第34話

 しかし、僕のこの目算は外れようとしていた。というのも、僕たちが157キロを越えた時点では、怪盗ウサギ団は152キロ地点まで進んできたのだ。152キロと157キロ。158キロ地点の塔の屋上まで残り1キロを残す時点で、怪盗ウサギ団に5キロまで距離を縮められた事になる。


「モモくん、ラストスパートよ! もう1キロもないわ874メートルよ」


「うへええ。人遣いが荒すぎる。僕もう、ヘトヘトだぞー。オメーの常識感覚がぼやけてると思うから、あえていうけど、874メートル登るのもめちゃくちゃ大変なんだぞーーーーーもう死ぬぅーーー。落ちるぅーーー」


「頑張って頑張って! あと、あとちょっと」


「あとちょっと、って言われても……ぶっちゃけ頑張る気にはなれねーなー。上にさ、なんか、すげーの、いるんだもん」


 僕は内心、もうこれ以上は進みたくなかった。というのも屋上に、めちゃくちゃ強い生物がいると直感で感じていたからだ。緊張感で肌にツブツブが出来た。


「ベヒーモスよね。知ってるわ」


「何か、対策でもあんの?」


「うん、あるわ。モモくんに退治してもらうって策がね」


「……無理」


「えー。頑張ってよ。巨大ミミズだって退治できたじゃない。私はモモくんの力を信じてるわ」


「絶対に無理ーーーー。あの巨大ミミズのレベルをな、レベル24ぐらいとしたら、この時点で伝わってくるベヒーモスってやつのレベル……たぶん198ぐらいはあるから」


「ちなみにモモくんのレベルは?」


「うーん、多く見積もっても、レベル17くらいかなー。瞬殺されちゃう」


「低いっ! ってか、それじゃあ巨大ミミズも倒せないじゃないの」


「あれは、真っ二つになって弱体化してたからだぁあああー!」


「なら……作戦2よ!」


「どうすんだ?」


「屋上に落ちてるグロウジュエリーを回収後、すぐに逃げるっ! ベヒーモスに気付かれる前に、壁から一目散で降りるのよ」


「まあ、それが現実的な作戦だな。最後のグロウジュエリーがどこら辺にあるのか、調べておいてくれよ」


「分かったわ」


 こうして僕は、最後の気力を振り絞って、屋上まで残り3メートルという位置までやってきた。なお、怪盗ウサギ団は、現時点で先程の152キロ地点に停滞したままだ。152キロと158キロ(マイナス3メートル)。屋上にどちらが最初に到着するか、という勝負については、僕たちの勝利のようだ。本日はスーパームーンという現象が起きている日で、目の前には巨大な月があった。


「ふぅー。なんとか、怪盗ウサギ団の奴等には勝てたな」


「うふふ。あんな奴等、最初から敵視してないわ。眼中にもなかったわよ」


「嘘つくなよ。休みたいと言っている僕に無理させてさ! もう腕がプルプルだぞ。乳酸が溜まってっぞ」


 ひどく腕がプルプルしていた。本当に限界なのだ。


「じゃ、さっさと登り切っちゃいましょうよ。さっきからどうして止まってるのよ?」


「僕さ、すげー嫌な予感がするんだよな。勘だけど、たぶん、そのベヒーモスってのに見つかったら、その時点でお仕舞いになる気がする。威圧感が半端ないんだよ」


「だったら念には念をね、私、顔だけ出して、どこにいるか確認するわ。グロウジュエリーは、この位置から近いみたいだし、それについても視認するわ」


「分かった。じゃあ、ゆっくり慎重に登るぞっ」


 僕はゆっくりとゆっくり、と登った。そして、リンスは屋上の床すれすれで顔を出した。すると……。


「あっ……」


「どうしたんだ?」


 もう少し登り、僕も顔を出して屋上の様子を確認。すると、ベヒーモスと呼ばれている、ライオンにも似た超巨大生物が、どすんどすん、とこちらに突進してきていたのだ。その大きさは、2~300メートルはありそうである。


「ぎゃあああああああ。すごい化物がこっちに来るぅ来るぅぅぅぅ! モモくん、早く下に降りて、逃げてええええぇぇぇぇえl」


「むりいいいいいい」


「どーしてよっ!」


「腕がぷるぷるして、もう動かねえ。しがみついているだけで限界だあ」


「どーして最後の最後で、力尽きちゃうのかなー」


「わりい、もうちょっとで、落ちる。壁から手が離れるぞ」


「うわあああ。向かうも地獄……引くも地獄ってこと?」


 ベヒーモスはどすんどすんと猛ダッシュでやって来る。先程まで、かなり遠方にいたが一気に距離を縮めてきて、超怖いのである。


 その時、ベヒーモスの地鳴りのような足音とは別に、どかーんどかーん、という、まるで壁をぶち壊しているような音が聞こえた。そして、迫りくるベヒーモスの、足元の床が盛り上がったと思った矢先、破壊し、何かが現われた。


 それは、人間の顔がついた蜘蛛の様な巨大生物やゴキブリのような巨大生物……est!

 ベヒーモスはそれらの上段に重なるようにして巻き込まれ、ものすごい勢いで上空へ持ち上げられた。僕はそれを見つめ、まさに何段も積み重なったホットケーキを連想した。生地は古代生物ではあるが……。そして、馴染みのある声が聴こえた。怪盗ウサギ団だ。


 怪盗ウサギ団の3人の声が一斉にこだました。


『これぞ究極必殺、10000000000000(ひゃくちょう)トンぶちかましぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぃ』


 膨大量の真っ赤な光に覆われている球体が、積み重なっている巨大生物たちを一番下から途方もないパワーとスピードで押し上げていた。なお、球体の8本の手足は全てもがれて、失っている様子でもある。


 球体は、そのまま積み重なった大量の古代生物たちを塔の外へと吹っ飛ばした後、屋上の床へと弧を描いて落下した。プシューっと、煙が立っている。まさにボロボロな状態だ。球体の巨大な一つ目は、ぐるぐると渦を巻いていた。


 僕とリンスは、この突然の出来事を唖然と眺めていただけだったが、すぐに我に返った。


「モ、モモくん。早く登り切ってちょうだい。アイツらが落ちたポイントのすぐ近くに、6個目のグロウジュエリーがあるわ」


「お、おうっ」


 僕は屋上まで登り切ると、6個目のグロウジュエリーを目指して、リンスと共に走った。距離としては1キロ程先だ。一方の、怪盗ウサギ団の球体からは700メートル程の位置だ。球体の扉が蹴破られると中から3姉妹が出てきて、向こうも、グロウジュエリーに向かい駆け出した。


「よくもひっかけてくれたですーな! 塔の内部にこんなに超強力なやつらがうじゃうじゃいるとは、聞いてなかったですーっ! 卑怯者めっ!」


「壁をただただよじ登るのとでは、負荷が全く違ったでアリマスよ。塔の内部から登る方がめちゃくちゃ圧倒的に不利でアリマシたよーー。この勝負、対等じゃなーーいっ」


「しかし、私たちの科学力の大勝利ですワ」


「我々の勝ちでアリマース」


 リンスは、走りながら、3姉妹に向かって叫んだ。


「いいえ。私たちの勝ちよぉー!」


「嘘を吐くなですワ。我々が屋上の床をぶち破った直後、屋上の床には、一つたりとも、お前らの指紋はついてなかったのですワ」


「嘘おっしゃい! そんなの調べられるわけないでしょう」


「我々の科学力を甘く見るなですー。カメラ映像で、証拠として記録媒体におさめたですー」


「なっ! あ、あんたたちが、落下して屋上に降りる前に、私、屋上の床に手をつけちゃったかもしれないもんねーだ」


「ぐぐっぐ。それについては確認していなかったですー。でも、どちらにせよ、お前らよりも、我々が先に床を突き破って、屋上に現われたんですー。だから我らの勝ちですー」


「それを言うのなら、私たちの勝ちね! だって先に、顔一つ分も、屋上に出ていたものっ!」


「うぐぐぐぐ……。ああいえばこういうですねー、この減らず口め」


 結局、6個目のグロウジュエリーのもとに、最初に到着したのは僕とリンスだった。怪盗ウサギ団は、着物姿で一生懸命に走ってはいるが、めちゃくちゃ遅いのだ。


 リンスは6個目のグロウジュエリーの周囲にリュックの中から、これまでに集めた5つのグロウジュエリーを放り出した。目の前にはグロウジュエリー6個全てが揃った状態になっている。


「やったわ! 6個揃った。これで豊満な胸になれるわ。やっほーーーい」


「あれ? 何もおきねーな」


「これから、どうするのよ? てっきり、集めた時点でボインになれると思っていたんだけど」


「呪文でも唱えるんじゃねえのか?」


「アダブラカダブラー」


 ………………。


「ヒラケーゴマ・坦・々・麺っ!」


 ………………。


「かみさまほとけさま、願いを叶えたまえー。叶えたまえー」


 ………………。


「何も起きねーな」


 その時、3姉妹が叫んだ。


「星に! 私たちを星に還らせてほしい、ですー!」


「オツキサマに還りたいのでアリマス」


「還るのですワ」


 すると6つのグロウジュエリーにポワンと赤色の光が灯った。こ、これは、なんだっ!

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