第14話

 現在、妹らと共に駅のホームにいる。旅館までは電車を利用して向かう。今、ペルの腕の中で妹がワンワンと泣いて、暴れていた。相変わらず顔は見えないが……。


「わだす、地獄になんて行きたくないだー。温泉地に行くって騙して、地獄に連れていくなんて、何考えてんだー。さては心中だな! 離せー、この手を離せー。家に帰るだー」


「心中って、どういうこと? なんで僕が、死ななくちゃいけないんだよ。勘違いだから」


「お兄さんが、あまりにもキャラ性が薄過ぎて、スポットライトが当たらない事を絶望しての自殺だぁ。でも、一人で死ぬのは怖いから、わだすも道連れにするつもりだべ。心中反対っ! 心中反対っ!」


「白面ちゃん……。君は相変わらず変わっているね。まわりを見てみなよ。僕の所属する部の部員たちも、いるじゃないか」


「集団心中ツアーだべ。わだすには分かるっ! みんな、生きる事に疲れてしまったんだー。離せー。離せー。わだすを家に帰らせろー」


 ………………。


 どうやら、これから向かう温泉地の地名に『地獄』という単語が含まれていると知り、妹は疑っているようだ。家に帰ろうと必死だが本当に帰られたら兄という立場上ペルも電車に乗れないので、がっちりと妹をホールドして説得を続けている。


「じゃあ、どうして、みんなワイワイしてるんだい? 生きる事に疲れているのに?」


「きっと、最後に美味しいものでも食べてから死のうって、そういう魂胆だ! 美味しいものが早く食べたくて、ワクワクしてんだー」


「どーしてそんな思考になるじゃっーーー!」


 相変わらずの変わりぶりだ。妹は桃子を指して言った。


「だって、あの人、笑っているけど、すごくドンヨリしてるだー」


 結構……勘は鋭いようでもある。


「彼女はね……いいの。ちょっと、わけありだから、ね」


「わだす、地獄になんて行きたくねーだよ。行きたくねー。離せー、わだすを離せー」


「確かに、地獄という単語が頭についている、そういう名称の温泉に行くけれどさ、単に名前だけだからね! 普通の温泉だから」


「ほんまけー? 心中じゃないんけー? 地獄めぐりって、針の上を歩かされたり、熱い火の上を歩かされたり、そんなのはしないんけー?」


「しないしない。地獄めぐりっていうのは、とても楽しい事なんだよ。適温でそりゃあ、気持ちのいーい温泉をさ、ハシゴしたり、お饅頭を食べたりするんだ。めぐるって、そういう意味での、めぐる、だよ。きっと」


 妹は、若干、落ち着いたようだ。


「………………だったら、どーして、地獄って名前がついているんだべ?」


「そういう名前なんだから仕方がないさ。君だって、本当は真っ白い顔じゃないのに、戸籍に登録する際に、『白面』って名前を選んだんだろ? それと同じさ」


「ああ。なるほどー。さすがお兄さん! 確かに名前なんて、所詮は名前だなー。さすおに! さすおに!」


 妹は納得してくれた様子。


 ただし………………。


「だから、それは、やめろっていってんだろーーー。こらああああ。一体、何度言ったら、分かるんだっ」


「うぅぅぅぅぅぅ……」


「そして、泣くなーーーー」


 妹は徐々におさまっているとはいえ、まだ泣き癖が残っているようだ。


 丁度、母がやってきた。


「こらこらペルくん、妹を泣かしちゃダメだよ。お兄ちゃんなんだからね」


「か、母さん……」


「今ね、乙女ちゃんに挨拶をしてきたのよ。でも、どーして私や白面ちゃんも旅行に招待してもらえたのかしらね? これって、合宿なんでしょ?」


「ほら……過去に母さんが、乙姫先生のお世話した……その、恩返し、って事でいいんじゃないのかな」


「ふむふむ。確かに私、乙姫ちゃんに、たっくさんお世話を焼いてたわ。わーい、だから温泉旅行に招待してくれたのねっ。じゃあ、楽しまなくっちゃ損よねっ?」


「………………うん。そうだと、思う……」


 事情を知らない母は、純粋に喜んでいた。母は腕時計を見て言った。


「もうすぐ、電車が来る時刻ね。……あれ、そういえば?」


「どうしたの、母さん?」


 母は、さきほど一括して改札に出した電車の切符をバッグから取り出し、首を傾げた。


「ここで渡しておこうと思ったんだけど……どうして、電車の切符が4枚あるのかしら? そういえば、前々から不思議に思っていたのよね。なぜか3人分しか料理を作ってないのに、洗い物をする時に、4人分の皿があったりと……」


「わ、わだすも、ずっと不思議に思っていただべー。洗濯物をした時、見た事もない下着が混じっている事があるんだー。ま、まさか! お兄さん!」


「ペルくんっ!」


 母と妹が共に、ペルをじろりと睨んできた。


 ペルは慌てて弁解した。


「違うって。何を疑っているのかを察したから、こっちから先に否定しておくけど、それはきっと、姉さんの分だから!」


 母と妹は、どちらも首を傾げる。


「姉さん? なによそれ? ペルくんにお姉さんなんて、いたかしら?」


「ひどいなー。いるよ。姉さんさ、頬を膨らまして怒ってるよ。母さんと白面ちゃんの、すぐ目の前でさ」


「え? お兄さん、気でも狂っただ? って……えええええええええ。目の前に、透明な何かがいるっ」


 まず妹が、お姉ちゃんの姿を認識。実はお姉ちゃんは先程から、ずっとペルの隣にいた。続いて母も自分の娘の姿を認識する。


「あわわわわわわ。思い出したわ。ご、ごめん、ごめんなさい。ぬらひょんちゃん。お母さん、すっかりと忘れてたわ。あなたの、存在ごとっ!」


 ひ、ひでぇー。


「いいよいいよ。どーせ、私は存在感が薄いからさ」


 お姉ちゃんは、そう言いながらも頬を膨らませる。


「わだすは、存在自体を、知らなかっただー。わだすに義お姉ちゃんがいたんだなー。初めまして!」


「ちなみに白面さん、私、あなたがやってきたその日にも自己紹介をしてるけど、忘れたの? あと、たまに会話もしてるけどね……。初めましてって言われるのも、これで56回目よ」


「あれ? そうだったかな? あっ! そうだそうだ。そーいやあ。そうだったべ! お姉さんの事、なぜかすぐに忘れちゃうんだ。囲碁も将棋も、たまに打ってもらってるだー。仲良くしてもらってただー」


 お姉ちゃんは少し怒った……と思ったら、すぐにクールダウン。お姉ちゃんの存在感のなさは、記憶からも消える程のレベルだ。イレギュラー中のイレギュラーな存在。それがペルのお姉ちゃん。不思議な事ではあるが、すでに妹は、お姉ちゃんの存在を忘却している様子。


「あれれ? あれれ? わだす、今、誰かと話していたよーな」


「姉さんだよ。白面ちゃんは、今、君の姉さんと話していたんだよ」


「わだすに、お姉さんなんていたかなー?」


「目の前にいるじゃん。たった今、話していたばかりじゃないか……。目を凝らして、もう一度よく見てみなよ」


「……何言ってんだ、お兄さん。って。あれれれれれ! 透明な何かがいるっ。は、初めましてぇえええ」


「57回目」


 お姉ちゃんは、目を細めながら言った。


「ぬらひょんちゃん、あなたの妹を許してあげてね。お母さんだって、養女にしたばかりの頃、ぬらひょんちゃんが完全に娘として記憶に定着するまで、最初は忘れてばかりだったんだから。赤ちゃんだった頃、ミルクをあげ忘れが多くて、あやうく、ぬらひょんちゃんを餓死させて殺しちゃうところだったのよ。あはははは」


「笑いごとじゃなーい」


 お姉ちゃんは一歩間違えていれば現在、この世にいなかったのかもしれない。


「母さんの場合は今現在だって、私を存在ごと忘れていたじゃないかー。私の心は泣いているよー。雨が降ってるよー。でも、いいよ。忘れる前に、私の分の切符をちょーだい」


 お姉ちゃんは母から切符を受け取る。ペルたちも受け取った。


「はい、これはぬらひょんちゃんの分ね。これはペルくん。白面ちゃんにも、はい。失くしちゃダメよー」


「はーい」


 ………………。


 よく考えたら、お姉ちゃんには、本当は切符は必要ないのかもしれない。その存在感のなさゆえに、自動改札でもきっと、ひっかからないだろう。


 しばらくして、新幹線がやってきた。

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