第9話
そして翌日、先生の魂胆が判明する。放課後、部室に行ったところ亀に乗った乙姫先生と犬賀美がペルを待っていた。
犬賀美は犬神という妖怪だ。耳の位置が人間とは違って、頭にある。犬賀美の特殊能力は『するどい嗅覚』。彼女は、警察犬よりも優秀だと自負している。
その嗅覚は未来の匂いをも嗅ぎ取れる。3日後程度に起きる出来事であれば高い精度で嗅ぎ取るそうだ。実際、競馬場に定期的に通い大儲けし、財布の中身を常に補充していたらしい。未来を視るではなく、嗅ぐ……それは一体、どういう事なのかは分からない。そんな犬賀美は、かつて馬券を買っていた事が学校にばれ、休学となった時期がある。現在は、馬券の購入が禁止されている。その時、犬賀美の『未来予知』の能力も周知される事になった。
そんな犬賀美の弱点は、桃子だ。
以前にキビ団子でひどい目に遭った4人の被害者うち犬賀美だけがまだ、桃子のマリオネットの効果が残っている。そのため犬賀美は、なるべく桃子とは距離を取って学園生活を送っているらしい。なお、ペルは彼女の事を『わん子ちゃん』というあだ名で呼んでいた。
「ペルくん。次の観察実験は、私が担当するんだワン」
「わん子ちゃんが? それは久し振りだね。どんな実験をするの?」
「それは恐怖体験における人間の心理についてだワン。よく、テレビで心霊ドッキリというものが放送されるワン。それを、私たちが仕掛けるんだワン」
「へー。っで、その意図は?」
「人は幽霊なんかいないと知っているワン。そんな、実際にいるはずのない幽霊が目の前に現われた時、受け入れるか受け入れないかを観察するワン。……というのは、表面上の理由で、実際のところ、この心霊ドッキリというジャンルを、私たちはまだやった事がないので、単に仕掛けたかっただけだワン」
「はっきり言うねー。でも、極限状態の心理に迫るというのは、面白いかもしれないね。人は普段は仮面を被って生活をしているけれど、極限状態になった場合にだけは、その仮面を脱ぐものだしさ。極限状態といえば、実際の実験がモチーフとなった映画を思い出すなぁ。映画ではね、警察役と囚人役の二つに分かれて、互いにそれぞれの役を演じただけなのに、すごい極限状態が生まれたんだ。そして、意外な結末になったんだ。あれは多大に、心理学の勉強になった」
「ちなみに、その映画、どんな結末だったワン?」
「それはネタバレになるから、内緒」
「ワーーーーーーーン。気になるワーーーーーーン」
犬賀美の隣で、乙姫先生がペルたちの会話をニコニコしながら聞いていた。
「おほほほほ。熱を帯びた議論ですね。先生はこの観察実験を足掛かりにして、非常事態が起きた時にいかに心の平静を保っていられるか、という真理の追究に役立つと、この実験は良い題材に思いました。心理の究明の為には先ず、極限状態に陥った場合に関する数々のデータを集める事が必要となりますよね。災害などの非常事態に対して、極限状態時特有の心理の変化を知識として備えておけば、いつの日か本当に非常事態が自らの身に訪れた場合、上手に対処できる事でしょうから」
………………。
「なるほど、つまり愉快な実験だと思っているわけですね、乙姫先生っ!」
「いえ、違いますが……。ち、ちゃんと聞いてました?」
………………。
ペルは犬賀美に、観察実験の内容を質問した。
「わん子ちゃん、それで具体的には、どんな実験観察を行うの?」
「とりあえず、ペルくんのお母様を旅館に招待するのには成功したワン。今回の舞台は旅館だワン。まさに、心霊ドッキリの聖地っ! メッカ! 旅館っ!」
「へっ?」
何を言っているのか、よく分からない。ペルは、再び乙姫先生に目を向けた。
「実はですね、ペルくんのお母様が今回の観察実験のターゲットなのですわ。おほほほほ。ごめんなさいね」
「そ、そうなのですか?」
「ほら、ペルくんの演技って、並……ではありませんか。事前にその事を知っていたら、お母様をお誘いする際に、勘付かれるまではいかずとも、怪しまれるだろうと思い、先生は話を伏せていたのですよ。この学校に通っている生徒さんたちで、人間の親を持つ方たちは限られますからね。仮に心霊ドッキリを仕掛けて失神でもさせて、後々揉め事にならない人といえば、身内しかいません」
………………。
まずは了承を取ってほしかった。そしてこれは『お世話になっていた時期』がある人物に仕掛ける内容なのであろうか。
まあ、別にいいけど。
「なるほど。普通の一般人なら、厄介事になり兼ねませんが、確かに母が怒っても僕がフォローを入れておけば、それで済みますからね。しかし、それでも事前に僕に言って欲しかったですよ。きっと母は、驚きませんからね。観察実験すでに失敗が確定しているようなものです」
「そ、そうなのですか?」
「ペルくん、どういう意味だワン。私は、ぎゃああああああやわわっわーーーーーん。シッシーーーーンッって反応を期待しているワンが……」
「ないない! だって、母さんは妖怪ラブな人なんだもん。幽霊が現われても、きっと、怖がるどころか感激して昇天しちゃうかも。ショーーーーッテエエエンって反応になるかもね。失神と昇天は似たような現象だけどさ、根本的には違うからね。ここ大事」
「えええええ。そんな、ばかなだワン」
「わん子ちゃん。君も随分と変わっているけど、うちの家族だって十分に変わり者だらけだからさ」
乙姫先生が顔を上下に振った。
「なるほど。確かにペルくんのような妖怪を養子にするくらいの、変わり者ですわね。あの方は!」
「ひ、ひどっ!」
ペルにも母さんにも、どっちにもひどいっ!
「ペルくん、でしたら最初から、計画倒れということですか? 先生、経費で旅館の手配も終えたのに! どうしてくれるんですかペルくん。実験ができなければ、無駄な出費となりますよっ!」
「乙姫先生、僕に言われましても……」
乙姫先生はうなだれた。犬賀美も大きなため息をついた。
「あーあ。存在するはずのないものが急に目の前に現われたら、一体どういう表情をするのか、どんな風に失神するのか、観察したかったワン。心霊ドッキリを成功させてワクウハな気持ちになりたかったワン」
「ワクウハって……不謹慎だねー。だったら……」
「え? なんだワン」
ペルは部屋の隅にいるお姉ちゃんの姿を見つけ、犬賀美を驚かすように、お願いした。お姉ちゃんは最初は嫌がるものの、しぶしぶ了承する。
「おーい、ペルくん、君は、独りでブツブツブツブツと、一体何をやってるのかワ……」
その時、お姉ちゃんは能力を使い、犬賀美の目の前で存在感を高めて大声で叫ぶ。
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああわあああああああああああああわわあああああああああああああああああああああああああああああ」
「ひゃ、ひゃわ、わわわわわわわ」
犬賀美は目を剥いてひっくり返った。そして、そのまま失神した。
………………。
「あの……乙姫先生。わん子ちゃんに関して言えば、これで観察実験は大成功になったのでは? 極限状態やら失神する様を観察するまでもなく、自分自身で体感したのですから」
「そうですね……まさか失神するとは先生は思いませんでした。ところで……えーと、今のは、確か誰だったかしら? えーとえーとえーっと」
「先生、また分かっていて、やっているのですか?」
「うふふ。バレちゃいましたか。ぬらひょんさんなのですよね。先生、イジルのくせになっちゃいそうです。どちらにせよ、ぬらひょんさん、グッジョブでした。先生、とっても面白いものが見れてワクウハな気分になりました。犬賀美さんの代わりに先生がワクウハな気分になりましたよー」
その後、今回の観察実験についての本質が心霊ドッキリをしたいだけのため、わざわざ人に限定する必要もないだろうという結論に達した。そしてメッカである温泉地での心霊ドッキリは、桃子をターゲットに変更した。さらに桃子を臨時合宿という形を取って、次の3連休に呼び出す事にも成功した。
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