第10話

 ターゲットに桃子を選んだのは、『桃子なら面白い反応を見せてくれるかもしれない』という理由ともう一つ、キビ団子の際の『仕返し』という理由がある。


 心霊ドッキリのターゲットを桃子に決めた後、ペルたちは、更に成功の精度を高める為、犬賀美の主導の元に下準備を行う事にした。


 何事も、観察実験の成功については下準備が大事だ。


 今回の観察実験の概要は『合宿で泊まりに行った旅館で、桃子の周囲で不思議な出来事を起こして、最大限に怖がらせたらどうなるか?』というもの。我々は、その時の桃子の行動や反応などを観察する。恐怖体験中の脈拍、血圧なども測定したい。そして平常時と非平常時のどちらにも同じような質問を投げかけ、その回答にどのような違いが出るかも調べたい。


 翌日の放課後。犬賀美の指示でペルを含めた仕掛け人たちは、桃子を連れて旧校舎裏を散歩した。旧校舎裏は木々が生い茂っており、暗くて不気味だ。


 ペルは事前に、犬賀美から聞いていた位置を指さして言った。旧校舎裏にある古井戸にそれは貼られていた。


「桃ちゃん……あれ?」


「うん? ペルくん。どうしたんだい?」


「なんだか、お札のようなものがあるよ。なんだろー! 桃ちゃん……ちょっと、はがして見てみよーよ。桃ちゃん、お願いっ」


「うん、いいよー」


 ペラリ。桃子は、お札を外した。ペルはお札を見て、驚いてみせる。


「おやおや。まさか、これは、呪いのお札ではないかあああああ。うわあああああああ」


「え? え? 呪いの、お札?」


 桃子がじっと手にしたお札を見つめていたところ時、犬賀美が悲鳴をあげた。


「きゃああああああ」


「え? え?」


「ま、窓から、人がじっと、桃子を見つめてた、ワン……パタリ」


 他の仕掛け人のメンバーたちも、パタリパタリと倒れた。桃子は目を真ん丸にして、部員が倒れていく様子を見ていた。


 そして……。


「う、うぐぐっぐぐ」


 ペルも胸を抑えて倒れる演技をする。先程、犬賀美が指した旧校舎の窓を指さしながら。


「ペ、ペルくんっ! どうしたの? 気分でも悪いの?」


「ま、窓から、桃ちゃんを、何者かが見つめて……い、る。パタリ」


「え? え? ペルくんっ! みんなっ! どーしたんだよお。冗談はよしこちゃんだよー」


 これは導入である。どんなホラー映画も突然冒頭で怖いシーンが流れても、怖がりな人以外はポカーンとするだけだ。


「おーいおーい、みんな、どうしたんだよぉ。………………ひぃー」


 倒れたふりをしながらもチラリと目を開けて桃子を確認した。桃子は旧校舎の窓を見つめながら、顔を真っ青にして後ずさっていた。それもそのはず、実は幽霊役として仮面を外した般若が、じっと桃子を見つめる段取りになっているからだ。般若はいつも仮面をつけているため、素顔は殆んど知られてない。般若は窓から、じーっと桃子を見つめている。


 すごい威圧感だ。そして演技力。仕掛け人だと分かっていながらも、その姿を見ると、この世のものとは思えず、背筋にゾクリと悪寒が走る。


「な、何なの……すっごーく、こわーいんですけどー」


 桃子はブルブルと震えている。その時、突然声が聴こえた。


「ナムアミダブー」


「え? えっ?」


 桃子は振り返った。なんだろうと、こちらも声の聴こえた方向を薄目で見たところ、そこには坊主の男が立っていた。


 ………………。


 これは、打ち合わせになかった展開だ。犬賀美が急遽シナリオの変更でもして、知人に頼んだのだろうか。坊主は、桃子に言った。


「お嬢ちゃん、悪い物に憑りつかれてしまったようだね。ナムアミダブー」


「ど、どどど、どういう意味ですか?」


「実はね、私はここ最近、悪霊を成仏させるためにお札等を使って、鎮魂の儀を行っていたんだよ。しかし、お嬢ちゃん……お嬢ちゃんは、そのお札を剥がしてしまったようだ。封印が解けちゃったんだよ。そして、悪霊は、君に憑りついた。ナムアミダブー」


「えっえええええええー」


「まずは、この場の、邪気を払わせていただきます。ナムアミダブー。かっ!!!!」


 坊主が数珠を高く上げ、そう叫んだところで我々は目を開けて、ゆっくりと上体を起こした。桃子の顔に笑みが戻った。


「み、みんなー! 無事だったんだねっ! よかったよー」


 ペルはアドリブで演技を続けた。


「あれ? 僕たちは一体、どうしていたのだろー? なんだか、突然、胸が苦しくなって……何が起きていたのか、記憶にないよぉぉぉおおお。怖いよおぉぉぉおおおおお」


「私もだワン。でも何か、とても怖いものを、あの旧校舎の窓から見たような気がしたワン」


「それはね、それはね。『悪霊』なんだって。私がね、このお札を剥がしてしまったせいで、封印が解けちゃったの。それが原因らしいの。ごめーん。皆が倒れたのも、きっとそのせいだよ」


 桃子は本気で申し訳なさそうに謝った。坊主はペルたちに向かって言った。


「みなさん。拙僧は校長の依頼で、悪霊の鎮魂をしておった者です。ですが、どうやら封印が解かれてしまい、失敗したようです。もう、拙僧にはどうする事もできず……こ、こここ、これから……災厄が始まりますぞ。ナムアミダブー」


「そ、それは一体どんな災厄だワン?」


「一人、一人と、死んでいくのですじゃ……もう、誰にも止められない……この災厄は。ナムアミダブー」


 そう言って、坊主は走り去っていった。


 ………………。


 とりあえず、桃子を怖がらせるという導入には成功したようだ。


 その後、『桃子のクラスで、授業中に廊下の窓から素顔の般若がじっと雪ん子を見つめる。しかし、他のクラスメイトは般若の姿を見えないフリをする』。というドッキリも仕掛けたらしい。立ち聞きした話ではあるが、まず雪ん子が授業の最中に廊下の窓を指差したという。雪ん子は雪女の妖怪である。桃子を含めたクラスメイトが窓に注目する。


「お、乙姫先生。HSですっ!」


「え? なんですか? 雪ん子さん、廊下を指して。HSってなんですか?」


「ふしんしゃ(HusinnSya)。不審者ですよっ!」


 般若はジーーーーっと、廊下の窓から、雪ん子を見つめていた。乙姫先生は、眉間にしわを寄せて雪ん子にこう言った。


「先生は何も見えませんけど? 授業を妨害するのは、やめてくれますか?」


 クラスメイトたちも名演技をした。頭にクエスチョンマークを出して、胡散臭そうな目を雪ん子に向けたという。「何にも見えないんだけどー」「寝ぼけてるのかな」等々とガヤガヤする。しかし桃子にはだけは見えている。他の皆は、ただただ見えないフリをしているだけなのだから。乙姫先生は、手を叩いた。


「さあ、みなさーん。授業を再開しまーす」


 授業が再開された後、般若は教室に入ってくる。そして、誰も気付かないという設定の中、雪ん子の席の前に立ち、じっと彼女を見つめていた。その様子を見て、桃子は固まっていたそうな。それから、雪ん子は日に日に衰えていくという名演技を行い、桃子に更なる恐怖を植え付けた。


 連休直前には雪ん子の葬儀が行われた。当然これは犬賀美の仕込んだ嘘だろう。ペルは葬儀前に桃子と共に会場に入って、棺桶の中の雪ん子の顔を撫た。


「雪ちゃん、こんなに……冷たくなっちゃって」


 桃子も雪ん子の母の許可をもらい、顔を撫でた。なお雪ん子は自分の体温を低くするという能力を持っているらしい。おそらく、その能力を使っているのだろう。やはりタタリ系のホラー映画では、こういう、実際のモブの死というのが必要不可欠になる。終盤に訪れる恐怖を高める為に。桃子はこの葬式を経て実際の呪いによる死の恐怖ついて、強く身近なものとして意識したに違いない。次は、自分の番かもしれない、と。それにしても、経費は、大丈夫だろうか。これほどの本格的な葬儀を開いて……。


 そして遂に、観察実験――心霊ドッキリを行う連休が訪れた。

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