だ。
乙姫先生は今度は、若い女に手の銃を向けて叫んだ。
「ばあああぁぁぁぁあああああああん」
「………………あれええ」
若い女は意外にも反応が良く、すぐさま胸を手で押さえて倒れるフリをしてくれた。
この時点で、今回の実験の導入に成功した事になる。ただし、内容は『どこまで』付き合ってくれるのかというものだ。続けて乙姫先生は、笑顔で言った。
「みなちゃーん。ふっかーつ。腕立て伏せ、はじめりゅよー」
時間差で起き上がると、腕立て伏せの準備をした。そして、じーーーと、若い女を見つめる。
すると、若い女も慌てて腕立て伏せの準備をした。両手を地面につけ、足の爪先をたたせる。
乙姫先生も腕立て伏せの準備をすると叫んだ。
「じゅーーーーーう」
掛け声に続いて、連呼する。
「じゅーう」
「きゅーーーーーう」
「きゅーう」
「はーーーーーーち」
「はーーち」
「みーーーーーーつ」
「みーつ」
「ぶんぶんぶーーーん」
「ぶんぶんぶーん」
明らかに目立っている。他の通行人がこちらを不思議そうな目で見つめていた。若い女は運動不足のようで、はぁはぁと息切れしている様子。
「きりーっつ。こんどは、すくわっとだよー」
再び時間差で立ち上がり、スクワットの準備をした。そして、みんなで若い女を、じーーーっと見つめた。
若い女は苦笑いをしながらも立ち上がり、スクワットの構えをした。
「じゅーーーーーう」
「じゅーう」
「きゅーーーーーう」
「きゅーう」
「はーーーーち」
………………と、実験は続いた。
実験後、ペルはノートに今回の若い女へのインタビュー内容を記入した。『どうして付き合ってくれたのですか?』と質問したところ『なんとなく、つい』と返ってきた。実は、そういう意見が大半である。本日は休日。朝からずっと年代別、性別等でこうした観察実験を行っているが、現時点では年配者よりも若者、女性よりも男性の方が、このおかしな筋トレに長時間付き合ってくれる事が判明した。
ペルはノートを閉じて言った。
「やっぱり、ノリは若い人の方がいいのかな」
それに対して天狗実が首を傾げた。天狗実は天狗の妖怪である。
「いいや。分からないゾヨ。だって、筋トレがシナリオに組み込まれているから、おばあちゃんとかおじいちゃんたちは、腕立て二回程で、力尽きていたゾヨ。付き合ってくれなかったというか、できなかったゾヨ」
不死子が話に入ってくる。不死子は不死鳥フェニックスの妖怪である。
「しかし、人間というのは、流される生き物ですわね。わたくし、こんなにも一般の皆様方が、好意的に付き合ってくださるとは、思ってもおりませんでしたわ」
雪ん子が笑顔でこちらにやってきた。雪ん子は、雪女の妖怪である。
「チョーうまくいったね。私、こんなにうまくいくなんて、KGだよ」
「なに、雪ん子ちゃん、KGって?」
「かんげき(KanGeki)」
幼児バージョンの乙姫先生がペルの手をニギニギしてきた。乙姫先生の肩の上では、ミドリ亀がスヤスヤと眠っていた。
「ちぇんちぇーも、たくさんのサンプルがとれて、うれちーでちゅ」
「ですね。まさか筋トレの後、電車ごっこの真似をして、しゅっぽーしゅっぽーに付き合ってくれる人も、こんなにも大勢いた事が、僕には意外でした」
電車ごっことは、乙姫先生が用意した輪っか状の縄の中にみんなで入り、一列に並んで、シュッポーシュッポーと言いながら、街中を歩き進む行為の事である。
「一度、集団行動の流れに参加してしまえば、仕事の時間が迫っているとか、そういうやむをえない事情がない限りは、付き合ってくれる方が多かったですね」
「でも、それは日本人だけかもしれないでちゅよ」
「なぜ、ですか?」
その質問には、乙姫先生の代わりに天狗実が答えた。
「ペルっち、日本人はね、集団心理が国際平均よりずっと強いと聞いた事があるゾヨ。日本人って、他者と同じでありたい、仲間外れは嫌、という気持ちの強い国民性なんだゾヨ」
「わたくし、『国民性』という言葉を聞いて、沈没船のジョークを思い出しましたわ。うる覚えなのですが、確かこのような話だったと記憶しておりますわ。もしも船が今にも沈没しそうな状態で、船乗りたちが避難のため、乗客を海に飛び込ませたい場合、どうするかについて。アメリカ人の乗客を海に飛び込ませたい時には、『今飛び込めば、アベンジャーズの一員になれますよ』と。中国人には、『この海底には赤サンゴがたくさん生えてますよ』と。日本人には、『阪神が優勝しましたよ』……でしたっけ?」
雪ん子が目を細めながら、かぶりを振った。
「不死子ちゃん、それ、TTだよ」
「TTってなんですの?」
「ちょっとちがう(TyottoTigau)」
「分り難いゾヨー」
「ちぇんちぇーは正しいのを知っているよ。きょーいくしゃだけにね。日本人には、『もうみなさん全員海に、すでに飛び込んでますよー。飛び込んでいないのは、もう貴方だけなのですよ!』なんでちゅ」
ペルは頷いた。
「なるほど。確かに僕も、そう言われたら、飛び込まなくちゃいけない、と焦ってしまいますね。……というか、乙姫先生、早く大人バージョンの姿に戻ってくださいよ。今日は朝からずっと幼児バージョンだから、もう、いつでも好きなタイミングで大人に戻れるのでは、ありませんか」
「にゃんだとー。最近、ちぇんちぇーは、童心にもどって、みんなと部活動をするのが、楽しくなってるのにー。ちぇんちぇーに、ずる賢くて、きたない大人にもどれだとぉぉー」
「自分で自分の事を言ってるしっ! あと、童心に戻って活動って……高校生と幼女ですからね。先生は幼女バージョンになると、頭も幼女並になりますよね。ジェネレーションギャップがあって、絡み辛いんですよっ!」
「ぷんぷんっ。ぜーったい、もどらないもんねーだ。ペルくんのばーかばーか」
「………………分かりました、なら、戻らなくてもいいです」
「えええ。あきらめちゃうのー。ちゅまんなーい。ちぇんちぇー、ちゅまんなーい。もっとちぇんちぇーに絡んでよぉぉぉ」
「………………う、うざい」
「え? なんか、ペルくん、ちぇんちぇーに言った?」
「いいえ」
ペルは乙姫先生にニコリと微笑んだ。幼児バージョンの乙姫先生のウザさ度は、とても高い。
ふと、不死子が周囲を見回しながら言った。
「ところで、桃子はどこに行ったのでしょうか? わたくし、先程から見かけておりませんが」
そういえば、桃子の姿が見えない。どこに行ったのだろう。
「あいつの集団心理は強くないゾヨなー」
「そう言えば、桃ちゃんはどーこーに……あっ、いた! あそこだっ」
桃子はなにやら、路地脇に祀られている地蔵のそばで、うずくまっている様子だ。みんなで桃子の元に向かった。
すると。
………………。
どうやら桃子は地蔵のお供え物を食べていたらしい。不死子は不思議そうな顔で訊いた。
「も……桃子、あなた一体、何しているのですか?」
「あれ? ふーちゃん。みんなも、どーしたの?」
「あぁぁぁぁ。一人だけ抜け駆けしておいちそーなのたべてるー。ずるいずるーい」
………………。
先生も、地蔵のお供え物を食べようと手を伸ばした。ペルは、がしっと体をホールド。
「そうだよ。桃ちゃん、君は一体、何をしてるんだい? それ、お供え物だよね……」
「この地蔵さんの前にたくさんの御萩が落ちててね、勿体無いから食べてるの」
「それ、落ちてるのと違うからっ!」
「ちぇんちぇーも食べるー。ペルくん、はなちなちゃーーーい。はなちぇはなちぇーー」
「だめですー」
雪ん子も人差し指を立てて、乙姫先生に注意した。
「乙姫先生、それはHOZDです」
「えっ? 雪ん子ちゃん、HOZDってなーに? ちぇんちぇーわかんなーい」
「はらいたおこすから、ぜったいだめ(HaraitaOkosukaraZettaiDame)」
「だから、分り難いゾヨー」
「ってか、桃ちゃん。大事な事だから、もう一度言うけど、お供え物だからねそれは。落ちてるのと違うからねーーー」
「いいじゃんいいじゃん。それよりさ、これから、このお地蔵さんに小型スピーカーをつけてさ、追加実験しない? 『突然、地蔵に声をかけられたら、受け入れるかどうか?』を調べてみよー」
「こえーよ。桃ちゃん、それ、こえーから。その前に、お地蔵様のバチが当たるよ?」
「あははは。バチなんて、そんなの信じてるの? ペルくんって、案外、信仰深いんだね。あははは」
桃子は、口を餡子だらけにしながら笑った。
「桃ちゃんは、こないだ、悪霊に殺されかけた事すっかり忘れてるね」
雪ん子も続く。
「そうだよ。桃子は、チョーBKだねー」
「え? 雪ちゃん、BKってなーに?」
「ばか(BaKa)」
「何だとープンスカプンスカ」
桃子は顔を真っ赤にして、両手を挙げた。
不死子が桃子に言った。
「というか、雪ん子さんなんて、わたくしがいなかったら、もうこの世にはいなかったのですからね。呪い殺されたのですから。桃子、タタリの力を、決して甘く見てはいけませんわよ」
雪ん子は、うんうんと頷く。
「そうそう、私、呪い殺されちゃったんだからね。貴重な体験をしたよー。でも、よーく思い出したら、呪い殺されたというより、単に道を歩いていたら、バナナの皮で転んで、電柱に頭をぶつけて死んだだけ、のよーな気もするんだよねー。よく覚えてないの。テヘ」
「………………まあ、生きてて、なによりじゃないか」
ペルは話を締めくくった。
桃子は追加の観察実験を再び提案してきた。
「それより、やろーよ。お地蔵さんを使っての観察実験。ほら、ちょーどあそこに、電気屋があるからさ、経費で器材を買ってさ」
「ちぇんちぇーは、構わないでしゅよー」
「まあ、時間もまだありますから、わたくしは構いませんけど」
「私も構わないゾヨ」
他の部員らも、本日の追加での観察実験に肯定的な返事をした。
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